3話
わたしには、どうしても抗えない音がある。
それはね、「カリカリの袋の音」。
あの、シャラシャラっていう、ちょっと乾いた、ちょっと期待に満ちた音。
あれが聞こえると、わたしの耳はぴくって動いて、目がぱちって開いて、体が勝手に立ち上がっちゃうの。
どんなに眠くても、どんなに陽だまりが気持ちよくても、あの音には勝てない。
それが、猫の本能ってやつなのかもしれない。
朝のテラスでまどろんでいると、キッチンのほうから、あの音が聞こえてくる。
「シャラ…シャラ…」って、ちょっと控えめに。
美希さんは、わたしがすぐに反応するのを知ってるから、わざとゆっくり袋を開けるの。
それって、ちょっと意地悪じゃない?
でも、わたしは負けない。すぐに立ち上がって、テラスからぴょんって降りて、キッチンの入り口に座る。
じーっと見つめる。無言の圧。
すると、美希さんが「こまりさん、早いね〜」って笑う。
うん、早いよ。だって、カリカリの音がしたんだもん。
エサの時間って、なんか特別。
わたしにとっては、1日の中でいちばん“確かなこと”って感じ。
陽だまりは、雲が出たら消えちゃうし、小鳥たちは気まぐれだし、美希さんはたまに寝坊するけど、カリカリの時間だけは、だいたい守られてる。
それって、すごく安心するんだよね。
ごはんのある暮らしって、いいなぁって思う。
でもね、たまに“違う音”がすることがあるの。
それは、缶詰のフタを開ける「プシュッ」って音。
あれが聞こえると、わたしのテンションは一気に跳ね上がる。
「今日はスペシャルデーか!?」って、心の中で叫びながら、美希さんの足元にすりすりする。
すると、美希さんが「今日はツナ入りだよ〜」って言って、ちょっとだけ多めに盛ってくれる。
ツナ入りって、なんかこう…香りが深いの。鼻の奥まで届いて、わたしのしっぽが勝手にふりふりしちゃう。
でも、スペシャルデーは毎日じゃない。
だから、わたしは“音”に敏感になる。
袋の音、缶の音、スプーンが器に当たる音。
それぞれに意味があって、それぞれに期待がある。
わたしは、音で暮らしてる。音でごはんを感じてる。
それって、ちょっと詩的じゃない?
あ、そうそう。このあいだ、美希さんが新しいエサを買ってきたの。
「こまりさん、これ口コミで評判よかったんだって」って言いながら、袋を開けてくれたんだけど、においがちょっと…うーん、微妙。
わたし、ひとくち食べて、そっと顔をそむけた。
すると、美希さんが「え〜、こまりさん、グルメすぎない?」って言って、ちょっとだけしょんぼりしてた。
でもね、わたしにも好みってあるの。
カリカリは、カリッとしてて、香ばしくて、ちょっとだけ魚っぽいのが好き。
それが、わたしのこだわり。
今日の朝は、いつものカリカリだった。
袋の音がして、わたしがぴょんって跳ねて、キッチンに向かって、じーっと見つめて。
美希さんが「はい、どうぞ」って言って、器を置いてくれて。
わたしは、カリカリをひと粒ずつ、じっくり味わって食べた。
そのあと、テラスに戻って、陽だまりの中で丸くなった。
おなかが満たされて、光があったかくて、風がすこしだけ甘くて。
それって、たぶん、世界でいちばん幸せな時間。
エサの時間って、ただのごはんじゃない。
それは、わたしと美希さんの“約束”であり、“魔法”であり、“音楽”みたいなもの。
今日も、シャラシャラって音が聞こえたら、わたしはすぐに立ち上がる。
それが、わたしの暮らし。
それが、こまりさんの、ちょっとした魔法の時間。




