衝突
夕暮れの路地に立つ男は、
どこか人間離れした静けさをまとっていた。
ひよりが、れんの袖をつまむ。
「れ、れんさん……無理しないで……」
「大丈夫だ。後ろにいろ。」
れんは剣に手を添えたまま、男の動きを観察した。
男は笑みを崩さずに言う。
「初めまして。
僕は“帰還者”のひとり……そうですね、
あなたの先輩みたいなものですよ。」
れんは黙っていた。
男はゆっくり近づきながら続けた。
「ネクロマンサー様は、あなたに興味がある。
あの方はね、“本物”の才能を嗅ぎ分けるんですよ。
帰還者十人の中でも、特に優れた嗅覚をお持ちで。」
れん「……で?」
男は目を細める。
「ええ、そのままですよ。
あなたを“迎えにきた”んです。」
足元の砂埃が、わずかに揺れた。
れんは警戒心を高める。
男は両手を広げ、笑顔のまま告げた。
「どうか誤解しないでください。
僕らは敵じゃない。“仲間”です。
異世界で力を得て、そして今も……
僕らは“自分の正しさ”のために動いている。」
れんは短く言った。
「興味ない。
……帰る気も、従う気もない。」
男の足取りが止まる。
風の流れが変わった。
ひよりの呼吸が浅くなる。
男は、静かな声で問いかけた。
「それは……
“桃瀬鈴”の影響ですか?」
れんの瞳が揺れた。
ほんの一瞬。
男はそれを見逃さなかった。
「やはり……。
あなたも、あの子に惹かれた口ですか。」
れん「……お前、ももりんの何を知ってる。」
「たくさん知っていますよ。
“純度100%の異世界人”。
僕ら帰還者にとって、
喉から手が出るほど欲しい“核心そのもの”ですから。」
ひよりが小さく悲鳴を漏らした。
男は一歩前へ。
その動作は、ゾンビよりも、
人間よりも静かだった。
男は突然、視界から消えた。
ひよりが「っ……!」と息を吞む。
れんは本能で動いた。
剣の鞘を横に払う。
金属音と、鈍い衝撃。
男が、すぐ脇に立っていた。
「反応が速い。
やはり本物ですね。」
れんは即座に距離を取る。
男はうっすら笑い、
右手をかざした。
その掌に小さな光。
(……魔法……?)
れんの脳裏に警戒が走る。
男は軽く指を動かした。
空気が震える。
ひよりを狙った細い衝撃波が走る。
「——下がれ!」
れんはひよりを抱えて跳び退き、
鞘の腹で衝撃をそらした。
ひよりは震える声で言う。
「れ、れんさん……あれ魔法……?」
「違う。
“似せた技術”だ。」
れんの表情が鋭くなった。
(……科学か魔術か……
もしくは、両方を混ぜた“帰還者特有の技”か)
男は軽く肩をすくめる。
「あなたほどではありませんけどね。」
れんは足元に微細な風を集めた。
魔法ではなく、
あくまで“立ち回りの補助”。
男が、再び視界から消える。
れんは剣を構えた。
一瞬の衝突。
鞘が鳴り、
男の掌から火花が散った。
男は後退しながらニヤリと笑う。
「やっぱり……あなたは強い。
ネクロマンサー様が興味を持つわけだ。」
れん「……お前の主の話はもういい。」
れんの拳が、男の腹にめり込んだ。
「ぐっ——!!」
男がついに息を詰まらせる。
れんは冷たい声で言った。
「最後に一つだけ答えろ。
——ももりんはどこにいる。」
男は、笑う。
弱り切った声で。
「フ……探しているのはあなたたちだけじゃない……
ネクロマンサー様も……科学者も……
みんな……あの少女を求めている……」
れん「答えろ。」
男はゆっくりと姿勢を戻し、
最後の言葉を落とす。
「“新宿”ですよ。
桃瀬鈴は……もう新宿の中に踏み込んでいる。」
れんの息が止まる。
ひよりが口元を押さえた。
男はふらりと後退し、
闇へと消えていった。
「また会いましょう、帰還者さん。
次は……敵として。」
夜風が吹いた。
れんは拳を握りしめる。
「……行くぞ、ひより。」
ひよりはうなずき、震える声で答えた。
「——はい。」
二人は、新宿の方角を見つめた。
そこには、
ももりんと、
帰還者十人と、
そして“本物の悪意”が待っている。




