9話
朝、目が覚めたとき、なんかいつもと違う気がした。
空気が冷たくて、光が足りなくて、テラスの床が暗くて。
わたしは、そっと歩いていって、いつもの場所に丸くなろうとしたけど、そこには陽だまりがなかった。
雲が分厚くて、空が重くて、光が届いてこない。
それって、わたしにとっては、ちょっとした事件。
陽だまりって、ただの光じゃないんだよ。
それは、わたしの居場所であり、時間の目印であり、心のぬくもり。
それがないと、なんかこう…体がうまく丸くならない。
毛がふわっと立たないし、まどろみが深くならない。
わたしは、テラスの隅に座って、空を見上げた。
雲は、びっしり。鳥もいない。風も冷たい。
美希さんは、朝から静かだった。
コーヒーを淹れて、ソファに座って、スマホを見て、ため息をひとつ。
「今日は、晴れないかもね」って、ぽつりと言った。
わたしは、その声に反応して、そっと彼女の足元に近づいた。
陽だまりがない日は、わたしも、ちょっとだけ人恋しい。
美希さんは、わたしを見て、マグカップを置いて、ブランケットを広げてくれた。
「こまりさん、こっちおいで」って。
わたしは、ためらいながらも、ソファにぴょんって乗って、彼女の隣に丸くなった。
ブランケットの下は、すこしだけあたたかくて、すこしだけ安心する匂いがした。
それは、洗いたての布と、美希さんの肌の匂いと、コーヒーの残り香。
わたしは、目を閉じて、深く息を吸った。
陽だまりがない日って、さみしいけど、悪くない。
だって、わたしは、美希さんの隣にいる。
彼女の手が、わたしの背中をなでてくれる。
その手のひらは、光のかわり。
そのぬくもりは、陽だまりの記憶。
わたしは、思い出す。
春の陽だまり、夏の風、秋の読書、冬のこたつ。
その全部に、美希さんがいた。
その全部に、わたしがいた。
それって、たぶん、すごく特別なこと。
今日の空は、ずっと曇ってた。
でも、わたしの中には、陽だまりがあった。
それは、美希さんの声、手ざわり、気配。
それが、わたしを包んでくれる。
それが、こまりさんの、最後のまどろみ。
陽だまりが消えた日。
でも、わたしは、ちゃんと丸くなれた。
それって、たぶん、愛ってやつかもしれない。




