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鋼鉄の華  作者: にーる
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第三章 第三節 三つの鼓動



朝靄の中、街が目を覚ます。

オレンジ色の光が、街を染める。

どこからか蒸気起動列車の音が聞こえている。

皮肉なことに空という自由を得た"こっち側"の人類も、結局はレールの上を走り続けることをやめられないらしい。


天井の向こうから聞こえる歯車の唸りは、もう"未知の音"ではなくなった。

ベッドの下で鳴る蒸気の脈動も、部屋の壁を伝ってくる微妙な揺れも、幾分聞き分けができる。


目を開ける。ぼんやりと、あの灰色の天井の管が目に入る。

細い金属管が何本も走り、間隔を置いて白い蒸気を吐く。

蒸気が散るたび、壁がかすかにきしむ。そのリズムが、少しだけ"いつもの音"になりつつある。


寝台から足を下ろす。冷たくはないが、薄く湿った床。

重さのかかり方が地球と違う。数値にすれば誤差の範囲だろうが、体はそれを誤差として扱ってくれない。

耳はようやく慣れてきたのに、足裏だけは"ここは自分の場所ではない"と何度も告げてくる。


コン、コン、コン。


ノックの音が聞こえる。 世界が違ってもこういうマナーは共通らしい。

扉が開くと焼けた穀物と、金属のカップから立ちのぼる香りが入ってくる。


「起きてるかしら? 今日は研究室に行くんだから。早く朝ごはんにしましょう?」


扉の隙間から、リラの顔がのぞく。

目の下にうっすら疲れの影があるのは、自分のせいも何割か混じっているのだろう。


「おはよう!会えないときのためにこんにちは、こんばんは、そして、おやすみなさい!」


リラは一瞬、まばたきを忘れたように黙り込み、それから小さく首をかしげた。


「……一日に言う挨拶を、今ぜんぶ使い切ったわよね?」


「……効率重視なんだ。どの時間帯に倒れても対応できる。」


「……地球の挨拶として記録はしておくわ。」


言葉の半分は本気のツッコミで、半分は本当に記録しそうな口ぶりだった。

軽口の形をしているが、その奥でこちらの様子を探っているような雰囲気も感じる。


「"地球人"だって冗談くらい言うさ。」

むしろ冗談くらい言わないと、いつだって気がふれる準備はできているんだ。


立ち上がり、深呼吸。

大丈夫。まだ生きている。


「食堂で待ってるわ。……ちゃんと顔も洗いなさいよ?」


「昨日はサニタリールームにたどり着かなかったんだ……」

言い切る前に扉を閉められてしまった。

ツバキも簡素な上着を羽織り、部屋の扉を開けて廊下に出た。


19世紀のセント・トーマス病院に酷似したこの建物は、

リラとシールが住むには広すぎるように思う。


実際に2人の生活は、各々の部屋と、簡易的な研究室。

書斎に、キッチン、あとは生活をするためのいくつかの部屋だけで、事足りているようだ。

清掃が行き届いているのは隔週で来るメイド達のおかげだそうだが、まだ会うことはできていない。


その広大な建物の中でも食堂は堂々たるもので、まるでロンドンのバーナーズ・タヴァンのようだ。

(別にまがい物だとか、そういうたぐいの皮肉ではない。あの店だってもう40年以上続いてる。)


