第一章 氷底の黎明
ゲームを作りたいので、原作から作る。頑張る。
“その地は南緯60度より高緯度にあり、小さく氷雪に覆われた不毛の地で、人類に対し何の富ももたらさないだろう。”
地球の最も南に存在する大陸、南極大陸。
1800年代に発見されてから幾度と無く人類が探検、調査を行ってきたこの大陸にも、現代に至るまで未開の地で有り続けた場所が有る。
【ボストーク湖】
南緯77度、東経105度地点にあるこの湖はいわゆる“氷底湖”と呼ばれ、
4000mにも及ぶ南極の分厚い氷の下にひっそりと、外の世界を見向きもせず存在している。
氷透過レーダーによってこの場所が明らかになり100年が経とうとしているにも関わらず、
この神秘の湖は人類にとって未開の地で有り続けた。
そんな世界から隔離された場所に注目が集まったのは、ある事件がきっかけであった。
2012年2月、ロシアの南極科学調査研究所が氷床を深さ4000mまで掘削し、1989年の掘削開始以来初めてドリルが同湖に達した。
喜ばしいニュースであったが、採取されたサンプルに付着していたのは解析不能の放射性物質を放つ生物と思われる破片の一部。
地球上で人類が出会った事のないこの生物で有ろう物の破片により、
人類に新しい技術をもたらす事になるが、問題がその強力な放射線であった。
電磁放射線である事は解明出来たものの、それが何かがわからない。
従来の防護服をいとも容易く透過するそれは、人体に多大なダメージを与ると思われ、結果として50年もの間人類を遠ざけた。
その放射は記録装置を焼き、通信を遮断し、防護服すら透過した。
科学者たちはそれを“観測不能放射(Undetectable Radiation)”と名づけた。
観測しようとするほどに、情報が消える。
——まるで、人類の視線そのものを拒むかのように。
「今更遅いんですけどー、後悔してますよ、ここに来たの」
超高速エレベーターでボストーク湖に向かうさなか、
最新式のレーザー通信を用いて特定の人物のみに青年はわざわざこんな事を呟いた。
宇宙エレベーターが始動して10年あまり、花形といえば宇宙産業だ。
それでも地球の底へ降りるこの昇降機は、逆立ちした宇宙船のように、静かに深さだけを増していく。
「そう言ってくれるな、この場所に人類が向かうという事だけでも大した偉業だ。
護衛もいるのだから私たちは調査に集中できる。」
今度は中年の男性が非公開通信を行う。
正体不明の放射能を出し続けるこの湖に近づけるようになるまで、40年以上の年月がかかった。
人体にどういった影響が有るかも分からない透過性の放射線を防ぎ、超高圧力に耐えうる防護服、
4000mもの厚い氷を貫くように設置されたエレベーター、どれもここ数年の発明だ。
氷の壁をすり抜けながら、エレベーターは静かに沈む。
外気温は氷点下五十度。外圧は四百気圧を超える。
通常の防護服では、一秒ともたない。
二人の身体を守るのは量子遮蔽防護服(Qスーツ)。
未知の放射によって物質の“確率構造”が乱れるのを抑えるため、観測せずに受け流す多層の量子膜を備える。
固定(観測)すれば壊れる情報を、確率のまま通過させる——そのための服だ。
そもそもなぜこんな危険な湖に人類が赴かなければいけなかったのか。
勿論人類がこの場所にくるまでの半世紀、何度もロボットによる調査は行われていた。
しかしどんな計測器を使用しても、どうしても記録に残す事ができなかった。
謎の放射線の影響か、湖に到達した計測器はことごとくその機能を奪われ、まともに観測する事ができなかったのだ。
生物の破片が発見された当初は、それはそれは世界中がこぞって注目していたが、
度重なる観測の失敗、宇宙エレベーターの完成がこの湖を世界から遠ざけた。
「いや、まぁ、こういう不気味な、、なんと言うかむかーしの映画のような不気味な感じは好きですけどね
それでも一般人をこんな所につれてくるなんて、どうかしてますよ」
目標地点到達のブザーが響く。
少しの揺れの後、ゆっくりと水がエレベーター内に入ってくる。
「しかし、調査に参加したいと言ってきたのは君の方ではなかったかな」
今度はガコンと鈍い音を感じ、エレベーターの扉が開かれる。
どうやら湖の底についたみたいだ。
「偉いお兄ちゃんは妹の学費を稼ぐのに必死なんですよ」
電子マップが調査対象箇所を表示する。
「、、、君は研究所の中でも秀でて優秀だと思っているよ。 勿論人間的にもだ。今はとにかく調査を始めよう。」
護衛4名が所定の配置につく。2名が前衛、2名が後衛。
氷上では百名を超える本部が、彼らの心拍と通信ログを監視している。
“観測不能”の場所へ、人間が降りた——それ自体が実験でもある。
