表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/8

Hello, Another world!

オリエは山の中腹に広がる静かな森の中に立っていた。

地面には湿った落ち葉と苔が敷き詰められ、周囲には針葉樹と広葉樹が混ざり合うように生えている。


(ついに異世界に来たんだ!)


オリエは読者に向かって言葉を投げかけた。


「どうやら、私は森の中に転移したようです。

神が最後に“Good luck, have fun.”なんて言うものだから、てっきりFPSゲームの世界かと身構えていましたが、まったくの見当違いでした。『知らない戦場だ』とか言う準備をしていたのが無駄になってしまい残念です。


王道展開であれば、このあと魔物に襲われてギリギリで能力が覚醒して……みたいな流れになるのでしょうが残念ながらこの物語は「異世界のんびり生活系」です。そんな展開はありません。


なお、このあと異世界の人と出会うかもしれませんし出会わないかもしれません。

仮に出会った場合、彼らとの会話のセリフは全て日本語で表記する予定です。

一部、外来語が混ざりますが、それは作者のやさしさだと思っていただければ幸いです。

『プライバシー』や『アイデンティティ』を無理に訳しても、かえってわかりづらいですからね。

そんな感じで異世界の言語は私たちの世界の言葉で表現していこうと思います。


それでは私はそろそろ現実の世界――異世界に戻ります。

それではよろしくお願いいたします。Good luck, have fun.」




まず確認するのは自分の身体の状態だ。

軽く脚を動かす。違和感はない。動作も滑らかで、バランス感覚も正常。

そして手を動かしたり手のひらをじっと見つめる。

シワの入り方すら変わっていない。


次に服装を確認。

生地の質感、重さ、ポケットの配置。すべて転移前と全く同じ。

シワの入り方すら変わっていない。


背中のリュックには異世界で暮らすのに必要な道具がぎっしり詰まっている。

中身の確認は後回しだ。今はそれらが転移前と同じであるかを確かめるタイミングではない。

破損の有無も落ち着いてから確認すればいい。

優先すべきは状況の把握だ。




深呼吸。

空気の質を確認する。酸素濃度は問題ないようだ。

喉が焼けるような感覚もないし吸い込みに抵抗も感じない。

専門的な測定はできないが少なくとも呼吸をする限りは地球の大気とそう大きく変わらないようだ。

気圧も不快ではない。肺も正常に動いている。


ふと、風を感じた。

肌にまとわりつくような湿気。だが不快なほどではない。


上を見上げる。空の色は青く太陽が昇っている。

見渡した限り空に太陽はひとつだけだった。

もし太陽が二つ以上あるような世界であれば季節の変動は極端で天候も不規則になると本で読んだことがある。

詳しい理屈は思い出せないが少なくともこの空の下では地球とそう大きな差はなさそうだった。

その事実にオリエはひとまず胸をなでおろした。




腕に装着したソーラー腕時計を見る。

これはGPS、方位計、温度計などを備えた登山仕様のモデルだ。

もっともGPSは使えない。衛星が存在しないのだから当然だ。


まずは方位計で「北」を検出する。

コンパスはぶれることなく一定の方向を指し示した。

この星にも地球と同様に地磁気が存在するらしい。


そして太陽の方角を確認。

「南」の空にあるのがわかる。

地球の感覚で言えば太陽が南にあるのは北半球の特徴だ。

つまり、もしここが地球と似た星ならばこの場所は北半球に位置していることになる。

これは地球の北半球では太陽が南の空を通るためだ。


太陽の高度は高く時間は昼過ぎと推定される。

今のところ太陽の位置を見る限りでは転移前の時刻と大きくズレているようには見えない。

ただ、これはあくまで目視による推測に過ぎない。

時差による体調の変化、いわゆる時差ボケが出るかも知れないが注意深く体調を確認し判断していくしかない。


温度計で気温を測る。

気温は24度。肌を刺すような寒さも汗ばむような暑さもない。

地球でいえば春の終わりか秋の始まり。そんな感覚だ。


着ているのは地味な色合いのアウトドア用のジャケットとパンツだ。

通気性がありつつ虫や風に強い特殊繊維。

温度調整にある程度対応するレイヤー構造で肌を外に晒す部分はない。

未来的すぎないデザインで現地の人間と出会っても警戒されにくいものを選んだ。