食堂には綺麗に整えられたカトラリーが並び、ワンプレートの料理が配膳されている。

見慣れないパンの形や知らない色をしたベイクドビーンズも、3日続けば"いつもの朝食"だ。


温いトマトソテーにギトギトのフライドブレッドも懐かしいが、、、


朝食の準備が終わるとリラはツバキの向かいに座った。パンには手をつけず、まずは様子をうかがう。

研究対象の経過観察をするみたいな目つきだ。


「体調は大丈夫?」


「昨日よりはマシだよ。」


実際、頭の重さは一段階ほど軽くなっている。

それでも「大丈夫」と言い切るには、まだ何かが足りない気もしたが、その何かを言語化する余裕はない。


「視界は? ぶれたり、二重に見えたりは?」


「それはない。階段の段数くらいなら数えられそうだ。」


「じゃあ、行けるわね。」


今日はシールの研究室に行く予定になっていた。

リラの父親。シールの研究室。

湖底で着ていた「量子遮蔽防護服(Qスーツ)」を保管しているらしい。


わずかでも地球に戻る手掛かりが見つかればいいが、、、


「現状、唯一の手がかりだ。僕も早く確認したい。」


言葉にしてしまうと、少しだけ覚悟が定まる。

"戻るための作業"の一部だとラベルを貼ってしまえば、恐怖も少しだけ整理される。


「一応、忠告しておくけど…父は『壊して確かめる』タイプよ。

 あなたの "殻" も、本当は近くでいじり回したくて仕方ないはず。

 ……私は、ガラス越しに眺めるだけで勘弁してほしいんだけど。」


「壊されて困るものは、だいたい湖に置いてきたつもりなんだけど。」


口に出してから、「全部とは言ってないな」と内心で付け足す。

リラはそのニュアンスまで読み取ったのか、わずかに目を細めた。


「そうかしら? 観測って、たいてい何かを壊すことよ。

 構造だったり、元の形だったり……それから、見ている側の安心とかもね。」


博士を思わせる言い回しに、ツバキは思わず苦笑した。

地球とこの世界で、科学者達の性格はあまり変わらないらしい。


パンと琥珀色の飲み物を流し込む。

味の細部を味わう余裕はないが、胃が動き始める感覚があるだけで安心する。

こちらの世界の栄養素でも自分の身体は動いてくれる。


「じゃあ、食べ終わったらすぐに行きましょう。

 途中で気持ち悪くなったら、ちゃんと言いなさいよ。」


「階段の真ん中で座り込む前に報告する。」


「座り込むのは…なるべく上か下にして。」


冗談めかしながらも、本気で心配している声だった。

今日これから見るものが、元いた世界への"道"につながるのか、それともただの行き止まりなのか、、、それはまだ分からない。


それでも、見に行かなければ何も始まらない。

帰る道筋が見えるまで、優雅な朝食は一旦お預けにしておこう。


「それにしても、どっちのロンドンも朝食のクオリティは相変わらずだな……」



―――――――――――――――――――――――――――



ノッドノールの朝は、やはり煤の匂いがした。


石畳の隙間から湯気が上がり、坂道のどこかでいつも蒸気が漏れている。

昨日まではこの匂いだけで頭痛がしていたが、今日は"こういう空気"として受け止められる程度には慣れている。


前を歩きながら、リラが振り向かずに尋ねる。

「匂い、まだきつい?」


「好きにはなれないけど…『ここでは普通なんだな』って思えるくらいには。」


「十分よ。ノッドノールに来たばかりの学生なんて、3日は頭痛と咳で寝込むんだから。」


この空気がノッドノール特有のものという事実に若干安堵する。

トレイだってノッドノール一枚岩の世界ではなかろう。


坂を降りると、路地の両側に建物が迫ってきた。

壁には太い配管とバルブが這い、ところどころから白い蒸気が吹き出している。

窓にはガラスの代わりに半透明の板が嵌められていて、内部の明かりがぼんやりとにじんでいた。


頭上を、影が横切る。


見上げると、真鍮色の外殻を持つ巨大な機械が、低い雲の下を滑っていくところだった。

輪状の装置をいくつもぶら下げた船のようなもの。輪が回転するたび、周囲の空気が波打つのが遠目にも分かる。


「今日は、そんなに驚かないのね。」

リラもつられて空を見上げる。


「名前を知ってしまったからね。蒸環虚層船ジルヴァだろ。」


地球のフィクション物でよく言われる"飛空艇"という存在も、

この世界では若干言い方が異なっていた。


"蒸環虚層船ジルヴァ"


