7話
ピンポーンって鳴った瞬間、わたしはもう動いてる。
ソファの下へ、すばやく、静かに、そして完璧に。
だって、来客って、ちょっとこわいんだもん。
知らないにおい、知らない声、知らない足音。
それって、猫にとっては“非常事態”なんだよ。
美希さんは、「こまりさん、今日は友だちが来るからね〜」って、朝から言ってた。
でも、わたしは聞こえないふりをして、テラスで丸くなってた。
だって、友だちって、わたしの友だちじゃないし。
しかも、美希さんの“友だち”って、けっこう声が大きいんだよね。
このあいだなんて、「うわ〜!猫いるじゃん!」って叫ばれて、わたし、びっくりして観葉植物の鉢に頭ぶつけたもん。
だから、今日もソファの下に避難。
そこは、わたしの“秘密基地”。
ちょっとほこりっぽいけど、暗くて静かで、外の音がちょっとだけ遠くなる。
わたしは、そこからそーっと様子をうかがう。
足音が何人分か、声のトーン、笑い方、靴の種類。
そういうのを全部チェックして、危険度を判断するの。
今日の来客は、ヒールの音がする。
「美希〜!久しぶり〜!」って、ちょっと高めの声。
うーん、警戒レベル中。
でも、美希さんが「こまりさんは人見知りだから、そっとしておいてね」って言ってくれた。
それは、ちょっとだけうれしい。
わたしのこと、ちゃんとわかってくれてるんだなって思う。
ソファの下から見えるのは、テーブルの脚と、美希さんのスリッパと、来客のバッグの底。
そのバッグ、ちょっと猫毛ついてる。
もしかして、あの人も猫飼ってるのかな?
でも、わたしは出ない。
出たら、なでられるかもしれないし、写真撮られるかもしれないし、変な声で話しかけられるかもしれない。
それって、ちょっと疲れる。
わたしは、静かに息をひそめて、ソファの下で丸くなる。
美希さんの声が、笑いながら、でもちょっとだけ気を使ってるのがわかる。
「こまりさん、今日は出てこないかも」って言ってる。
うん、出ないよ。今日は“そういう日”じゃない。
でもね、たまに思うの。
人間って、どうしてそんなに“誰かと会う”のが好きなんだろう。
わたしは、ひとりでいるのが好き。
美希さんとふたりでいるのも好き。
でも、“知らない誰か”って、ちょっとだけこわい。
それって、猫だけじゃなくて、人間もそうなんじゃないかな。
来客が帰ったあと、美希さんがソファの前にしゃがんで、「こまりさん、出てきていいよ〜」って言う。
わたしは、ちょっとだけ考えてから、そーっと出る。
部屋の空気が、いつもの匂いに戻ってる。
それって、安心の匂い。
わたしは、テラスに出て、残った陽だまりに丸くなる。
今日も、わたしの世界は、静かに、やさしく、戻ってきた。
来客って、ちょっとこわいけど、ちょっとだけ興味もある。
でも、わたしには、ソファの下がある。
それが、こまりさんの、ちょっとした社会的距離感。




