14話 不思議な組み合わせ
塔の案内は僕とリエラティに任せると言ってアストーは再び転移して居なくなった。
「案内するのは良いけどその図体どうにかならないかしら! 霊体でも鬱陶しいわよ!」
全くもの物怖じしないリエラティの発現に僕は肝が冷える。
『ふむ、これならどうだろうか』
全く怒ったりせず強者の風格というか余裕を見せつけるザルトゥーン。
霊体はみるみる小さくなってデフォルメされた姿で中型犬程の大きさになった。威厳のある姿から一変して可愛らしくなってこっちの方が親しみやすい。
「流石はドラゴンね~。変身がお見事だわ。それじゃあ行きましょう!」
僕がこの塔に来たときと同じようにリエラティが案内をしてくれる。
この塔はいわば膨大な泡がぎゅうぎゅうに詰まっているようなものだ。泡の一つ一つが異空間であり、不思議な小世界。だから居住空間もあればさっきみたいな草原のような空間もあって環境などがまるで異なり、膨大に存在する。
アストーは当然のこと、リエラティは僕達を案内出来るくらいにこの塔の内部を全て把握している。だから行きたい所に自由に行き来出来るのだ。そんな無数にある空間の中で安全な所を案内してくれる。
「封印されてる所や、立入禁止してる所があるから私が案内した所以外は無闇に近づかないでよね! 時間の流れが歪んでいて抜け出せなくなったり、法則が捻じ曲がってて下手したら一瞬で消滅しちゃうような恐ろしい所もあるんだから!」
『クハハハ! 奇怪奇怪! まったくもってとんでもない! これを一人の力によって造られ維持されているとはまさに化け物だ!』
愉快そうに笑う。最後にアストーがこれまで集めた書が収められている蔵書庫も立ち寄る。いろんなところに行って驚きの連続だったザルトゥーンは蔵書庫の中に入って神秘的な光景と雰囲気に深く感嘆する。
『まさに神秘万象の書塔。異常な空間の数々にこの圧巻の蔵書。世界広しといえどこれ程までに古今の原典だろうが写本だろうが書が揃うのはここだけだろう。流石は暴喰書界だ。』
どこまでも並びどこまでも続く書棚。数え切れないほどの無尽蔵の本が収まっている。ザルトゥーンはあれこれと無作為に本を見ては興奮して行き、もう姿が見えない。
「せっかく来たし、ジーナスは何か読みたい本はある?」
〝う~ん、面白いお話が読みたいなぁ〟
「それじゃあ私のおすすめを持ってくるから待っててね!」
リエラティはびゅーんと飛んでいく。僕は近くの書棚に近寄り背表紙を見る。詩集だったり宗教書や哲学書といった難しい内容の本ばかりだ。まだ知らない文字で書かれている本や魔法植物や錬金術の本、絵物語や冒険譚、さまざまな指南書など本当になんでもある。
しばらく見ているとリエラティは一冊の本を浮かせて戻ってきたのか。
「これは面白かったわ! 読んでみて!」
僕の目の前に浮かせる。まるで優しい風に凪ぐ草花を感じさせる装丁で、【風の路をゆく魔法使い】と書かれている。
〝ありがとうリエラティ!〟
「私はザルトゥーンを探してくるからそこで読んでてね!」
〝うん!〟
近くにある机と椅子に腰掛けて表紙を開いてページを捲る。
見習い魔法使いのルカは七年を魔法を学び、師匠から風の路を歩いてこいと言われて地図も持たされずに旅に出る所から始まった。
ルカは見知らぬ街の市場の端の道端で不思議なお婆さんと出会う。お婆さんはランプの山を売っていた。お婆さんは一つのランプを指でなぞると淡く温かくて優しい光が灯る。学んだことのない不思議な魔法にお婆さんになんの魔法か尋ねるルカ。それは人々から貰った光を返す魔法だという。光は与えられるんじゃない。光を貰って生きていると教えらる。優しくしてもらい、笑いかけてくれる。気にかけてくれて助けてくれる。そんな光をたくさん貰ったから、お返しをする魔法なんだと教えてくれた。それを聞いてランプに灯る光が更に明るく感じて心の奥がもっとあったかくなるのを感じるルカだった。
「魔法ってのはな、無理にひねり出すもんじゃない。拾って、つなげて、受けとって、返すもんじゃよ。」
お婆さんの言葉がこう書かれていて僕はハッと何かを感じ、言葉にできない感覚に包まれる。これが学びなんだと喜びを感じ続きを読む。
――ルカは優しい光が灯るランプを一つ貰う。胸の奥に何かが灯った気がした。
それは、ただ魔法を“使う”という行為とは違うもの――“もらった何かを大事にする”ということだった。と締めくくられて第一章は終わった。
凄く面白い物語に僕は大満足する。第二章以降と物語は続いているけど、一気に読んじゃうのはなんだか勿体ない気がして本を閉じる。続きは部屋に戻ってゆっくりじっくりと読もうと決める。
ちょうどリエラティとザルトゥーンが戻ってきた。
「お待たせ~! その本どうだった?」
〝凄く面白かったよ! 魔法は力だけじゃなくてあたたかい心があるんだって教えてもらったよ!〟
「気に入ってもらえて良かったわ! ここには面白い話がもっとたくさんあるからいつでも言ってね!」
〝うん!〟
『素晴らしい! 素晴らしいぞ! 我はここに住む! ここに収められた知識を全て吸収すれば我が悲願、あの憎き神聖教国を、あの教皇と使徒どもを滅ぼすことが叶うぞ!』
凶悪で禍々しい魔力を纏い、口から瘴気が漏れ出てる。
〝なんか喜んでるのか怒ってるのか分からないけど……ザルトゥーンはどうしたの?〟
「さぁ? ジーナスがぶん殴ったら正気に戻るんじゃないかしら!」
〝え!? ぼ、僕が!? 無理だよぉ~……〟
「ぷふふっ! 冗談よ! ザルトゥーン、あんたいい加減にしなさい! そんな魔力を纏うから魂が刺激を受けて活発になってるじゃない!」
塔に彷徨う自我を保っている比較的新しい魂がザルトゥーンの魔力に影響を受けてさわめく。
殆どがザルトゥーンの周りを囲っているが、何柱かは僕の方に来て興味津々に纏わりつく。
『む、むぅ……少し興奮してしまったみたいだ』
リエラティの一喝でザルトゥーンは落ち着いて申し訳無さそうにし、魂たちも驚いて散り散りに居なくなっていった。
ざわざわと煩かったのが静かになる。
「次騒ぎを起こしたら蔵書庫を出入り禁止にするからね!」
『そ、そんな!? それだけは勘弁してくれ!!』
「ふんっ!!」
腕を組んでそっぽを向くリエラティ。
こんなに怒っている彼女を見るのは初めてだけど、そんな姿も僕からしたら可愛らしく見えてしまう。でももし怒りが僕に向けられたら……と考える。それは嫌だなと思って、怒らせないようにしなきゃと心の中で静か誓った。
ザルトゥーンはリエラティに頭が上がらないのだろう、怒られて結構落ち込んでいる。
「それじゃあジーナスの部屋に行きましょう!」
〝うん!〟
『ほう? ジーナスの部屋か面白そうだ』
僕達は蔵書庫を出て僕の部屋に向かった。