表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/8

三位一体

目の前に広がっていたのは白い空間だった。



霧が立ち込めているのではない。

色彩も陰影もすべてが漂白されたかのように消え失せている。

上下左右の感覚が曖昧で奥行きすら定かではない。

まるで視界のすべてが光の中に溶けてしまったかのような錯覚。


重力はある。足元にだけ、かろうじて世界の重さがある。

呼吸もできる。空気もあるのだろう。

しかし、それ以外に現実味のある情報は何一つ存在しない。


(ここは異世界だ。やった!あの仮説は間違っていなかった!

しかし想像していたのとは違う。

地面が土じゃない。空も見えない。文明レベルの手がかりすらない。

ここはどういう世界なんだ?)


そんな不安と混乱の中でその存在に気づいた。




『ようこそ。ここは、この世界の外側。境界の狭間にあたる場所です。』


その存在は人の姿をしていた。しかし人間ではなかった。

性別も年齢も感じさせない。

服を着ているように見えるが、それもまた輪郭があやふやで視界の端で常にちらちらと揺れている。

そこにいることだけは確かだが見ようとすればするほど焦点が合わなくなる。

声は空間から直接響いていた。

あたかも空気そのものが言葉を発しているようだった。


私は心の奥から湧き出る恐れと敬意をこらえつつ震える声で質問をした。


「……あなたは神という存在でいらっしゃいますか?」


『今、あなたは何と言いましたか?』


「……あなたは!神という存在で!いらっしゃいますか!?」


『とんでもございません。私は神です。』


このやり取りではっきりと悟った。

この人は間違いなく神であると。




(あの宗教は土着信仰、自然崇拝型の宗教だと思っていた。

神聖な場所があり普通の人は入れないという特徴があったからだ。

だが実際に入信してどこか違和感を感じていた。

今ならわかる。あの宗教は神の存在を実際に認識した者がいたからこそ、あのような形をとっていたのだ。)




「……ここは、異世界なのでしょうか?」


『いいえ。ここは、地球と、異世界をつなぐための、緩衝地帯のようなものです。

あなたは、この後、あなたが「異世界」と呼んでいる場所へと転移します。』


その神は言葉を続けた。


『あなたは、自分の意思で、ここへ来ました。

偶然や事故ではなく、意志と構造を読み解いて、辿り着いたのです。

そのため、私はあなたを歓迎します。』


『あなたは、この構造の外に出て、異世界に行きますが、その前に、能力を三つ持っていくことができます。

それは、意志と、構造を読み解いて、辿り着いた者だけに与えられる褒美です。』


その言葉を聞いた瞬間、小さな高揚が走った。


(これは……うれしい誤算だ)


元の世界に戻れる保証はない。転移先で生き延びられる保障もない。

だからこそ覚悟と準備だけはしてきたつもりだった。


持ち物も選び抜いた。知識も頭に叩き込んだ。

だが「能力を三つ持っていける」というのならば話はまるで違ってくる。

準備してきた道具と知識に「能力」が加わるのだ。これは大きい。




「……行き先の情報は教えていただけますか?」


『お伝えできません』神は静かに答えた。


『それを知ってしまうことは、干渉となります。

私は、干渉はしません。あなたがどう生きるのかを、見守ることしかできません。』


すべてをゼロから体験させたい。

この神は、そういう考えなのだろう。

私は自分の考えが甘かったと気づいた。


(行き先の環境を知ったうえで必要な能力を最適化する。そんな発想自体がこの場にはふさわしくなかったのだ。)


私はしばらく考えた末、三つの能力を告げた。

神は間を置かずこう答えた。


『承知しました。あなたの意思は、ここに受理されました。』


その言葉を聞いて私は直感した。


(能力が全て受け入れられたということは向こうの世界に人類が存在する可能性が極めて高い。

でなければ一つ目の能力は断られるはずだ。

つまり私は無人の地に一人で放り出されるのではない。

向こうには、社会があり、文化があり、他者がいる世界であるということだ。)


とはいえ用心に越したことはない。

私は確認すべきことを思い出し口を開いた。


「……失礼ですが、能力はいつ付与されるのでしょうか?」


神は即座に答えた。


『転移の途中で、あなたに付与されます。

到着後には、その一部がすでに「能力」として作用し始めているでしょう。』


(今すぐにすべての能力が与えられるわけではないのか。

つまり今この瞬間に文明レベルを把握する手段は持たされないということか。

……仕方がないか。たとえ分かったとしても準備をやり直す余地なんてもう残されていないのだし。)


(聞けることは、だいたい確認できた。

他に何か質問すべきことは残っていないだろうか?)


(……その前にひとつ気になることがある。

この神には私の心の声まで伝わっているのだろうか?)


それを確かめるため私は心の中でつぶやいてみた。


(ファミチキください)


……沈黙が流れる。


ただ、空間に気まずい雰囲気だけがぽつねんと残された。




「……えーと……」


私は思わず声を漏らしてしまった。

心の声までは届いていないらしい。

気まずくなった私は初心、つまり第1話「ユリイカ!」に立ち返ることにした。


「Hello. I'm Orie. What's your name?」


『Hı. I'm Kami.』


(神? godじゃなくて……神?)


「Nice to meet you.」


『You, too.』


……この神と通じ合えたような気がした。




オリエはゆっくりと深呼吸し神に向き直ってできる限り丁寧に言葉を選んだ。


「……準備は整いました。どうか異世界への転移をお願いいたします。」


神は、最後にただ一言だけ告げた。


『では、新しい旅を、存分に味わってください。Good luck, have fun.』


次の瞬間、足元がほどけるように消え全身が光に包まれた。

世界が音もなく形を変えながら静かに崩れていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