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鋼鉄の華  作者: にーる
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第二章 第二節 異境の街路



街を歩く必要もなかった



街並みは英国そのものなのに、何かがおかしい。

"何か"がというか。全部おかしい。


突然この景色を見せられれば、それは"英国の夕方"だが、英国ではない。英国の"軌道領"でもない。

そもそも英語だと思っていた言語は、英語ですらなかった。

発音こそ英語だが、意味の構造が違う。文字に至っては——まるで理解できない。幾何学的な記号が並ぶだけだ。

彼らの声だけが、何かに"翻訳されて"耳に届いているようだった。


"言葉だけは通じる" その排反した事実に、恐怖心が募る。

誰に聞いても「ロンドン」なんて街は知らないし、

そもそも「地球」という単語が存在しない。


標識も広告も、見たことのない模様で埋め尽くされている。

十九世紀の英国を"模倣した何か"のようだ。


霧の中に鉄骨の橋が浮かび、ガス灯の光が蒸気の粒を照らしている。

白熱ガス灯だろうか。金属酸化物特有の明るさがあるように見える。


方向を失いながらも、足は自然と前へ出る。

建物の間を抜け、狭い路地に入ると、蒸気の音が近くなる。



低いピストンの駆動音



街そのものが、ひとつの巨大な機械のように動いていた。

クレイジーサイコパスは俺の方だったか、、、

英国によく似た街は、似て非なるものであって、あっという間に道に迷ってしまった。


「これはやばいぞ……ここがどこなのか、予想すらできん。」

"予想すら"というか——ここは"ノッドノールのエアスレック"という地なのだろう。

残念なことに、誰に聞いても同じ答えが返ってくる。


ドッキリならタチが悪い。

もしかしたらまだ病院で、死線を彷徨っている最中なのかもしれない。


「通貨も違う。そもそも金がない。地図も読めない。

人に聞いても、何もわからない。警察署はあるのか?……ドッキリなら、何をすれば終わるんだ。」


ひとりごとのように呟き、ため息をつく。

"フィジー行きのチケットを買わねば"



通りには屋台が並び、銀色のカップから湯気が立ちのぼっていた。

酸味のある香りが風に混じる。飲み物か、それとも燃料か。

子どもたちが走り抜けるたび、足元の舗装が淡く光るのが見えた。


周囲を見渡すと、家々の壁には管やバルブが張り巡らされ、

そこからかすかに白い蒸気が漏れている。

時おり、建物全体が呼吸するように膨らみ、低い機械音を響かせた。


また人々の衣服はどこか古風で、それでいて近未来的でもあった。

一見すればレトロだが、動きに合わせて微かに光を放つ。

服に内蔵された補助機構かもしれない。


「失礼、そこの方。」


ダブルのロングコートを着た男が霧の向こうから現れた。

胸元に歯車のような徽章。警官か、それに近しい何かだ。


「この区域では"居住証"の提示をお願いしています。……観光の方ですか?」


どうやら悪目立ちしてしまっていたようだ。

待ちゆく人に声をかけ続けていたが、いつの間にか人だかりができている。

服装も英語の訛りも、この街の人たちとはズレている。


「……いや、ちょっと、道に迷って……」


男は少し目を細めた。だが声色は柔らかい。

「そうでしたか。初めての方ですね。この街では"識別印"がないと宿も探せません。

庁舎まで同行しましょう。登録だけしておけば困ることはありませんよ。」


丁寧で、むしろ親切すぎる。

その穏やかさが、自分がいかに異質な存在なのかと際立たせる。

"識別印"は個人番号のようなものだろうか。

官公庁の類に行けば状況を理解できるのか、それともただの妄想患者として病院送りか、、、


通りのざわめきが一瞬だけ遠のいた。

蒸気の音がやけに鮮明に聞こえる。


「——この方は、私の家で保護しています。」


霧の奥から澄んだ声。

振り向くと、紺色のワンピースを着た少女が立っていた。

金色の髪がガス灯の光を受けて揺れる。


「そうでしたか。なら安心しました。……"ようこそノッドノールへ。"」

男は穏やかに一礼し、薄く漂う蒸気の向こうに姿を消した。

残されたのは、整いすぎた街の静けさと、少女の微笑み。


「——あら、意外に落ち着いてるのね。」


「おはよう! 会えないときのために、こんにちは! こんばんは! おやすみなさい!……私はこのまま、ここで朽ち果てます!」


少女が一瞬、目を瞬かせた。

その仕草が妙に現実的で、夢から覚めるよりも現実を遠ざけた。


「ちょっと、しっかりしなさい。大丈夫よ。あなた、別の星から来たんでしょう? 帰れる可能性はあるわ。」


「クレイジーサイコパスじゃなくて、ただの妄想オタクか」


「もう、違うわよ! いいから一回うちに戻ってきなさい。私なら状況を説明できるわ。」


言われるがままに、先ほど病院だと勘違いしていた建物に連れ戻される。

街に出ていた自分が、どれだけ混乱していたのかを思い知らされる。


よく見れば、この街のどこが英国に似ていたのだろうか。

原理はわからないが、この街の主要な動力源は蒸気だ。

木炭を使っているようには見えないが、確かに蒸気を利用してあらゆるものが動いている。


車も、テレビも、路面電車も、


空に浮かぶ飛空艇も。




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