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第2話 身勝手な男


    ***



 デイジーとマックスは、同じ村出身の幼なじみだ。


 幼いころから体の大きかったマックスは、子供達のリーダーだった。

 単純で考えが浅いところはあったけれど、木工の腕はよく、壊れた家具の修理など、頼めば気軽にやってくれた。

 彼は小さなころから、「大きくなったら王都に行きたい」と言っていた。


 それが叶ったのが二年前だ。

 十八歳になったマックスが、王都の隣町にある家具工房で働ける事になったのだ。


 その店は王都に本店があり、腕のいい職人は本店に推薦してもらえるという。手先が器用なマックスにとって、まさに理想的な職場と言えた。


 デイジーは都会に興味がなく、刺繍や料理が好きな少女だった。

 当然、村を出る気などなかったが、それが変わったのは突然の事だ。

 デイジーの父親が怪我をして、稼ぐ人間がいなくなってしまったのだ。


 王都の隣町ならば給金もよく、実家に仕送りできるだろう。家の事は母と幼い兄弟がやってくれる。身軽なのはデイジーしかいなかった。

 それに、マックスが熱心に誘ってくれたのも理由のひとつだった。



 ――二人で暮らせば、家賃も半分だしさ。食費も水代も浮くし、絶対得だよ。



 責任は取るからと言い募られれば、そんなものかと思ってしまった。

 両家の間で結婚の話が出た事もあるほど、家同士の関係も良好だ。


 将来の結婚相手として、恋人ではない二人が同居する。

 そんな条件で、デイジーはマックスとともに王都の隣町へと向かった。


 ――だが、今。


 色々と予定外の出来事が起こってしまい、デイジーは頭を痛めていた。



    ***



 仕事を終えて家に戻ると、マックスはまだ帰っていなかった。

 食器は朝置いたまま、こびりついた汚れが乾いている。

 手早く水につけ、デイジーはエプロンを手に取った。


 これから夕食の支度がある。その前に、ざっと掃除をしてしまおう。

 マックスの部屋を開けると、中は雑然としていた。


 頼まれて定期的に掃除しているが、すぐに散らかるのはどうしたものか。いい加減、自分でやってもらいたいのだが、疲れていると言われれば突っぱねにくい。


 脱ぎ散らかした服と靴下、放りっぱなしのタオルを回収し、乱れたシーツを整える。クローゼットにたたんだ洗濯物を入れたところで、ふとため息がこぼれ落ちた。


「ふぅ……」


 ――まさかこんな事になるとは思わなかった。


 それがデイジーの本音であり、偽らざる本心だ。


 部屋を借りるにあたり、デイジーはもっと家賃の安い場所を希望していた。

 街の中心から離れた場所なら、もう少し条件のいい部屋が借りられる。

 デイジーは仕送りをしなければならず、ここだと予算がオーバーする。


 だが、お洒落な部屋に住みたいマックスが強引に押し切り、家賃を多めに払う事で決着した。

 かろうじて二部屋の鍵付きだが、あまり住み心地がいいとは言えない。

 おまけに、それ以外の問題もデイジーを悩ませているのだった。


「たっだいまー。あれ? まだ夕飯できてねぇの?」

 夕飯の支度をしている最中、マックスが帰ってきた。


「相変わらず、手際悪いなぁ。さっさとしてくれよ、腹減った」

「ちょっと待って、マックス」

 当然のように椅子に座ったマックスに、デイジーは思わず呼び止めた。


「今日の当番はマックスでしょう? 私は途中まで手伝っただけ。残りはあなたの仕事だわ」

「はぁ? 別にいいだろ、それくらい」

「昨日も一昨日も、その前も私がやってるわ。いくらなんでも不公平よ」


 正確に言えば、ここ数か月は全部デイジーがやっている。

 毎日交代の約束なのに、これでは負担が大きすぎる。


「んだよそれくらい……あーヤバい、俺ちょっとめまいがして」

 わざとらしくマックスが額を押さえる。


「は? 今まで元気だったでしょう?」

「頑張って戻ってきたんだよ。あー……マジでやばい。大声出したらクラクラしてきた。あーダメだ、ちょっと動けない。……というわけで、飯作り代わってくれる?」


 大げさに机に突っ伏すと、「あー辛い」、「ヤバい気持ち悪い」などと口にする。てこでも動かない姿に、デイジーはきゅっと眉を寄せた。


「……分かった。でも、今日だけよ」

「サンキュ、デイジー!」


 ぱっと顔を上げたマックスは満面の笑みだ。してやったりの顔つきにイラっとしたが、本当に具合が悪かったら大変だ。