この世界の人は"環船"と呼んでいるそうだ。

リラからの説明は『浮遊輪が重さをごまかして、推力炉が前に押す。』とのことで、、、

なるほど。よくわからん。


「何度聞いても肝心の"仕組み"は理解できないけどね。」


「仕組みまで全部わかってる人の方が少ないわ。

 あなたの世界の…車? だって、中身を説明できる人ばかりじゃないでしょう?」


「それはそうだ。」


地球の街路を走る車の列と、頭上の飛空艇が一瞬だけ重なって見えた。


人々の視線は、空よりも日常に向いていた。

蒸気起動機を積んだ荷車が行き交い、店先では値切りの声が聞こえ、幼い子どもを連れた母親が歩道を歩いている。

ツバキの服装は浮いているはずだが、好奇の視線は一瞬だけこちらを舐めて、すぐに自分の用事に戻っていく。


「あまり…珍しがられないんだな。」


そうこぼすと、リラが肩越しにこちらをちらりと見た。


「ここには、もっと変な格好の人がたくさんいるもの。

 父とか、父の知り合いとか。父の知り合いとか。。」


「それは安心していい情報なんだろうか。」


「少なくとも、『浮いているのはあなただけじゃない』とは言えるわね。」


自分の方のフィルターが少し変わるだけで、街の密度がだいぶ違って見えた。

ここの雰囲気はロンドンよりもマンチェスターに近いか、、、


しばらくして人混みの中を抜けると、視界が開ける。

坂道を上り切った先、高台から街全体が見渡せた。


煙突から立ち上る煙と蒸気が、低い雲の層にぶつかって拡散していく。

"環船"の航跡が、その雲の表面を削るように線を描いていた。

街全体が一つの巨大な機械のように、ゆっくりと呼吸している。


「どう? ノッドノールの朝。」


リラが手すりに肘を乗せながら尋ねる。


「思ったより…生きてる。」


「生きてる?」


「最初は"工場の延長"みたいな場所だと思ったけど。

 でも、ちゃんと生活があって。呼吸している。」


「あなたの世界も、外から見たら似たようなものなんじゃない?」


「……かもしれないな。」


そう答えながらも、ツバキはしばらく街から目を離せなかった。

英国に似た街並みも、少し靄が晴れてきた空の色も、

どの記憶にも無いはずなのに、なぜか懐かしさを感じる。


ノスタルジックな気分のまま高台の端に目をやると、ノッドノールのどの建造物とも似ていない影が貼り付いているのが見えた。


煙突も飾り窓もなく、煤を塗り固めたような黒い箱が、ただ四角く立っている。

この街の他の建物が真鍮と配管で"外側"に仕組みをさらしているのに、そこだけが、すべてを中に隠しているようだった。


箱の屋根には、輪のような装置がひとつ載っていた。

細い管と金属片が編み込まれた環で、ゆっくり回りながら、内側にだけ淡い光をにじませている。


その輪の上を通り抜けた蒸気だけが、いったん沈み込むようにたわみ、それから遅れて空へ昇っていった。


「ここが境界実験室。父の縄張り。」


リラが短く言う。


「"世界の縁を触る場所"、だったか。」


「そう言い張ってるのは、ほとんど父だけだけどね。私から見れば、ただの"うるさい建物"よ。」


ツバキは一度、息を整えてから扉に手をかけた。


「ツバキ。」


リラが呼び止める。


「別にここで帰る手がかりが見つからなくても、それは絶望じゃないわ。」


過去にも異界の来訪者が観測されたからといって、地球への道筋が確立されているわけではない。

そしてトレイにとって異界の発見は最近の出来事でもないのだ。

もしあのスーツを観測したとして、何の手がかりもなければ、今の僕に残された道は少ない。


「…そんなに可哀そうな顔してた?」


「…あら?心細くて泣きそうなのかと思ったわ?」


リラの口元に、ごく小さな笑いが浮かんだ。


ガチャン


飛空艇すら飛ばす文明をもったノッドノールでも、

この研究室の扉は手動式だ。シールのこだわりなのだろうか。


扉の内側は、外よりも温度が高かった。


暖かい空気と機械油の匂いが一度に押し寄せる。

壁一面に計器とパイプが貼り付き、通路は人ひとりが通れる程度の幅しかない。