実際にこの装備で何度も野宿をしているため信頼性も実証済みだ。




ひとまず初期の自己点検は終了した。

ここから先、当面の課題は以下の通りになる。


1. 安全な水源の確保

2. 食料の調達

3. 寝床となる場所の確保



次に考えるのは病原体や菌類への耐性だ。


この星には地球とは異なる微生物体系が存在している可能性が高い。

空気中を漂うウイルス、土壌に潜む細菌、さらには地表や植物に付着している真菌類。

いずれも自分の免疫系が初めて遭遇する異物ばかりだ。


もし未知のウイルスに感染すれば、高熱、発疹、呼吸困難、内臓不全、あるいは神経系への侵襲など症状の予測すらつかない。

細菌感染ならば敗血症や組織壊死といった重篤な症状を引き起こすことも考えられる。

真菌であれば肺や皮膚を蝕まれるケースがあるかもしれない。

ましてや抗生物質や抗ウイルス薬がこの世界に存在する保証などない。

仮に存在してもそれが私の身体に適合するかも未知数だ。


だが現時点で対策を講じることができない以上焦っても意味はない。

ここで過剰に振る舞えば逆に環境への適応が遅れる可能性すらある。

焦らず、ゆっくりと体を慣らしていく。

それが異なる環境に順応するうえでの基本だ。


幸い今のところ体調に異常は見られない。

この森の空気は澄んでおり水や食料にも慎重を期している。

あとは自分の免疫力と体力と、そして神にお願いした能力を信じるしかない。




周囲を見渡す。

そして安全な水源の確保と食料の調達に向けて地形の傾斜に従って下る方向へ歩き出した。

下へ進めば水が集まりやすい。

川や沢が見つかる可能性が高く、さらに人里へ出る確率も上がるからだ。




歩きながら地面を観察する。

やがて木の根元に複数の実を見つけた。


手に取り形状や質感を確認する。

見た目は地球で言えば「ナッツ」に似ており殻が固く乾燥している。

脂質やタンパク質が多く保存性も高い可能性がある。

見た目にも腐敗や異常は見られない。

今はまだ食料に困っていないが将来に備えて採取しておくことにした。

試食はしない。持参した食料を使い切るまでは口にするつもりはない。

木の実は慎重に選別しリュックに入れておく。




倒木の陰に生えていたキノコが視界に入った。

だが、それには手は出さない。キノコは判別が難しい。

地球ですら致命的な毒性を持つ種類が多いのだ。この世界ではなおさらだろう。


特に問題なのは見た目がそっくりな可食種と毒キノコが普通に存在するという点だ。

たとえばツキヨタケとヒラタケ。

色も形も傘の模様も素人目にはほぼ同じにしか見えない。しかも毒性も質が悪い。

食べてすぐに吐くような奴はまだマシで数時間後、消化器が回復したかのように見せかけてから肝臓を破壊するタイプもある。

その頃には解毒も間に合わない。

さらに悪いことに毒性は環境によって変動する。

同じ種でも育った土壌や気候によって含有成分が異なる場合がある。


仮に地球で食べられる種に似ていても、ここでは別物かもしれない。

しかも菌類は植物ではない。

遺伝的多様性が高く突然変異も起こしやすい。

つまり今年は食べられたが来年もそうとは限らないことすらありうる。


食料が尽きても最終手段にすらならない。

キノコ類は完全に除外し無視することにした。




森は深く同じような景色がどこまでも続いていた。

しかし空の色にはわずかに変化の兆しが見える。

夕暮れまではまだ猶予があるが太陽は確かに沈みつつある。

つまり、この星も自転しているということだ。


昼夜の交替は光源が動いているからではない。

地球と同じように、この星も自転している。

太陽の傾きがそれを示していた。

今この星で私が目にしている太陽の傾きも、まさしくその動きを示していた。

この世界もまた重力のある天体として一定の周期で自転しているらしい。


そう結論づけたところで実利的な思考が戻ってくる。

日が落ちる前に野宿の場所を確保しなければならない。


野宿なら日本で何度も経験してきた。

数日程度なら持参した食料と装備でどうにでもなる。

寝床の確保も難しくはない。

あとは天候と夜間の安全性それだけに注意すればいい。


まずは今日という一日を生き延びる。

静かに、確実に、無理をせずに。

それが今の自分にできる唯一の行動だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