推しを探せ!!
ゾンビの爪が、紙一重で頬をかすめた。
ひんやりとした風だけが残る。
間に合わない——そう思った瞬間、
俺の手の中で剣が震え、自然と振り下ろされていた。
鈍い音。
ゾンビが膝から崩れる。
(……危なかった)
異世界なら、反応するまでもない攻撃だ。
だが、今の俺は違う。
全身が鉛のように重い。
視界も、動きも、五年前の自分とは比べ物にならないほど鈍い。
ゆっくり息を吐き、剣を握り直す。
魔法は出ない。
さっき炎が出たのは、偶然か奇跡か、それとも——。
そんなことより先に考えるべきことがあった。
(生き残る……それだけだ)
足元には、崩れた体の残骸。
街にはもう生者の気配がない。
ただ風だけがビルの間を抜けていく。
この光景を見て、思わず笑ってしまった。
「……帰ってきてもかよ」
異世界の神に言われた言葉が頭をよぎる。
“元の世界に戻れば、力はすべて失われる。
それでも帰るのか?”
迷わなかった。
帰る理由があったからだ。
胸ポケットから小さな硬い感触が伝わる。
触れるだけで、胸の奥が鋭く締めつけられた。
(あの娘は……生きているのか?)
推しの顔が浮かぶ。
その笑顔が、五年間の地獄を耐える支えだった。
だが、その光の代償がこれだ。
焼けた街、歩く死体、崩れかけた日本。
「ただ帰ってきて幸せになる」なんて、そんな都合のいい未来はどこにもない。
(だったら探すしかない。
たとえ、どんな世界でも——)
ビルの影から、また一つ影が揺れた。
さっきより、重そうな足取り。
腐敗が進んでいる個体だ。
「……行くか」
身体能力は落ちている。
魔法も、きっともう使えない。
それでも剣を握る手だけは震えなかった。
この世界で生き残り、
あの日の続きを取り戻すために。
俺はゆっくり、一歩を踏み出した。




