推しの行方
推しの家がどこにあるのか——レンは知らない。
ライブや配信で見る“画面の向こう”の存在であって、
住所を特定できるファンじゃない。
だから彼女の生死を確かめたくても、
直接向かう場所がない。
「……事務所しかないか」
まずは所属事務所。
そこに向かえば、何か手掛かりはあるかもしれない。
静まり返った街を歩きながら、
レンは耳を澄ませた。
異世界で身体に叩き込まれた感覚——
気配、殺気、敵意。
それらが微弱でもあれば分かる。
この世界では魔力はほぼ使えない。
剣の魔法も、あと何回使えるかは分からない。
だからこそ、慎重に動く必要があった。
と、そのとき。
——カンッ。
どこかで金属の転がる音がした。
レンは立ち止まり、息を潜める。
異世界で覚えた気配察知が、じわりと反応した。
「……いるな」
ただの物音ではない。
“何かがこちらを見ている” 感覚。
レンは剣の柄に軽く触れつつ、
事務所へ向かうために角を曲がった。
そして——
視界が黒で埋まった。
「……は?」
大通りいっぱいに、
うごめく死体の山があった。
数十……いや、もっといる。
倒れていたゾンビたちが、
レンの姿を見た瞬間、一斉に頭を上げた。
「ちょっと待て、多すぎだろ……」
一番手前の一体が、
壊れた人形のようにガクンと首を折りながら歩み出す。
他のゾンビたちも次々と起き上がり、
レンへと群れを成して進んでくる。
戦えない量だ。
剣の魔法は数回。
刀身で何体か斬れても、押しつぶされるのがオチ。
「……今は無理だ。逃げる」
ゾンビたちが一斉に走り出した。
レンは反転し、路地へ全力で駆け込む。
異世界で鍛えた身体が戻りきっていないせいか、
息が荒くなるのが早い。
「っ……クソ、身体能力が足りねぇ!」
背後からゾンビの足音と叫び声が迫る。
レンは横の非常階段に飛びつき、
そのまま上へ駆け上がった。
階段を上る動きはゾンビたちには難しいようで、
ほとんどが下で腕を伸ばし、手すりを叩いている。
屋上まで到達し、ようやく呼吸を整えた。
下を見ると——
その中に、ひとりだけ妙な動きをする個体がいる。
灰ではなく、人工的な白い皮膚。
感染者特有の腐り方がない。
動きが“生物のもの”ではない。
「……あれが“作られた”方か」
感染でゾンビ化した人間と、
誰かが“意図して作った個体”。
二種類が混ざっている。
レンの背筋に冷たいものが走る。
レンは剣を握り直した。
魔法はあと数発。
あれだけの群れを突破するのは無理。
なら、夜明けまでビル内に潜むしかない。
「……推しの事務所まで遠回りになったな」
自嘲気味に呟きながら、
レンは階段のドアを少しだけ開け、
内部の非常灯の明かりを確認する。
静かだ。
人の気配はない。
“感染者じゃないゾンビ”と
“感染で変わった人間”が混ざっている。
その事実を考えるにはあまりにもレンは疲れていた。
レンはビルの奥へ消えた。
遠くで、また金属が落ちる音がした。




