籠城
あけましておめでとうございます。
今年もお読みいただきありがとうございます。
新年一回目の更新です。
相変わらずゆっくりペースですが、レンたちの物語をちゃんとゴールまで描ききれるように頑張ります。
少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、感想やブクマなどで応援していただけると嬉しいです。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
ちかの話が終わったとき、部屋の空気はしんと静まり返っていた。
誰もすぐには口を開けなかった。
さっきまで窓の外で聞こえていたうなり声も、今は遠く。
その代わり、耳の奥で、ちかの言葉だけが何度も反芻される。
——ももりんが、幹部と一緒に戦わされている。
——ファンが「試験」の相手にされて、倒れて、連れていかれた。
「……それが、わたしの知ってる“ここから先”の全部です」
ちかが、ぽつりと締めくくった。
指の節が、真っ白になるほど強く握り締められている。
それでも、声だけは震えないように押さえ込んでいた。
ひよりは、喉の奥がきゅっと痛くなるのをこらえながら、深く頭を下げた。
「話してくれて、ありがとう」
ちかが、かすかに笑う。
「……ほんとは、あんまり思い出したくないですけどね」
椅子がきしむ音がした。
壁際で体育座りをしていたレンが、ゆっくりと体を起こす。
シャツの袖からのぞく腕には、小さな切り傷と痣。
呼吸はだいぶ落ち着いたが、まだ動きは重い。
「レンさん、まだ寝ててください」
ひよりが慌てて言う。
「今立ったら、また倒れますよ」
「倒れねぇよ。……たぶん」
「“たぶん”って言った!」
思わず素でツッコんでしまい、自分で自分に驚く。
さっきまで聞かされていた話が重すぎて、逆に口が軽くなる。
レンは片手でこめかみを押さえながら、部屋を見回した。
簡易の長机。
折りたたみ椅子がいくつか。
そこに座る、十数人の桃農家たち。
顔も性別もバラバラだけど、みんな同じものを抱えている。
——ももりんを、ここから連れだしたい。
「……まず、確認しよう」
レンの声に、視線が集まる。
「この階はゾンビの群れからは切り離されてる。
階段と通路は、お前らがさっき封鎖してくれたんだな」
入り口の椅子と棚のバリケードを見て、桃農家の一人がうなずく。
「はい。ここ、“隔離用のビル”なんで。
元々、外に簡単には出られない構造なんですよ」
「つまり、しばらく籠城するには悪くないってことか」
レンがそう言うと、数人がほっと息をついた。
ひよりは眉を寄せる。
「でも……ここにずっといたら、その間にも、ももりんは——」
そこで言葉が詰まる。
“誰かと戦わされている”。
“武器みたいに使われている”。
それを思うだけで、胸の奥がざわざわする。
レンは、ひよりの方をちらっと見た。
「勘違いすんなよ、ひより」
「え?」
「“籠城する”ってのは、ここで一生暮らすって意味じゃない。
“今すぐ突っ込んで、全滅するのをやめる”ってことだ」
短く言い切る。
「俺も今動き回ったら、いざってときに確実に足引っ張る。
ルーチェも剣も、まだ戻ってきてねぇ。
この状態で幹部に突っ込んだら、ただの自殺志願者だ」
ひよりは、ぎゅっと口を結んだ。
「……それは、困ります」
「だろ」
「レンさんが死んだら、ももりん助ける人いなくなりますし」
「お前も入れとけよ、そこに」
「わたしは……えーと、“補助”なんで」
そう言いながら、自分の左手首をさする。
そこには、薄い紺色の印が、まだかすかに残っていた。
マーク。
レンが視線だけでそれを見る。
「……それも、ちゃんと使い方考えなきゃな」
ぼそっと呟いた言葉を、ひよりは聞き逃さなかった。
「レンさん、さっきからちょこちょこ“何か思いついてる顔”してますよね」
レンは軽く息を吐き、椅子の背にもたれかかる。
「とりあえずだ。
一回、情報を整理する」
テーブルの上に、紙とペンが押し出された。
桃農家の誰かが持ってきたものらしい。
レンは雑に線を引きながら、項目を書いていく。
「一、ゾンビ。
今外で暴れてるのは、ネクロマンサーのゾンビと、何者かによって作られたゾンビ。