闇を進む。
そこは人類を拒み続けた場所。氷底湖。
そこは人類が到達するべき場所なのだろうか。
そこは人類に何をもたらすのか。
「やっぱり人がいると観測は出来るみたいですね」
闇から交信を行う。
「その謎も今回の調査範囲なのだが、、、解明には時間がかかりそうだ」
ボストーク湖の調査が始まって100年余り、その中で2度犠牲者が出た。
始めの犠牲者は40代の研究者。
彼は1人でボストーク湖までたどり着いた。勿論被爆前提だ。
彼が湖についたのは午後14時。氷上では彼の生命維持装置の記録が取られていた。
そこから調査が開始されたと思われるが状況は定かではない。
ただ唯一分かっている事は、彼は湖から地上にデータを送信していた。送信できたのだ。
どんな観測器も機能が停止してしまう、謎の湖においてそれは大発見であった。
しかしその2分後、彼の生命維持装置の発信は消えた。
不思議な事に彼の消息が途絶えた瞬間、観測器もその機能を失う事になった。
人を襲う怪物がいるのか、そもそもなぜ観測器が機能していたのか。
様々な憶測が飛び交う中、2人目の犠牲者も途中で消息を絶った。
それ以降この湖に人間が近づく事は無かった。
「周辺に障害物は無いみたいですね。平坦な地表が続いています。」
機能している観測器を使い青年が交信を続ける。
「さて、放射線を出す怪物には遭遇できるだろうか・・・」
「僕はまだ死にたくないですよ」
後方からガタイの良い男が現れる。
「我々がついていますので、先生は調査に集中してください。」
死者が2名も出た以上、単独での調査や、個人単位での調査は国際的に認められていない。
今回の調査も国連による大規模な調査となっていた。
湖に向かうメンバーは調査員2名と護衛4名。
氷上には100名以上のメンバーが調査員と護衛の心拍数を見守っている。
「私はそんな未知の生物に襲われて死ねるのならば、それは本望というものだよ」
少し海が揺れたような気がした。
別の大男が通信を行う。
「博士。貴方は地球の財産です。冗談でもそんな発言はよしてください。
それにこの会話は氷上のスタッフも聞いているんですよ。」
「ははは、好きな事だけを考えて生きてきた結果が地球の財産とは、何事も続けてみるものだな。
そういえばツバキ君。例の花は結局持ってきたのかい?」
「ええ、持ってきたボットに入ってますよ」
人類の記録がいつまで保つか、考えたことはあるだろうか。
およそ1万年。 1万年で人類の記録は全て消え去ると考えられている。
電子記録メディアは勿論、人類がここまで築き上げた財産は超長期的な記録には耐えられない。
どのような形で人類の歴史を後世に伝えるのか、いくつもの実験が進む中、彼が持つ花も実験器具の1つであった。
花の形をしたそれはいくつもの花びらにメッセージ彫り込まれている。そしてそのメッセージが消えることはない。
特殊な合金で作られたこの花は決して風化しないと考えられている。
——鋼鉄の華。観測を固定せずに痕跡だけを残す、非崩壊記録体。
「もっとマシな実験方法もあるんんでしょうけど、、、
まぁせっかく過酷な"かんきょう"に来たので」
彼がボットから花を出した瞬間。
微かな振動を感じる、計測器は異常を検知していない。
暗闇から小さく影が飛び出した。
「先生、何か生物がいます!」
持って来ていた捕獲ケースに影を吸い込む。
まるでエイリアンのような多数の体節を持つ節足動物。
照らし出された影は目を疑う生き物であった。
「これは、、、ト、トリロバイトじゃないか、、、!」
「、、、しかし三葉虫はペルム紀に絶滅しています、何かの間違いでは、、、っ!」
何の計測器か、ブザー音が耳を貫く。
その瞬間多量の水の中だというのに、大地が激しく揺れるのを感じた。
普通の小さな地震であってもこの場所では何が起こるか分からない、
そう思った青年の目の前に突然、大きなモノリスが出現した。いや元からあったのか、気付かなかっただけなのか。
ブザー音がいっそう大きく響く、視界が歪む。
上下の感覚が落ち、光が格子状に崩れる。
過去と現在が同一面に重なり、順序が意味を失った。
「先生っ、、、いったいこれはっ、、、」
激しい頭痛に襲われ、朦朧とした意識の中で彼は通信を試みた、
既に今の自分が立っているのか、寝ているのか、どこが上でどこが左なのかが分からないが、
それはとても長い時間が立ったようにも、まだ一瞬の事のようにも思える。
万華鏡のビーズになったような気分だが、どうにかして状況を把握しなければならない。
そう思った矢先、強烈な重力が身体を襲う。
「くっそ、、、な、、んだよこ、、れ、、、」
彼の意識が無くなるまで、おそらく時間はかからなかった。