丸い窓を持つタンクが低く唸り、小さな針が忙しく震え続けていた。

天井板の向こうでは歯車が回っているらしく、その振動が床板を通して足裏に伝わる。


「ね…やっぱりうるさい建物でしょう。」


リラが小声で言う。


「音の種類は多いけど…無駄にうるさいってわけじゃない。」


「最初にそれ言った人、あなたが初めてよ。」


義手の金属音が近づいてくる。

シールが計器の列の陰から姿を現した。金属と皮膚の継ぎ目が油で鈍く光っている。

視線がツバキの足元から顔までを一度だけなぞり、状態を確認しているのがわかる。


「歩いて来られたようだね。」


「ええ。途中で引き返したくはなりましたけど。」


「引き返すなら、今だ。地下はもっと静かで、もっとうるさい。」


意味の分かりづらい警告だが、悪意は感じない。

ツバキはリラと目を合わせ、それからシールに向き直る。


「行かせてください。スーツの状態を、直接見ておきたい。」


「いいだろう。虚層素の残留も、改めて測っておきたいところだ。」


シールが手で合図を送る。

通路の奥、鉄製の扉の向こうに地下への階段が口を開けていた。


「足元、気をつけて。」

リラが一歩、ツバキのすぐ後ろにつく。



――――――――――――――――――――――――――――



階段を降り始めると、上の階に比べて音が一気に減った。

一段ごとに空気が冷え、代わりに耳の奥でざわめきが増えていく。


低い唸りと、高い擦過音と、そのどちらでもないもの。

ひとつの騒音としてまとめることもできるが、複数の波形が重なっているようにも聞こえる。

和声聴音は苦手なんだけどな、、、


「これが『虚層素のノイズ』……」


「感じない人も多いけど…感じてくれた方が、私は安心する。」

独りごとのつもりだったが、すぐ背後からリラの声が返ってくる

顔を見なくても穏やかな表情が想像できた。


「どうして。」


「何かがおかしいって、自分で分かってる人の方が、"無茶"をしないから。」


それは、地球側でも何度か聞かされた種類の忠告だった。


「……氷底で、似た音を聞いた。」


断片化した記憶が引きずり出される。


「全部が同じかどうかは分からないけど……同系統だ」


シールが前を歩きながら、短く「ほう」とだけ答えた。

それ以上、余計な質問は投げてこない。階段を下り切るまでは、観測より安全を優先しているのだろう。


階段の一番下の扉が開く。

最下層の空間は、シンと静まり返っていた。

完全に無音というわけではない。機械の作動音や空気の動きは確かにあるのだが、

本来あるはずの反響や雑音がどこかに吸い取られてしまったような感じがする。


部屋の中央に、厚いガラスケースが一つ。

周囲に端末と計測器。その脚が床にじかに食い込んでいる。

中身を認識した瞬間、胸の内側で何かが硬くなる。


量子遮蔽防護服――Qスーツ。


多層膜の黒い装甲。胸部ユニット左下の規格番号。並んだ数字。

訓練のとき、嫌になるほど見た構造だ。

紛れもなく、自分が着ていたモデルと同じ系列。


ただし、形は明らかに違っている。


右側の腕と胸部は、おおむね記憶どおりの姿を保っている。

左側は途中から切り取られたように欠けていた。金属がねじれたまま固まり、装甲の層が途中で途切れている。

本来なら繋がっているはずの面と面の間に、不自然な隙間がいくつも空いていた。


何もないはずの隙間に、視線がうまく入っていかない。

角度を変えるたび、さっきまで見えていた断面が消え、別の線が立ち上がる。

立体を見ているはずなのに、頭の中のモデルがまともな三次元図形を組み立ててくれない。


「君の世界の言葉を借りるなら…『どこへ飛んだのか分からない欠損』、だろうね。」


シールがガラスケースの縁に手を置きながら言う。


「爆発でも、破砕でも、塑性変形でも…説明がつきにくい。」


ツバキはケースに近づき、装甲の断面をできるだけ冷静に追っていく。


「外側からの衝撃じゃない…ですね。

 力の向きが読めない。衝撃波が通った形跡もないし…」


自分の口調が、いつのまにか技術者に戻っているのを意識する。


