第14話 最後の優しさ
天野さんとともに白い塔から脱出し、用意された車に乗って安全な場所へ移動した。
緊張の糸が切れてしまったのか、はたまた謎の力の影響なのか俺とニコはすぐに眠ってしまっていたようだ。アイリに起こされ目が覚めた時には、見知らぬ場所へ来ていた。
「2人ともようこそ『ラストカインド』へ!」
アイリに案内される形で街を回ることに。
天野さんは忙しいらしく、「また夜にでも話そうか」と俺たちに告げて去っていった。
アイリは簡単に今の世界について説明し始めた。
「まずここは、私たち『ラストカインド』の領土のひとつだよ。世界は今3つの勢力によって争ってるの。ひとつはもっとも領土が大きく強大な陣営、さっきまで私たちが戦っていた『ホスピタル』。体感した通りクソみたいな奴らだよ!」
アイリはプンスカと頬を膨らませて怒っている。怒り方が昔のアイリと変わらなくて思わず「ふふっ」と笑ってしまったら「笑い事じゃないよー!」って怒られた。
たしかに笑い事じゃないな、殺されかけたし。
アイリは話を続ける。
「こほんっ。そんな『ホスピタル』の被害によって生まれたのが『アベンジャーズ』。簡単に言うと医療被害者の会って奴だよ。『ホスピタル』に対する復讐心がすごい過激派で殺戮者集団なの。『ホスピタル』に与するものは例え女子供だろうと許さないヤバい奴らだよ」
最後に乱入してきたお陰で逃げおおせることが出来たがやはりやばい組織なのか。
たびたびニュースを騒がしていたのも彼らなのかもしれない。
「そして私が所属する『ラストカインド』。もとは『アベンジャーズ』だったんだけど、考え方の違いで離別したの。リーダーはさっきもいた天野さん。『ラストカインド』は2つの組織と違うところが明確にあるの、2人ともわかる?」
俺は辺りを見渡したりして考えてみるがさっぱりわからない。
少し間があって隣を歩くニコが恐る恐る答えた。
「あの…もしかして病人と普通の人間が一緒にいることです…か?」
「正解だよニコちゃ~ん!バカなお兄ちゃんとは違うね!うりゃうりゃ~」
「あわわ、わ、わわわ」
ニコはアイリに抱きつかれてあたまをわしゃわしゃとされていた。助けを求めるように俺を見るのでアイリから無理やり引き剥がした。
スっとニコは俺の背後に隠れ、アイリは名残惜しそうに手をわちゃわちゃしていた。
「ニコちゃんの言う通り、『ラストカインド』は病人と普通の人間が仲良く生活してるんだ。私たちは基本的には争いは好まない組織。仕方が無い時だけ力を使うことにしてるの」
「仕方が無い時って?」
「誰かを守る時、助ける時。それ以外にはむやみに力を使ってはダメって天野さんがルールを決めてみんな従ってる」
アイリの言葉に、少し胸の奥が温かくなった。
この世界では、“力”があっても、それを振るう理由が問われる。だからこそ、この「ラストカインド」は、俺たちがようやく辿り着けた“安全”の象徴に思えた。
「……変わったな、アイリ」
ぽつりと俺がつぶやくと、アイリはちょっと驚いた顔で振り向いた。
「え?」
「昔のアイリなら、誰かに決められたルールなんて反発してただろ。力を使っちゃダメって言われても、『そんなの知るかー!』って言って暴走するだろ」
「うっ……否定できない」
アイリは照れくさそうに頬をかいた。
「でも、変わったんだよ。私も、この世界も」
その言葉に、彼女が経験してきたものの重さがにじんでいた。
俺と別れていた時間、彼女はどれだけの戦いを見て、どれだけの絶望に触れたのだろう。
それでも、こうして笑って俺たちの前にいてくれる。
「……ありがとう」
「えっ、なに、急に?」
「助けてくれて。ここまで連れてきてくれて。今、少しだけ……安心したんだ」
「…………バカ」
小さな声でそう言ったアイリの横顔は、少し赤くなっていて、でもその目は真っ直ぐだった。
「それに、ニコのことも――」
ふと、後ろを振り返ると、ニコがこっくりこっくりと舟を漕いでいた。まだ完全に寝てはいないのか、俺の背中におでこを押し当ててぐらぐらしている。
