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「陽だまり」こまりさんの憂鬱  作者: 双鶴


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8/10

7話

ピンポーンって鳴った瞬間、わたしはもう動いてる。

ソファの下へ、すばやく、静かに、そして完璧に。

だって、来客って、ちょっとこわいんだもん。

知らないにおい、知らない声、知らない足音。

それって、猫にとっては“非常事態”なんだよ。


美希さんは、「こまりさん、今日は友だちが来るからね〜」って、朝から言ってた。

でも、わたしは聞こえないふりをして、テラスで丸くなってた。

だって、友だちって、わたしの友だちじゃないし。

しかも、美希さんの“友だち”って、けっこう声が大きいんだよね。

このあいだなんて、「うわ〜!猫いるじゃん!」って叫ばれて、わたし、びっくりして観葉植物の鉢に頭ぶつけたもん。


だから、今日もソファの下に避難。

そこは、わたしの“秘密基地”。

ちょっとほこりっぽいけど、暗くて静かで、外の音がちょっとだけ遠くなる。

わたしは、そこからそーっと様子をうかがう。

足音が何人分か、声のトーン、笑い方、靴の種類。

そういうのを全部チェックして、危険度を判断するの。


今日の来客は、ヒールの音がする。

「美希〜!久しぶり〜!」って、ちょっと高めの声。

うーん、警戒レベル中。

でも、美希さんが「こまりさんは人見知りだから、そっとしておいてね」って言ってくれた。

それは、ちょっとだけうれしい。

わたしのこと、ちゃんとわかってくれてるんだなって思う。


ソファの下から見えるのは、テーブルの脚と、美希さんのスリッパと、来客のバッグの底。

そのバッグ、ちょっと猫毛ついてる。

もしかして、あの人も猫飼ってるのかな?

でも、わたしは出ない。

出たら、なでられるかもしれないし、写真撮られるかもしれないし、変な声で話しかけられるかもしれない。

それって、ちょっと疲れる。


わたしは、静かに息をひそめて、ソファの下で丸くなる。

美希さんの声が、笑いながら、でもちょっとだけ気を使ってるのがわかる。

「こまりさん、今日は出てこないかも」って言ってる。

うん、出ないよ。今日は“そういう日”じゃない。


でもね、たまに思うの。

人間って、どうしてそんなに“誰かと会う”のが好きなんだろう。

わたしは、ひとりでいるのが好き。

美希さんとふたりでいるのも好き。

でも、“知らない誰か”って、ちょっとだけこわい。

それって、猫だけじゃなくて、人間もそうなんじゃないかな。


来客が帰ったあと、美希さんがソファの前にしゃがんで、「こまりさん、出てきていいよ〜」って言う。

わたしは、ちょっとだけ考えてから、そーっと出る。

部屋の空気が、いつもの匂いに戻ってる。

それって、安心の匂い。

わたしは、テラスに出て、残った陽だまりに丸くなる。

今日も、わたしの世界は、静かに、やさしく、戻ってきた。


来客って、ちょっとこわいけど、ちょっとだけ興味もある。

でも、わたしには、ソファの下がある。

それが、こまりさんの、ちょっとした社会的距離感。

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