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第13話 約束の男


「私がここで足止めするからお兄ちゃんはニコを連れて逃げて!」


アイリは額にかいた冷や汗を拭うこともせず、ただ敵の出方を伺っていた。


目を離したらやられるかもしれない。

そんな不安が彼女の思考、行動ををせばめていた。

そんな様子を感じとったのか、研修医が素早くメスを構え、突撃してきた。


「ここは僕に任せてください!」


「え?あっ、コラ!」


白衣の男の静止を無視して研修医はメスをアイリに振りかざした。


「『循環再開』。血潮を喰らいて、血刀とならん」


キィィィン!


アイリは素早く血刀を抜刀しメスを受け止める。


「今降参したら、先生に言って君は僕の担当患者にしてあげるよ。大丈夫、心配ないよ。優しくしてあげるから」


研修医はゲスな笑いを浮かべてニヤついていた。

舐めるような視線をアイリの全身へと向ける。


「キモイから」


アイリは冷たく言い放つとメスを押し返し、研修医を引き離した。


赤いオーラが血刀から噴き出す。


「紅き血潮よ、空間を喰らい尽くせ。“静血裂陣せいけつれつじん”」


アイリが呟くと、研修医の周囲が赤に染まり、無数の斬撃が降り注いだ。


「うわぁぁぁぁ!」


研修医の悲鳴が響き渡る。


連戦もあり血が足りていない、そして白衣の男を警戒して力を温存しているためか、致命傷にはいたらない。


「まったく……まあいい経験ができてよかったね研修医くん。ミラー先生を倒したのは伊達じゃないさ。看護師さんたち、治療してあげなさい」


白衣の男は看護師に研修医の治療を任せ、アイリと対峙した。


「研修医がいきなりすまなかったね。さぁ、一緒に戻ろうか」


言葉は丁寧で柔らかいが、有無を言わせないプレッシャーが裏に潜んでいる。


「お兄ちゃんは渡さない!」


アイリは素早く動き、白衣の男の首元を狙う。

今までに見た事がないくらい最速の居合切りを見せた。

恐らくアイリが出し惜しみ無しに出せる最速だろう。


しかし、赤い閃光のように一直線に振り抜かれた刃は首元でピタリと止まった。


寸前のところでメスで受け止められていた。


血刀とメスの交差点に、微細な火花が散る。


「速いが軽い…まだまだだね」


白衣の男の口元が吊り上がる。

どこか哀れむような、あるいは子供の無茶を見守るような余裕のある笑みだった。


「どうした?もうおしまいかい?」


「まだ……まだ、終わってない!」


アイリは力を振り絞る。

全身の血流が逆流するかのような錯覚とともに、血刀が紅く脈打つ。

しかし、白衣の男は微動だにしない。


次の瞬間、彼の左手が風を切るように動いた。

それは目で追うのが難しいほどの素早い斬撃だった。


風切り音と共に、アイリの肩が裂けた。

血が宙に舞い、少女の体が後方に吹き飛ばされる。


空中で身体がねじれ、その衝撃でスーツの左肩部分が裂ける。


破れた黒のスニーキングスーツから、年相応の白い肌が覗いた。


肩口から胸元へかけて斜めに裂けた布地の隙間からは、下着の端がのぞき、辛うじて保たれていた生地の下から谷間がちらついている。


「くっ……!」


アイリは顔をしかめる。

痛みと羞恥、そして悔しさ。


だが、それでも立ち上がろうとする。

体は限界に近い。だが、心はまだ折れていなかった。


「……やれやれ。そういう恰好も似合うね。研修医くんが僕の静止を振り切ってまで自分のものにしようとしたのもわかるよ」


白衣の男の冷笑が、皮膚の上を這うように不快だった。

視線は明らかにスーツの破けたところを見ている。


アイリはうつむいたまま、言葉を絞り出した。


「そんな……目で…私を見ないで……ッ!」


血刀を杖のように支え、ふらつく足で立ち上がる。その体は傷だらけで、スニーキングスーツももはや本来の姿を保ってはいなかった。


しかしその瞳だけは、決して折れていなかった。


白衣の男は追撃を仕掛けるためにアイリの元へゆっくりと近づいていく。

俺は目を疑った。アイリが、アイリがやられるなんて。


「アイリィィッ!!」


駆け出そうとする。だが、体が動かない。

恐怖か?いや違う。全身が鉛のように重い。

さっき黒刀を解除した影響か、それとも……


「間に合え……!」


俺は祈るように右手を伸ばす。

再び、あの力を呼び起こすしかない。

たとえ代償が何かわからなくても、今だけは…。


「危険因子は早めに処理するに限る。残念だがここで終わりだよ」


白衣の男がメスを振りかぶった、その瞬間だった。


ガギギッ!


鉄が無理やり押されて潰れるような音とともに、白衣の男のメスがねじ曲がり弾け飛んだ。

よく分からないが、白衣の男の攻撃が無理矢理止められた。


「……ん?」


白衣の男が驚愕の表情を浮かべたその先、アイリの背後に、ひとりの男が立っていた。


トレンチコート。スラックスに革靴。どこか時代錯誤な恰好。しかし、その存在感は空気を変えるに足るものだった。


「約束どおり、助けに来たよ――カイリくん」


あの時、アイリをさらっていった謎の男が今、俺たちの前に立っていた。


アイリはその男の姿を視認すると張り詰めていた緊張の糸が溶けるように、泣き笑いの顔を浮かべた。


「もう……遅いですよ天野さん! 死んじゃうかと思いました!」


よほどこの男のことを信頼しているのだろう。

白衣の男の圧に対しても、恐怖ではなく安心の色を見せていた。


「ごめんごめん、ちょっと立て込んでてね。……まったく、教授クラスが出てくるなんて聞いてなかったよ。さすがに君たちじゃ荷が重いよね」


天野は軽く肩をすくめながら少しおどけてみせる。


「おや……おやおや?」


白衣の男の目が細められる。まるで面白いものを見つけた子供のように。


「まさか、君が“天野”とはね。なるほど、噂通りのやつだな」


「へぇ、僕を知ってるんだ。……やっぱり教授クラスは厄介だなぁ」


天野はにこやかに対応しながらも臨戦態勢をとる。


西部劇のガンマンのようにお互いが攻撃の隙をさぐっていた。

2人の戦いが始まるかと思われたそのとき、爆発音が鳴り響き、無数の病人が押し寄せてきた。


「ちっ!アベンジャーズか!救援はまだ来ないのか!」


白衣を着た男は苛立って声を荒らげる。


その一瞬のすきに天野は地面に何かをなげつけた。


ボンッ!


乾いた音と共に周囲を煙が包み込む。


「さぁ、今のうちに逃げましょう」


天野という男がアイリをおんぶしていつの間にかすぐ側まで来ていた。


「僕についてきて。2人とも動けるよね?」


「は、はい!」

「あぁ!」


俺はおんぶされたアイリの目を見つめる。

その目にはもう大丈夫だという天野に対する信頼が宿っていた。


俺はニコの手を取り、その場から離脱を開始した。


背後で聞こえるのは、アベンジャーズと白衣の男の交差する音。刃と刃がぶつかり合う激しい衝突音。


「逃げるのか天野!」


背後から怒号が聞こえるが天野は聞く耳を持たない。


「逃げるに超したことはない。誰も傷つかないのが1番だよ」


天野は誰にも聞こえないような声でポツリとつぶやいた。


その日俺たちは白い塔から脱出した。


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