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第11話 世界を乖離せし者


「そろそろ行こうか。あまり長居すべきじゃないしな」


「うん。私も休めたし、いつでも行けるよ、お兄ちゃん」


「わたしも……だいじょうぶです」


アイリとニコの頷きを受け、俺たちは再び歩き出す。

出口を目指して、塔の中枢を目指して進む。


気を緩めれば飲まれる。

そんな緊張感が、じわりと背筋に這い上がってくる。


Dr.ミラーの罠。何かあるはずだと警戒していたが、道中に目立った仕掛けはなかった。


……だからこそ、逆に不気味だった。


“敵は精神科の医者”。


こちらの警戒心すら読み、あえて何も仕掛けず、疑心暗鬼に陥らせて消耗を誘っているのかもしれない。


疑うことに神経をすり減らし、勝手に疲れていく俺たちを、どこかで嘲笑っている――そんな気配すら感じる。


けれど、警戒を解いて罠に嵌るなんて愚の骨頂だ。結局は、慎重に進むしか選択肢はない。


「アイリ、今どの辺なんだ?」


俺は周囲を探りつつ、妹に問いかけた。


「今は塔の中枢くらいかな。危険な存在はたいてい最上階に置かれるんだよ、白い塔では。……ほんと、お兄ちゃんを見つけるまで大変だったんだからね!色んなセキュリティがいっぱいあったし!」


そこからはもう、俺を見つけるまでどれだけ苦労したかの自慢大会が始まった。


耳が痛くなるほどのテンションで語り続けるアイリ。

……いや、ありがたい話なんだけど、これ、どこまで続くんだ?


「この辺なら……わたし、見覚えがあります」


今まで黙っていたニコが、ぽつりと声を上げた。

俺はその言葉に希望を見出し、すぐに食いついた。


「ニコちゃん、このフロアの出口ってわかる? よかったら案内してくれない?」


ニコは一瞬きょとんとした後、ぱっと笑顔になって答える。


「はいっ! ついてきてください!」


そのとき、アイリが俺の耳元にそっと囁いた。


「ニコ、大丈夫かな? ちょっと張り切りすぎてない?」


「心配しすぎだろ。お母さんか、お前は」


「なっ、だ、誰がお母さんよ! 本当、お兄ちゃんってば楽観主義者なんだから!」


「うおっ、耳元で叫ぶな!」


抗議する俺を無視して、アイリはニコの隣にぴょんと移動してしまった。


「何かありましたか?」


「なんでもないよ、ニコちゃん。行こっ!」


……いや、なんでもはあるんだけどな。

今は言わないでおくか。


案内に従って進むと、やがて広々とした空間にたどり着いた。

そこには鉄の扉と階段があるだけで、他には何もなかった。


「あそこの階段から下に降りられます。行きましょう!」


ニコが歩き出そうとした、その瞬間――。


ギィィィ……ッ


鉄の扉が、鈍い音を立てて開いた。


「ここまでの案内、ご苦労さま、ニコ。助かったよ」


耳障りなほどに馴染んだ声。

扉の向こうから現れたのは、Dr.ミラーだった。


「えっ、違うんですッ! わたし、そんなつもりじゃッ!」


ニコの顔から血の気が引き、震え始めた。


「わたしは……わ、わたしは……!」


パニックに陥るニコを、アイリがそっと抱きしめる。


「大丈夫。わかってるから、ニコちゃん」


その一言が救いだったのか、ニコの呼吸が少しずつ落ち着きを取り戻していく。


「みなさん、なかなか優秀ですね。よろしければ、精神科へ入局しませんか?」


ミラーは相変わらず不快な笑みを浮かべたまま、軽口を叩いてくる。


「誰が入るか!」


怒りを込めて俺が叫ぶも、男には届いていない。

いや、届いていても意に介していない。


「残念です。でも、ここで終わりですから。どの道、入局もできませんよ。ゲームオーバーです」


その言葉を合図に、空気が一変した。


キィンッ!