どっちも“敵”。」
「二、幹部。
召喚屋みたいなのがあと何人いるかは不明。
ももりんを武器扱いしてる連中も、同類だろう」
「三」
レンはペンを止め、少しだけ間を置いた。
「——ももりん。
このコロニーにとって、“象徴”であり、“武器”であり、“囮”」
「囮……?」
ひよりが顔を上げる。
「ももりんが新宿に来たのは、偶然かもしれない。
でも、ネクロマンサーが“わざわざここにコロニーを作った”のは、偶然じゃない」
レンは、紙の端に“ももりん”と書いて丸で囲む。
「アイドルを餌にすれば、人は集まる。
“桃瀬鈴がいるコロニー”ってだけで、命懸けで来るやつらもいる
要するに自分達の国を作る為の狩場だ」
そう言い切る声に、部屋の空気が少し重くなる。
ひよりが、たまらず口を挟んだ。
「じゃあ、わたしたちは……その“狩り場”に、まんまと飛び込んじゃったってことですか」
「そうだな」
「元気に言わないでください」
でも、否定できない。
レンはペンを置き、椅子に深く座り直した。
「……だからこそ、だ」
視線を、桃農家たちに向ける。
「ここからももりんを奪うのは、“戦い”だけじゃ足りない。
“人の動き”も使わないと」
「人の……?」
ちかが聞き返す。
「お前らだよ、桃農家」
レンは少しだけ笑った。
「ここの連中は、ももりんを“武器”として見てる。
でも、俺らにとっては、“推し”で、“生きててほしい人”だろ」
数人が、同時にうなずいた。
「だったら、戦力は二つある。
一つは俺の力。
もう一つは——このビルにいる“証人”たちの声と足だ」
ちかが、ゆっくりと顔を上げる。
「……わたしたちに、何ができますか」
「ここから出られないあいだにできることは、一つだ」
レンは指を立てた。
「“情報をそろえる”」
ざわ、と小さなどよめきが起きる。
「ももりんと一緒に動いてたやつ。
ももりんを見かけたやつ。
幹部の顔を覚えてるやつ。
どの時間帯にどっちのゾンビが動くか、知ってるやつ。
ぜんぶ、ここに書き出す」
紙の束を指で叩く。
「このビルは、しばらく“籠城拠点”にする。
俺はここで体力と魔力を戻す。
ひよりは、そのあいだ“まとめ役”だ」
「えっ」
思わず変な声が出た。
「まとめ役って、あの、そういうの向いてる人が……」
「いるよな」
レンは笑いながら、ひよりの肩を軽くつついた。
「さっき二次試験で、知らない二人まとめて出口まで連れてったやつが」
桃農家の中から、「あー」「たしかに」という声が漏れる。
ひよりは、耳まで赤くなった。
「いや、あれは、レンさんに教わったことを……」
「いいから、やれ」
レンはあっさり言い切る。
「俺が寝てるあいだ、ここを“ももりん奪還班”のベースキャンプにする。
ひより、ちか、お前ら二人が軸だ」
ちかが、驚いたように目を丸くする。
「わ、わたしもですか!?」
「お前が一番、ももりんの“今”に近い話を知ってる。
それは立派な武器だ」
「武器って言い方やめてもらえます?」
ひよりが苦笑する。
それでも——口元が、少しだけ引き締まった。
「……分かりました。
やります」
ひよりは立ち上がり、桃農家たちを見回す。
「さっきまで、ただのファンだった私たちが、急にすごいことやるわけじゃないです。
でも……“ももりんを一人にしない”っていう意味なら、できることはあると思うので」
ちかも、ゆっくりと立ち上がる。
「情報、集めます。
“ここから先のももりん”を知ってる人、絶対にどこかにいるから」
誰かが手を挙げた。
「じゃあ、班分けしましょうか。
覚えてることを書き出す班と、ビル内の物資を確認する班と……」
「わ、わたし文字きれいなんで、書記やります!」
「俺、簡単な見取り図描けます!」
小さな輪の中で、自然と役割が生まれていく。
レンはその様子を見ながら、ゆっくりとまぶたを閉じた。
体の奥の方で、かすかに何かが脈打っている。
剣の感触も、ルーチェの気配も、まだ戻ってこない。
(……少しだけ、寝る)
(そのあいだ、お前らに任せる)
左手首の内側が、じんわりと熱を帯びた気がした。
同じ頃——
遠く離れたステージの上で、桃瀬鈴もまた、目を閉じていた。
風の静けさの中に、どこかで誰かが動き始めた気配を、確かに感じながら。