「……寝てんのか」
「ふふっ、かわいいねぇニコちゃんは~」
アイリがまたニコに手を伸ばそうとするのを、俺が無言で制する。
「うぇーん、過保護なお兄ちゃん」
「お前と一緒で、妹みたいなもんなんだよ。放っとけるか」
アイリは「ふーん」と何かを考えるように呟く。
「まぁ2人ともお疲れのようだし、急ぎ足で街を紹介してくね~。夜は天野さんとのご飯もあるし!」
街は、ホスピタルの領地にある以前住んでいた都市の生活とは異なっていた。
舗装された石畳にはひび割れもあるし、建物の一つ一つもどこか手作り感がある。
空には風力発電の風車が回り、小さなカフェの軒先には色とりどりのランプが吊るされていた。犬を散歩させる人が笑顔で手を振ってくる。
子供たちは路地裏で缶蹴りをしていて、ニコはそれを見て小さく笑っていた。
この街は、栄えているわけじゃない。でも、確かに人の“温もり”があった。
ラストカインドの人々は、俺たちのような外から来た人間に対しても警戒心を向けることなく、「お疲れ様」とか「よく来てくれたね」「大変だったね」なんて優しい声をかけてくれる。俺もニコも、ちょっと拍子抜けするくらいだった。
そして夜。
アイリに案内されて向かったのは、街の奥にある古い洋館だった。屋敷というほど大げさじゃないが、木製の重い扉や、高い天井のランプがどこか格式を感じさせた。
「やぁ、わざわざすまないね」
出迎えたのは、天野さんだった。昼間の厳しそうな雰囲気とは違って、少し砕けた笑みを浮かべていた。ラフなジャケットに着替えていて、なんだか“親戚のちょっと怖いけど頼れるおじさん”って印象になっていた。
「どうぞ、座ってくれ」
俺とアイリ、ニコはダイニングの長テーブルに案内され、用意されていた食事に目を奪われた。
シチューに、焼きたてのパン。サラダに、果物まで――まるで小さなごちそうだった。
「いただきます」と手を合わせ、少し口にした瞬間、ニコの目がうるっと潤んだ。
「……おいしい」
「そりゃよかった。全部、ここのメンバーが手作りしたものだよ」
天野さんは穏やかな笑顔で、グラスの水を口にした。
食事が一段落ついた頃、天野さんは少し表情を引き締めた。
「まずは――助けるのが遅くなって、すまなかった」
その言葉に、俺とニコは思わず手を止めた。
「白い塔での状況はある程度把握していた。だが、ラストカインドとして介入するにはいくつもの制約があってな……本来は、もっと早く君たちを引き上げるべきだった。ニコくんもすまないね」
「そんな……謝ることじゃ……」
ニコが小さな声で言うと、天野さんはやわらかく首を振った。
「人を助けるのに、言い訳は通じない。僕はそれを痛いほど知っている。だからまずは、謝らせてほしい」
……この人は、戦いの中で“何か”を失ってきたんだろう。
それでも、誰かを助けることを諦めなかった――そんな目をしていた。
「改めて名乗ろう。私は天野剛志。元『ホスピタル』所属。色々あって現在は『ラストカインド』の代表だ」
俺とニコは、思わず顔を見合わせた。
「……元、ホスピタル?」
「そうだ。あの組織にかつて所属し、医師として多くの患者を診てきた。だが、ある日、僕は気づいてしまった。彼らが“病気を治す”のではなく、“病気を使う”ことに執着していると」
その言葉には、重みがあった。
過去の自分を否定しながらも、それでも前へ進もうとする意志がにじんでいた。
「僕はそれが許せなかった。だから組織を離れ、志を同じくする者たちと『ラストカインド』を立ち上げた。君たちを、そして世界を、あんな連中の手から守るために」
その言葉が、静かに俺たちの胸に染み込んでいく。
この街の温かさは、ただの偶然なんかじゃない。
この人たちが、命を懸けて築いてきた“最後の優しさ”だったんだ。
「……よろしくお願いします、天野さん」
そう言った時、天野さんは穏やかに笑い、うなずいてくれた。
その夜、俺はようやく気付いた。
ここが、戦いの終わりじゃない。
むしろ、ここからが――新しい始まりなのだと。