アイリが血刀を振るい、真紅の軌跡がミラーに斬りかかる。だが……


「人の話を聞かないとは……病人は本当に困る」


ミラーの手に握られた汎用性装備 メスが、アイリの一撃を容易く受け止めていた。


「ニコを連れて離れて!」


アイリの声に従い、俺はニコの手を引いて距離をとる。


「また誰かに戦わせて、自分は安全なところですか? カイリくん」


「くっ……」


「挑発に乗らないで! 私は大丈夫だから!」


ミラーが指を鳴らす。


シュウウウ……ッ


目には見えない霧が辺りに広がる。


「なんの用意もせずに戦うわけないでしょう?これは感情誘導剤。恐怖と混乱を植え付けるガスだ。」


「ぐっ……クソッ……!」


頭が割れるように痛む。視界が歪み、現実感が薄れていく。


「精神の乱れは肉体の隙。さあ、壊してあげましょう」


ぶれる視界の中で、ミラーの姿が分裂し、消える。


高速移動か、いや――認知阻害だ!


「アイリィッ!上だ!」


俺の叫びと同時、ミラーはアイリの頭上に現れた。


「まずは一人目、さよならです」


メスを垂直に、真っ二つにするように振り下ろされる――!


「負けないッ!」


ギィンッ!


血刀とメスが衝突し、火花が散った。アイリは膝をつきながらも、ぎりぎりで攻撃を防いでいた。


「私は、負けない……お兄ちゃんが見てるから!」


「感情論ですか。興味深い。……ですが、現実は冷酷ですよ」


ミラーの攻撃が、さらに圧を増す。


「やめろ……やめろって言ってるだろ……!」


そのときだった。


俺の意識に、異物が入り込んだ。


 


――思い出せ。

お前の“力”は、こんなものではない。


 


声だ。俺の声じゃない。誰かの、だが確かに俺の“内側”にある声。


黒い波が、頭の奥から沸き上がる。冷たく、どこまでも深い“何か”が、俺の精神を侵食していく。


 


――乖離の力。

この世界に属さぬもの。

“存在”を否定し、乖離させる者。


 


「……誰だ、お前……!」


思考が軋む。骨の内側を冷気が走る。


足元に、黒い影が集まり、そして形を成す。


現れたのはアイリの血刀と瓜二つな漆黒の刀。


触れた瞬間、体温が奪われるような冷たい感覚。


「……これが、俺の力……?」


 

――呼べ。

この力の名を。

お前のためだけに存在する、乖離の技。

 

『存在を否定し、世界から乖離せよ《乖離一閃》』


 

俺は――


「《乖離一閃》ッ!!」


叫んだ。漆黒の黒刀を横一文字に振り抜く。


世界が、一度“止まった”ように感じた。


黒の刃が放たれる。いや、それは斬撃ではなかった。


存在そのものを、否定する波動。この世界から切り取られるが如し。


空間が裂ける音すらなく、ミラーの左腕が――“消えた”。


まるで最初から存在していなかったかのように。


「なっ……!? これは……切断じゃない……存在消去……だと……!?」


ミラーの顔に、初めて“恐怖”の色が浮かんだ。


「これが……君の力……やはり君は、“乖離者”だったのですね……!」


それでも、なおも立ち上がろうとするミラーに、俺はもう一歩踏み込み、再び刃を振るった。


「これ以上、誰かを傷つけるな……!」


 


ザシュ――ッ


 


静かに、そして確実に。


Dr.ミラーの身体が、音もく世界から消えていく。


血も、肉片も、声も、何も残さない。


まるで、最初から“この世界に存在していなかった”かのように。


 


「お兄ちゃん!!」


アイリの声が、現実に引き戻した。

アイリは俺に抱きついていた。


気がつけば、俺は膝をつき、息を荒げていた。


だが――


手にした黒い刀は、まだ微かに“脈打っている”。


 


――もっと深く。もっと遠くへ。

お前はまだ、この力の本質を知らない。


 


「……この力……俺に、何をさせようってんだよ……」


その問いに答える者はいない。


だが、俺は心に誓った。


たとえこの刃が、世界そのものを否定する力であっても――


「俺が、この力で守る。絶対に……」

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