敵集合します
新宿駅東口から少し離れた、高層ビルの上階。
かつてオフィスフロアだった一室は、今や“作戦司令本部”として姿を変えていた。
窓は黒い布で覆われ、
床には魔法陣とも配電図ともつかない線が走っている。
会議テーブルの上には、紙の地図とノートパソコンと、血のように赤い石。
その最奥に、フードを深くかぶった男が座っていた。
ネクロマンサー。
その周りを、九人の男女がゆるく取り囲んでいる。
彼らは皆、異世界からの帰還者——この新宿コロニーの“幹部”たちだ。
「——では、報告を。」
フードの奥から、低い声が落ちた。
一人が前に出る。
さきほど、れんと対峙した細身の男だ。
腕には包帯が巻かれ、口元にはまだかすかな笑みが残っている。
「“中野の帰還者”との接触。
戦闘した結果……生存を許可しました。」
「許可、ね。」
幹部の一人、筋肉質の男が鼻で笑った。
「ビビって逃がしただけじゃねえのかよ、キサラギ。」
「やめなよ〜。
もし本気でやり合って負けてたら、今ここに立ってないし。」
椅子にもたれた女が、退屈そうに爪を眺めながら口を挟む。
キサラギと呼ばれた男は肩をすくめた。
「誤解のないように言っておくと、
彼はこちらに“加入の意思なし”。
桃瀬鈴に対して強い執着が見られます。」
その言葉に、室内の空気がわずかに動いた。
ネクロマンサーが顔を上げる。
「執着……?」
「はい。“ももりん”と呼んでいましたね。
桃瀬鈴を追って新宿に向かっているのは確実です。」
別の幹部が口を尖らせる。
「やっぱり人気者じゃん、ももりんちゃん。」
「黙れ。」
ネクロマンサーは淡々と制した。
だがその声には、わずかな愉悦が混じっている。
「キサラギ。」
「はい。」
「強さはどうだ。」
キサラギは、一瞬だけ戦いの感覚を思い出すように目を細めた。
「身体能力自体は、それほど突出していません。
ただ——“感知系”のスキルを持っていますね。
こちらの気配に、ほぼ最初から気づいていたようです。」
「ほう。」
「それと……風。
足元と周囲の“流れ”を、かなり繊細に扱うタイプです。
攻撃より、防御・回避・立ち回りに振っている感じですね。」
筋肉男がつまらなさそうにあくびをした。
「なんだよ。
派手にぶっ飛ばすタイプじゃねえのか。
つまんねーな。」
女幹部が笑う。
「でもさ〜、感知系って地味に一番めんどくさいよね。
こっちの仕掛けとか、すぐバレちゃうじゃん。」
ネクロマンサーは静かに頷いた。
「つまり——」
彼はテーブルの上の赤い石に指を添えた。
「我々を監視する鬱陶しい連中にも、
やがて気づくだろう、ということだ。」
部屋の片隅。
機械式のモニターには、
遠く郊外の研究施設のライブ映像が映っている。
白衣の男——科学者・霧島が、
無言でデータを操作していた。
キサラギが肩をすくめる。
「ええ。
あれだけ“人工ゾンビ”をばら撒いていれば、
彼なら嫌でも気づきますよ。」
別の幹部が言った。
「アイツのこと利用するんじゃなかったのか?」
ネクロマンサーは首を横に振った。
「利用はする。
だが、我々と同じテーブルに座らせるつもりはない。」
声は淡々としていたが、その奥にははっきりとした線引きがあった。
「科学者は科学者の飢えを満たせばいい。
我々は……異世界で得た“高揚感”を取り戻せれば、それでいい。」
女幹部がふっと笑う。
「それってつまり、
ももりんとも、あの新しい帰還者とも……
いっぱい遊びたいってこと?」
「要約が雑だな。」
ネクロマンサーの声に、
ほんの少しだけ笑いが混じった。
⸻
「で、ボス。」
テーブルにもたれかかった長身の青年が口を開く。
「中野の帰還者、イケメンだった?」
「そこ重要か?」
「重要でしょ。
イケメンで強いなら、仲間にしたいじゃん。
絵になるし。」
別の女幹部が同意する。
「そうそう。
使えるうえに画面映えするなら最高〜。」
キサラギは淡々と答えた。
「顔立ちは悪くないですね。
性格は……素直さゼロ。
こっち側に落ちるなら、相当追い込まないと無理です。」
「じゃあ——」
ネクロマンサーが指を鳴らした。
「こうしよう。」
部屋の空気が、すっと張り詰める。
「まずは“試す”。
中野から新宿へ入るまでの間に、
ゾンビと人工ゾンビを混ぜた群れをぶつける。
キサラギ、その結果は?」
キサラギはわずかに頭を下げた。
「生存。
同行者ひとりあり。
少女——元中野コロニー所属。
桃瀬鈴のファンである可能性が高いです。」
幹部たちがざわつく。
「桃農家?」
「ガチのやつじゃん。」
ネクロマンサーは興味深そうに問う。
「その少女は、何か“使えそう”か。」
「まだ判断途中ですが、
魔力感知のセンスはあります。
鍛えれば、補助役としては面白いかもしれません。」
ネクロマンサーは短く考え、決めたように言った。
「——よし。」
彼はテーブル中央の地図に手を伸ばした。
新宿駅を中心に、赤いペンで囲まれた範囲。
さらに、その外縁部にも小さな印が幾つか付けられている。
「この街は、すでに我々のコロニーだ。
帰還者十人と、私の作る“死者の軍勢”で守られている。」
静かな声が続ける。
「そこに、“新しい帰還者”と“純度100%の異世界人”が入って来る。
これほど面白い盤面は、そうない。」
キサラギが、にやりと笑う。
「ではボス、僕たちはどうすれば?」
ネクロマンサーは、ゆっくりと告げた。
「簡単だ。
——力を蓄えろ。」
幹部たちの視線が、ネクロマンサーに集まる。
「ゾンビを狩って、魔力を吸い上げる。
科学者の人工ゾンビも、適度にいただく。
新宿という器に、限界まで“力”を溜め込め。」
女幹部が唇を吊り上げる。
「そして?」
ネクロマンサーは、フードの奥で笑った。
「そして——
桃瀬鈴の力で、もう一度“異世界”を再現する。」
空気が震えた。
「この街を丸ごと、あの頃の“戦場”に変える。
神も勇者も魔王もいない、
俺たちのためだけの異世界に。」
筋肉男が楽しそうに拳を鳴らす。
「いいじゃねえか。
もう一回、あの頃みたいに暴れられるってことだな。」
ネクロマンサーは静かに締めくくった。
「中野の帰還者は、そのための“駒”だ。
敵になるか、味方になるか、
壊してもいい“玩具”になるか。」
彼は地図の一点——
新宿西側から伸びるルートに指を置いた。
「迎えに行け。
新しい帰還者を。」
会議室の空気が、一斉に動き出した。
誰もが笑っている。
懐かしい“万能感”を思い出したかのように。
——その先に何が待っているかも知らずに。




