6話 大魔女エンネア
塔の中から森の中腹に転移し、そこから徒歩で数時間。
森を抜けて街道が見えてくる。
街道を行く人達は森から出てくる僕達に好奇の目を向ける。
厳かな雰囲気を醸し出す爺さんに、黒いローブを纏い目深く被ったフードに魔法使いの杖を携えた男の子。
それに物珍しい妖精が一緒にいるから注目を集めるのもおかしくはない。
アストーとリエラティもそんな人達の視線は全く気にしていないようだが、僕はなんだか居心地が悪く感じた。
街道を進み1時間すると街が見えてきて、日暮れ前に到着した。
沢山の人が往来するその様子に僕は驚いた。
〝凄い……。人が凄く沢山居る……〟
僕が生前暮らしていた所はすごく静かな所で、家も十数件しか無かったからかなりの人の多さと賑わいにに戸惑う。
「ようやくついたわね! もうお腹ペコペコ~!」
リエラティは僕のフードをグイグイ引っ張って食事処に連れて行こうとする。
「待つのじゃ。先に向かうところがある」
急かすリエラティを止めて先に用事を済ませるというアストー。
リエラティはお腹すいたと小言を言いながらもついてくる。
大通りから薄暗いく入り組んだ路地裏の中に入り怪し気なお店の前についた。
「入るぞ」
アストーはそう言ってお店の扉を開けた。
お店の中はよくわからないものが乱雑に置かれていて、ところどころにろうそくが置いてあったり浮かんでいたりして薄暗くミステリアスな雰囲気に包まれている。
「いらっしゃい。あなたがうちに来るなんて珍しいじゃない。会うのはいつぶりかしらねぇ」
お店の奥の暗がりからスッと細長いキセルをふかせて若く美しい女の人が出てきた。
「こうやって顔を合わせるのは三十年ぶりじゃな」
「そうねぇ~。最後に会ってからそれくらいになるかしらねぇ。リエラティも久しぶりね」
「久しぶりねエンネア!」
「そちらの可愛らしいスケルトンの坊やは?」
ひと目で見破られた。
そんな事よりも、お店に入った瞬間から僕は凄く驚いて思わずアストーの後ろに隠れてしまった。
お店の奥に居たアストーと同じくらいだと思わせる強大でおどろおどろしい魂が見えていたから。
「ふふふ……何を驚いているのかしら」
僕の目を覗き込むエンネア。
ぐるぐると意識が飲み込まれそうになる。
「これこれ、わしの弟子を誂うのは程々にしてくれ」
アストーは手で僕の目を抑えて庇ってくれる。
「あらそう。もしかしてとは思ったけど、あなたの弟子だったのね。驚かせてごめんなさいね」
エンネアは艶かしくクスリと笑う。
「こちらにいらっしゃい。お茶をご馳走するわ」
「わーい!!」
リエラティは嬉しそうにエンネアについていく。
「わしらも行こうか」
怖いけど頷いてアストーのあとについていく。
一同が席についてエンネアが淹れてくれた真っ赤なお茶をリエラティとアストーは飲む。
僕は飲むことも味を感じることも出来ないからただ座っている。
「あら、気が利かなくてごめんなさいね。あなたにはこれが良いかしら」
エンネアは空間を指でなぞると何処かからかなり大きくて禍々しい魔石が浮かんできた。
その魔石は僕の眼の前にコトリと置かれる。
膨大に魔力を秘める凄い魔石にどうしたら良いのか戸惑いアストーを見る。
「せっかくだから貰っておくと良い。死怨竜の魔石じゃな。おぬしの魔力とはかなり相性がよい。少しずつ吸収すれば必ずおぬしの力になる」
アストーが言うならと僕はその魔石を抱きかかえてエンネアに頭を下げる。
〝えっと……あ、ありがとうございます〟
「気にしないで。そんなのはまだたくさんあるんたから」
ニッコリと笑うエンネア。
〝ぼ、僕の声が聞こえるの?〟
スケルトンになってから声を発することが出来ない。
だから僕をスケルトンにしてくれたりアストーと妖精のリエラティが特別なのかと思っていた。
「当たり前じゃない。それよりあなたの名前を教えてくれる?」
〝ジーナス・レニアって言います。よろしくお願いします〟
「よろしくジーナス。私はただの魔女のエンネアよ」
「何がただの魔女じゃ。どこに8000歳も生きる魔女がおる」
「おだまり! あなたは私が生まれた頃からジジイだったじゃない。いったいいつから生きてるのよイカレ賢者が。ジーナス、このイカレ賢者の弟子を辞めたくなったらいつでもうちに来なさい。面倒を見てあげるわ」
エンネアはそう言って僕の頬を撫でる。
「これっ! わしの弟子を誑かすでない! それに、おぬしにはもう弟子がおるじゃろうが」
「あの子はフィリフスに夢中で帰ってこないわ。私に断りもせず宮廷呪い師なんかやってるわよ」
面白くなさそうにキセルをふかすエンネア。
「弟子を取られてご立腹じゃな」
愉快そうに笑うアストー。
「まぁでもフェルミナスの方で良かったわ。アサンガロスの方だったら本気で破門して潰しに行ってたわね」
「流石のおぬしでもかの大帝国の八王は骨が折れるじゃろう」
「関係ないわよ。本気で暴れてやるわ」
「……恐ろしいのう」
エンネアが本気で暴れるのを想像したのか表情を引きつらせるアストー。
それほど本気で怒ったエンネアは恐ろしいのだろう……。
アストーとエンネアの会話はまだまだ続く。
その間、リエラティは大きなクッキーを2枚もたいらげていた。