何が使える
ビルの一室で、一晩をやりすごした。
こっちの世界に帰ってきて最初の夜は、最低の出来だった。
やつらはどうやら建物の内部には入ってこないらしい。
そのおかげで、何とか眠れた。
空の色が変わる頃、身体を起こす。
「……みんな、元気かな」
ふと口に出た言葉が、薄い部屋の空気に沈んでいく。
ビルの外の路地は静かだった。
生存者どころか、ゾンビの気配すら薄い。
昨日あれだけ暴れていた連中が、
嘘みたいに沈黙している。
寝ているのか、動かないだけなのかはわからない。
だが、どちらにしろ“今”が動ける時間帯だ。
「……昨日は帰ってきてすぐ襲われて、
炎刃で切って……そのあと何にも試せてねぇな」
魔法を試すことにした。
剣を抜き、軽く振る。
「《火球》……出ない」
「《風刃》……これもダメ」
「《雷撃》……はいダメ」
体から直接出すタイプの魔法は全部使えない。
まぁ薄々分かってた。
次に、スキル。
「《感知》」
視界の端に、薄い線のような揺らぎが走る。
それと同時に——
路地の向こう、人工ゾンビがゆっくりと顔を上げた。
「……おいおい、なんで気づくんだよ」
感知を解くと、そいつはまた動かなくなる。
「あー……やっぱ、あいつだけ違うよな」
感染してゾンビになった元人間とは、動きも気配も違う。
あれは“作られた側”だ。
レンは軽く息をつき、スキルの確認を続けた。
「《斬撃強化》……これは生きてる」
「《気配圧》……ダメ」
「《集中》……微妙に使えるか?」
一通り終えたところで、剣を背負い直す。
「……よし、今日はここまで」
使えるスキルと、使えないスキルが何となく分かった。
腹が鳴った。
「昼飯食えそうなやつ、なんか残ってりゃいいんだけど……」
非常階段の途中にあった自販機を思い出す。
倒れた缶コーヒーくらいは拾えるかもしれない。
ゾンビは動かない。
ただの廃墟みたいに静かだ。
「……よし。この辺のゾンビ、観察すっか」
レンは口元だけで笑う。
「……もう少し待っててね、ももりん」
推しの名前を呟きながら、
レンは静かに階段を降りていった。
白い壁に囲まれた部屋で、
一人の男が黙ってモニターを見下ろしていた。
映っているのは街の地図と、
そこに小さく点滅する赤い反応。
「……また動いたな」
低くつぶやく。
反応の出方が、人間のそれではない。
そして普通のゾンビとも違う。
かつて“帰還者”と呼ばれた者だけが持つ、
特有の魔力波形と一致していた。
男は椅子から身を乗り出した。
「まだ生きていたとはな。
しかもスキルまで残しているとは」
興味と、わずかな苛立ちが混じった声。
机の上には分厚いファイルが広げられている。
『異世界帰還者調査記録』
そう書かれた表紙には、いくつもの訂正印が押されていた。
「……計画の邪魔になる可能性もあるが……」
言葉を切り、
男はモニターの映像を切り替える。
赤い点がゆっくりと移動していく。
「追っておけ。
距離は保て。
接触は……まだ早い」
部屋のどこかで機械が静かに起動する音がした。
男はそれを背に、再び地図に目を戻した。
「さて……“異世界帰還者”。
どれほど役に立ってくれる?」
薄暗い実験室に、微かな笑いが漏れた。




