第三者
真っ黒な画面に、白い線がゆっくりと立ち上がっていく。
ノイズの少ない、きれいな波形だった。
「——やっぱり、違うね」
低い声が、独り言のように落ちる。
薄暗い部屋。
壁一面にモニターが並び、そのどれもが違う映像を映していた。
新宿の俯瞰図。
コロニー外周の監視カメラ。
頭に黒い石を埋め込まれたゾンビの視点映像。
そして、その一つに——
瓦礫だらけのホールで、少年と少女とアイドルが、炎と風に巻き込まれている映像が映っていた。
白衣を羽織った男が、モニターに顔を近づける。
前髪はのび放題で、寝癖のまま無造作に結ばれている。
眼鏡の奥の瞳だけが、異様に冴えていた。
「帰還者レン。
純度一〇〇パーセント異世界人・桃瀬鈴。
それから、一般人だけどマーク保持者——北川ひより、だったかな」
男は、指先でモニターの画面をなぞった。
映像の中で、レンが風の精霊を呼び出し、ゾンビとキメラを吹き飛ばす。
同時に、別のモニターでは、同じ瞬間の「魔力波形」がグラフになって立ち上がっていた。
「……おもしろい」
ぼそっと呟く。
「帰還者二種と、マーク持ち一般人。
異世界側と現実側の“接続パターン”が、全部違う」
男は、机の上の紙束をぱらぱらとめくった。
そこには、細かい字のメモがびっしりと書かれている。
『パターンA:異世界出生・現代流入(桃瀬)
パターンB:現代出生・異世界帰還
パターンC:現代出生・帰還者との長期接触(北川)』
「三種類揃えば、だいたい見えてくる」
椅子の背にもたれ、天井を見上げる。
「ゲートを“開きっぱなし”にする条件。
魂がどっち側に引っ張られるのか。
どのくらいの負荷で、どこから壊れるか」
モニターのひとつが、警告色に点滅した。
新宿コロニー外周——黒い石を埋め込まれた人工ゾンビが、壁をよじ登ろうとしている。
男はちらりと視線をやっただけで、すぐに別の画面に目を戻した。
「ネクロマンサーは、ほんとうに便利だな」
笑っているのか、貶しているのか分からない声。
「勝手にコロニーを作って、人間を集めてくれて。
帰還者狩りまでしてくれる。
おかげで、こっちは“データ”だけ盗めばいい」
モニターには、幹部会の映像。
ドラゴンにされたキメラ。
召喚屋と呼ばれていた男がレンと戦う様子。
それらはすべて、黒い石を埋め込まれた人工ゾンビの“目”を通して送られてきたものだった。
男は、机の上の黒い石をつまみあげる。
ビー玉より少し小さい、大きさ。
光にかざすと、内部でどす黒い何かがゆっくり渦巻いている。
「君たちは、よくやってくれてるよ」
石に向かって話しかける。
「元はただの死体なのに、ずいぶんと優秀なセンサーになった」
指先で、とん、と机に石を落とす。
コン、と乾いた音。
「でもね」
男は、白衣のポケットから別の石を取り出した。
さっきのものより、ほんの少しだけ色が濃い。
よく見なければ分からない程度の差。
それでも、持った瞬間に、部屋の空気がわずかに変わる。
「僕が欲しいのは、“向こう側のコア”だ」
モニターには、ももりんが映っていた。
試験場のステージの上で、風を操り、ひよりを吹き飛ばし、
それでも口元だけは、何度も「ごめん」と繰り返していた。
「異世界の魔法体系を、身体に刻み込まれたまま、こっちに流れ着いた純度一〇〇パーセント」
男は、線をなぞるようにモニターを指で追った。
「君の“核”を手に入れれば——」
その先の言葉は、声にならなかった。
代わりに、すぐそばのスピーカーから、くぐもった音が聞こえてきた。
『——博士。第七群、コロニー外郭への侵入を開始』
無機質な合成音声。
「うん。よろしく」
男——“博士”と呼ばれたその人は、軽く返事をする。
『博士。帰還者レン、キメラとの交戦ログ、送信完了』
「後でまとめて見る。今は——」
博士は、ひよりの映像に切り替えた。
倒れかけた状態から、左手首を押さえ、無理やり立ち上がるところ。
「これ」
モニターの画面の端で、ひよりの左手首に、紺色の印が浮かび上がっている。
博士の口元が、少しだけ持ち上がった。
「“帰還者マーク”の二次感染。
やっぱり本当だったんだ」
紙束の別のページをめくる。
『仮説:
帰還者と長時間行動をともにした非帰還者に、マーク状の魔力集積が発生。
条件次第では、一部の技能の“コピー”が可能』
「それだけなら、ただの面白いオマケで済ませたけど」
博士は、レンとひよりの“視界共有”の瞬間のログを引き出す。
ふたりの魔力が重なり、動きが同期し、
ひよりの中に“レンの動き”が流れ込むようにして発現したあの状態。
「——ここまで重なるなら、話は別だ」
軽い調子で言う。
「魂の座標共有。
ゲートを開けっぱなしにするためには、“そういう実例”がいる。
レンと、ひより。
それから——」
博士は、ももりんの映像に切り替えた。
ステージから連れ戻されるときの背中。
幹部のひとりと並んで歩く、少しだけ小さな足取り。
「異世界から来た子と、こっちで生まれた子。
どっちの世界にも“居場所がある”魂」
指先で、机の上の黒い石をころがす。
「……やっぱり、捕まえに行くべきだな」
その言い方は、隣町まで買い物に行くかどうかを迷っているみたいな軽さだった。
スピーカーから、また電子音が鳴る。
『質問:博士自ら新宿コロニーに向かうのですか』
「うん。そろそろ現地で見たい」
博士は立ち上がり、白衣の裾を払った。
床には、簡素な装備品が並べられている。
耐刃加工されたジャケット、折りたたみ式の盾、いくつかの黒い石。
その中から、細身のケースをひとつ抜き取る。
ケースを開くと、中には一本の注射器と、透明な液体が入った小瓶。
液体の中で、黒い粉がゆっくりと渦を巻いている。
「君たちと違って、僕は帰還者じゃないからね」
自嘲気味に笑う。
「だから、道具を使う。
人工ゲート。
人工マーク。
人工ゾンビ。
……人工の、帰還者」
瓶から、慎重に液体を吸い上げる。
袖をまくり、自分の腕に針を突き立てた。
数秒後——
博士の手首に、うっすらと紺色の印が浮かび上がる。
ひよりのものとよく似ていて、どこか歪んでいるマーク。
「やっぱり痛いな、これ」
そう言いながらも、顔はどこか嬉しそうだった。
「ネクロマンサーは、ももりんを餌にして帰還者を集めてくれる。
僕は、その上からデータと“本命”だけかっさらう」
モニターには、新宿のコロニーが映っている。
外壁のあちこちで、火と風が暴れ、ゾンビが崩れ、
人間たちが必死に逃げ回っている。
「さあ——」
博士は、最後にもう一度だけ画面を撫でた。
そこには、慣れない剣を振るいながらゾンビを押し返すひよりと、
その前に立つレンの姿。
「壊れないでね。
君たちが壊れたら、実験にならないから」
白衣の背中が、ドアの向こうに消える。
モニターの中の新宿は、何も知らないまま、
第三の勢力の“本当の持ち主”を、ゆっくりと迎え入れようとしていた。




