第15話 強くなるには修行あるのみ
翌朝、俺たち三人は天野さんに呼び出され、町外れの広場へと集められていた。
空には雲ひとつなく、澄んだ風が吹き抜ける。だがその清々しさとは裏腹に、俺たちの内心には言い知れぬ緊張が満ちていた。
「急ですまないが、君たちには修行を受けてもらうよ」
そう告げた天野さんの言葉は、どこか淡々としていたが、その目には確かな覚悟が宿っていた。
「修行……ですか?」
不意に飛び出した単語に、思わず俺は聞き返してしまう。アイリとニコも、小さく首をかしげていた。
「そう。僕がずっと君たちを守れればそれに越したことはないけど、僕一人じゃ限界がある。だから、君たち自身にも強くなってもらわないといけない。……要するに“自分の身は自分で守ろう”ってことさ」
天野さんはそう言って、穏やかな笑みを浮かべた。だがその奥には、鋼のような意志が隠れているのが分かった。
「そうだよお兄ちゃん! ニコちゃんと一緒に強くなってね!」
アイリが屈託のない笑顔で言う。だがその言葉に、天野さんは軽く首を横に振った。
「アイリくん、君も“向こう側”だよ?」
「えっ、私もですか!?」
「もちろん。君だってまだまだ未熟さ。みんなで強くならなきゃいけない。教授クラスとまではいかなくても、主任クラスと互角にやり合えるくらいにはね」
「うぅ……がんばりますぅ……」
アイリはしょんぼりしながら俺たちのもとに戻ってきた。その背中をポンと軽く叩くと、彼女は微笑んで「ありがとう」と小さく呟いた。
「さて、それじゃあ始めようか」
天野さんはそう言って、大きな布袋から木刀を5本取り出した。
俺とアイリには長めの一本。ニコには短めの二本。ニコはそれを受け取ると、ニヤリと笑いながら目を光らせた。
「二刀流……ふふっ、これは高まる……!」
やばい――完全にハイになっている。俺は一歩引き、警戒した。
「じゃあ三人がかりでかかっておいで」
木刀を片手に構えながら、天野さんは静かに言った。
「ちょっ、待ってください! いきなり三人がかりって、それはさすがに――」
俺が制止しようとする間もなく、風を切る音が耳に届く。
「いっけぇぇぇぇえええええ!!」
「えっ!? アイリ!?」
俺の隣から飛び出したのは、まさかのアイリだった。細身の体で一直線に駆け抜け、木刀を振り抜く。
神速の居合切りである。
カツンッ!!
だがアイリの居合切りはあっさりと天野さんに受け止められていた。
「速さはいい。でも、威力が足りない。そして――」
天野さんが木刀を軽く跳ね上げた瞬間、アイリの体が空を舞った。
天野さんは素早くアイリに向かって突進した。
アイリも対応しようとし、木刀を振り下ろす。
ドスン。
アイリの抵抗虚しく、天野さんの突きが体に当たって吹き飛ばされた。
「アイリ!?」
「きゃっ――!」
ドスン!
草むらに落下するアイリを見て、俺は駆け寄ろうとする。だが、その動きを制するように天野さんが静かに言った。
「カウンターに弱い。実戦なら、あれで終わりだっただろう。いいかい?常に相手の行動を予測して戦うんだ。後悔してからじゃ遅いんだ。そんなんじゃ何も守れやしないよ」
その横顔はどこか遠くを見つめていた。まるで、過去の自分に言い聞かせているかのように。
「ヒャッハァァアアアア!! 最高の狩りの時間だねぇええええええ!!!」
そして――
隣で奇声を上げながら、ニコが突如突撃していった。
「ニコっ!? おまっ……ちょっと待てぇ!!」
だが止まらない。ニコは体をひねり、二本の木刀で回転斬りを繰り出す。
「ふふふっ! さあ踊ろうよ天野せんせぇぇえええ!!」
風が唸り、木刀が唸り、連撃が止まらない。
「なるほど……彼らの目は節穴のようだね。この目の輝き、プレッシャー。まさに“病魔”が宿っているじゃないか」
天野さんは唇の端をわずかに吊り上げると、バックステップで一歩退きつつ、正確に防御していく。
(速い……ニコの動き、明らかに昨日までとは違う)
俺は圧倒されるばかりだった。何もできない。呆然とその場に立ち尽くす――
「もっと速く……もっとぉぉぉおおおっ!!」
だが、突然。
「……無理。やっぱり……私なんかじゃ……」
ニコの目が伏せられ、木刀の動きが止まる。
「ニコっ!?」
次の瞬間――
ドスッ!!
「うっ……!」
ニコも地面に沈められた。
「戦闘中にローになるな。自信を持ちなさい。君は“病魔の器”なんだ。力の制御さえできれば、君を止められるものはそういない」
天野さんの声は、優しく、それでいて強かった。
そして――残されたのは、俺だけだった。
「カイリくんは来ないのかい? じゃあ、こっちから行かせてもらうよ」
「っ……!」
瞬間、風が揺れた。体が勝手に動く。木刀を構え、俺は咄嗟に防御した。
ギンッ!!
木刀同士がぶつかり、腕に痺れるような衝撃が走る。
次は左、次は足元、次は視界の端――
(読まれてる! 全部……見られてる!?)
守るだけじゃ追いつかない。だけど、踏み込むには――
「うおおおっ!!」
俺は全力で踏み込み、木刀を振り下ろした。
――スカッ!
空を切る音。
「甘い!」
ドスン!!
俺もまた、地面に叩きつけられた。
「……でも、手から離してないな」
ふっと天野さんが笑う。
「倒れても武器を手放さない。それが、戦う覚悟だ」
その言葉に、何かが胸に刺さった。
「俺は……まだ、何も守れてない。けど……守れるようになりたいんです!」
立ち上がり、木刀を握り直す。
「もう一度、お願いします! 今度は、最初から三人で!」
「えっ……?」
アイリとニコが驚いた表情でこっちを見る。
「一人じゃ勝てない。でも、三人なら――!」
「ふふっ……いいじゃんそれ! あたし、そういうの好き!」
「わ、私も……がんばるっ!」
三人で構える。俺は前、アイリが左、ニコが右。
「来なさい。全力でね」
天野さんが静かに構える。
「行くぞ――!」
「「「うおおおおおっ!!!」」」
三人同時に駆け出した。狙いを一点に絞り、連携で攻める。
アイリの速さ、ニコの連撃、そして俺の全力の一撃。
――けれど、それでも。
ズンッ!
「まだまだ!!」
天野さんが風を裂いて踏み込み、俺たち三人は一瞬で吹き飛ばされた。
「くっ……!」
だが、地面に倒れながらも、自然と笑みがこぼれる。
「……ちょっとは、やれたよな?」
「わ、私、さっきより長く動けた気がする!」
「うん、あたし……ローにならなかったかも。少しは成長、したかな?」
天野さんが静かにうなずいた。
「三人とも、よく頑張った。連携も粘りも、諦めない姿勢も。何より――最後まで逃げなかった。それが、強さの証だ」
その言葉に、胸が熱くなった。
「俺、もっと強くなりたい。皆を守れるように」
「私も! お兄ちゃんと一緒に強くなる!」
「ふふ、じゃあ明日も修行ね。今度こそ先生をギャフンと言わせちゃうよぉぉおおおお!」
夕陽が差し始める広場。俺たちは笑い合った。
これが俺たちの新たな“はじまり”。
もっと強くなるために。守るべきものを守るために。