「君の世界の分類には、当てはまりそうかね。」


「少なくとも、僕が知っている事故報告書には…近い例はありません。」


一歩後ろに下がり、ケース全体を見渡す。

不自然な損傷具合に何者かの意思を感じる。不気味でしかない。


「左側だけ…どこか別の場所に抜け落ちたみたいに見える。」


「その『別の場所』がどこなのか…それが分かれば、私の仕事もだいぶ楽になる。」


声に、わずかな高揚が混じっている。

リラは黙ったまま、ツバキの横顔を見ていた。


「生命維持装置のログも残っている。」


シールがケース横の端末に触れると、ガラスの内側に光点がいくつか浮かんだ。

波形が現れる。


一定のリズムで続く山と谷。

途中で大きな乱れ。長い平坦。

そのあとに、針一本ぶんだけ立ち上がる小さな山。

再び静かな線。


「こっちの単位系に合わせてあるから…君の世界の数値とはずれているかもしれないが。」


シールが画面から半歩退く。

訓練で見せられた「正常」と「危険」と「停止」の波形を頭の中に並べる。

それらと比べると、この形はどれにもきれいには分類できない。


「途中までは、生きてる…としか言えません。」


下手なことは言えない。自分の"生"すら否定することになりそうだ。


「そこから完全に止まって…そのあとで、短く戻っている。

 装置の誤作動、って言い切るには…最後の山が綺麗すぎる。」


「綺麗すぎる、ね。」


シールがその表現を反芻する。


「君の教科書には、載っていない現象だ。」


もう少しちゃんと授業を聞いておくべきだったな。

リラが、そこで初めて口を挟んだ。


「つまり…『一度死んでから、ちょっとだけ生き直してる』ってこと?」


「乱暴に訳すと、そうなるな……」

つまりなんだ。僕はゾンビか。


「ただ、その『ちょっとだけ』が何なのか…ここでは何も言えない。」


シールが短くうなずく。


「我々は確実でないことを、確実だと言う事はできないからね。」

彼は端末に数行メモを書き込み、それからガラスケースに視線を戻した。


「ガラス越しで構わない…触ってみるかね。

 虚層素の残留への反応も、見ておきたい。」


好奇心と恐怖が入り混じる。

異世界転生の次はどうなる。宇宙の果てにでも飛ばされるか。


リラがすぐそばに寄ってくる。


「本当に無理そうなら…すぐ言いなさい。」


「その時は、ちゃんと報告するよ。」


指先をガラスに当てる。


冷たい。温度だけなら、南極の鉄製手すりと大差ない。

ただ、冷たさが指先から先に抜けていく感じが違う。

硬さと見た目の印象にも、微妙なズレがある。

正確に言語化する前に、身体が「違う」と認識してしまう種類の感覚だ。


湖底の映像が、フィルムのように流れる。

モノリス。格子状に砕けた光。頭蓋を押しつぶすような、、、"重力"

博士の声、通信機のノイズ。光。光。光。


その先に映像はない。無限の時間を感じる。


光が引き延ばされる。著しくフレームレートが落ちる。


どこかで聞いたことのあるオルガンの和音が響く。


白い部屋。そこに、"自分がいる。"




ガラスの向こう側に横たわる殻。

鳴り響くアラート。

自分の胸の内側で打っている鼓動。


三つのリズムが、どこかで一瞬だけ揃おうとした瞬間、

小さな段差を踏み外すような感覚とともに、指先からガラスの冷たさがすっと抜けていく。


「ツバキッ!」


世界が、急に輪郭を取り戻す。


リラの声が聞こえる。

世界が、少し平らに戻る。


「……顔色…悪くなってるわよ。」


リラの声が聞こえる。

どうやらまだトレイに自分はいるようだ。


「階段の下なら座り込んでいいんだよな…」


シールが端末の数値を確認し、「大きな変化はない」とだけ告げた。

それから、ツバキと殻を交互に見比べる。


「殻は壊れたまま…ログは説明しづらいまま…そして、君は、今、ここに立っている。」


シールが、観測結果をまとめるように言う。

くだらない"観測結果"だ。

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