帰還したら日本が終わっていた
初投稿です。軽い気持ちで読んでいただけたら嬉しいです。」
「異世界帰還×ゾンビものです。よろしくお願いします。」
光が消えると同時に、地面へ叩きつけられた。
肺の奥から空気が押し出され、息が止まる。身体を起こすまでに、しばらく時間が必要だった。
ここが日本なのか――それを確かめる前に、鼻を突く臭いが襲ってきた。
腐敗臭。湿った布のような、肉が崩れるとき特有の甘ったるさが混じっている。
顔を上げる。
そこは、以前よく利用していた駅前ロータリーだった“場所”だった。
ビルは崩れ、ガラスは粉砕され、道路は陥没している。
信号機は曲がり、電線が垂れ下がり、車は黒焦げだ。
人の姿はない。
五年間の異世界生活でさえ、この光景よりはずっと“文明”の匂いがあった。
「……なんだよ、これ」
声は自分でも驚くほど乾いていた。
スマートフォンを開いてみる。
電源はついたが、電波は一切つかない。日付表示は五年前、俺がアルテミアへ飛んだ“あの日”から止まっていた。
(戻ったはずなのに……時間まで止まってんのか?)
答えは出ない。考えようとしても、頭の中を不安だけが巡る。
その時だった。
――ずるり。
背後で、重いものが動く音がした。
振り返ると、地面に倒れていた人影が、ゆっくりと起き上がりつつあった。
皮膚は灰色に乾きひび割れ、白濁した眼球はこちらを捉えている。
腹部には大きな裂傷があり、そこから黒い液体が滴っていた。
生きているとは、とても思えなかった。
だが確かに、動いていた。
「……嘘だろ」
男は、声にならない声を喉の奥から絞り出しながら、こちらへ歩み寄ってくる。
怖いとは、すぐには思わなかった。
その前に、“異世界での五年”が反射的に身体を動かした。
「《火槍》!」
右手を突き出し、詠唱を短く切る。
しかし――何も起きなかった。
熱も光も、魔力の気配すらない。
そこにあったのは、ただの空気だけだった。
「……そうだよな。
魔法なんて、出るわけねぇよな……」
声は驚きよりも、呆れに近かった。
男――いや、人間だったものが腕を伸ばしてくる。
爪は黒く変色し、皮膚は剥がれ落ちていた。
俺は反射的に後ろへ転がって距離を取る。
地面の砂利が手のひらに刺さる。心臓の鼓動だけがやけに鮮明だった。
(素手じゃ勝てない。武器が――)
そのとき、腰の横にわずかな重みを感じた。
異世界でずっと手放さなかった剣の感触。
鞘に触れる。
信じられない気持ちと、微かな期待が胸に込み上げてくる。
「……残ってたのかよ」
剣を抜く。
その瞬間、手のひらにかすかな熱が走った。
錯覚かもしれない。だが、その微かな熱が、五年間の戦いを思い出させた。
(こいつを“介したら”……)
考えるより先に、身体が動いた。
迫ってきたゾンビへ、横薙ぎに剣を振る。
――ボッ。
刃が赤い光を帯び、次の瞬間には炎が走った。
炎をまとった斬撃がゾンビの胴を焼き裂き、灰となって舞う。
恐怖よりも先に、理解が追いついた。
「……そういうことか」
自分の声が、ひどく静かに響いた。
素手では魔法は沈黙する。
しかしこの剣――異世界で魔王を斬り、仲間を守り続けたこの武器を“介す”ならば、魔法はまだ動く。
理由はわからない。
でも、今はそれで十分だった。
上を見上げる。
ビルの陰から。
バスの下から。
歩道橋の上から。
腐敗した人々が、白濁した目でこちらを見つめていた。
呻き声が、風に乗って広がっていく。
「……マジかよ、日本。
戻ってきたら、こっちの方がよっぽど魔境ってどういうことだよ……」
剣を握り直す。
刃の赤い光がわずかに脈打ったように見えた。
「……仕方ないな。
こんな世界、放っとけるわけねぇだろ」
一歩、前へ。
「――もう一回くらいなら、救ってやんよ」
ゾンビの群れへ向かって、俺は剣を構えた。
こうして、俺の“帰還後の戦い”が始まった。