 デイジーの父親も無理を押して仕事へ行き、その結果大怪我をしてしまった。マックスが同じ事になったら寝覚めが悪い。


「持つべきものは心やさしい幼なじみだよな。いやー助かる、ありがとな」

「その代わり、明日はやってもらうから」

「もちろんだって。ちゃんとやるよ、約束する」


 そう言って、約束が守られたためしはない。

 結局デイジーがやるはめになり、こちらの負担ばかりが増えている。


 放っておいてもいいのだが、そうなると部屋は散らかるし、汚れ物の匂いも辛い。結局、我慢できなくなったデイジーが代わってしまい、マックスはしめしめといった具合だ。


 こんな人ではなかったはずなのに、どうしてだろう。

 野菜を煮込みながら、デイジーはそっと息を吐いた。


 二人が一緒に暮らすにあたり、決まりは細かく作っていた。

 理由もなく互いの部屋を行き来しない、決められた当番はちゃんとやる、互いに思いやりを持って行動する。


 特に、将来を考えているとはいえ、今の二人は恋人でもない。

 互いの評判のためにも、節度を持った行動を取ると約束していた。


 マックスは軽く了承したが、デイジーは真剣に検討した。互いの両親にも確認してもらい、これならと太鼓判を押してもらったのだ。


 最初の数か月は、そこそこ無難に過ぎた。


 デイジーは町の食堂で働ける事になり、調理と配膳担当になった。朝から夕方まで働いて、給料の半分を仕送りする。それとは別に、刺繍や繕い物の仕事を引き受け、薬草の仕分けなども行っている。

 目が回るような忙しさだったが、おかげで仕送り代もすぐに貯まり、家族から感謝の手紙をもらった。

 マックスとはすべての生活費を折半、家賃も半分ずつ払う形だ。


 彼の言う通り、食事は二人分作った方が早く、洗濯も掃除もまとめてやれば効率的だ。疲れている時は大変だが、一日頑張れば楽ができる。慣れない生活で疲れていたデイジーにとって、悪くない分担だった。

 それが変わったのはいつのころか。


 ――悪いんだけど、今日は夕飯が作れなくて。代わってもらっていいか?


 申し訳なさそうに頼むマックスは、かなり疲れているようだった。

 デイジーは快く了承した。

 その前日、デイジーもふらふらだったけれど、わざわざ口には出さなかった。


 マックスがしているのは力仕事だ。自分よりも疲れているのだろう。だったら少しでも手伝って、彼の負担を減らしてあげたい。そう思い、簡単な夕食を用意した。


 次は洗濯だった。


 ――ごめん、ほんとにクタクタで。洗えなかった、悪い。


 両手を合わせて謝られ、仕方ないとデイジーが代わった。

 下着は自分で洗うデイジーに対し、マックスはすべて任せてくる。特に作業着は汗だくになるため、一日で二、三着出る事も多い。


 すべて洗って干して、アイロンをかけて。シーツや靴下、ハンカチまで。マックスは自分の担当の時にはシーツを洗わないので、常にデイジーの担当となった。

 疲れているはずのマックスは、なぜだか夜遅くまで起きていた。


 その次は掃除だった。


 ――ほんとマジで疲れててさ……。動けないくらいぐったりしてる。ごめんな。


 そう言われても、埃がたまるのは見過ごせない。

 仕方なくデイジーが部屋を掃き、床から窓からピカピカに磨いた。マックスはその横で寝そべっていた。

 このころになると、さすがにデイジーも言うようになった。



 ――ねえ、おかしくない? 少しは自分の仕事をしてよ。

 ――やってるだろ。俺は毎日働いて疲れてんの。口うるさく言うなよ。

 ――掃除も洗濯も、このごろはずっと私じゃない。いくらなんでも不公平よ。



 私だって疲れてるのにと訴えると、マックスはがりがりと頭をかいた。

 面倒そうな顔をそのままに、「だからさぁ」とため息を吐く。


 ――できる方がやればいいだろ? 俺はもっと疲れてんの。グダグダ言わずに、それくらい代わってくれよ。

 ――そんなこと言ったって、私だってへとへとよ。

 ――でも実際、やれてるだろ? なら、いちいちうるさく言わないで、お前がやればいいじゃんか。


 文句が言えるくらい元気なくせにと言われれば、さすがにデイジーもカチンときた。

 言い返そうとして、その前にすかさず割り込まれる。


 ――そりゃあさ、俺だってできるならとっくにやってるよ? でも無理なの。しょうがないんだよ、あきらめてくれよ。

 ――しょうがないって言われても……。

 ――デイジーだって、俺がお前の父親みたいに倒れたら困るだろ? あの時やっとけばよかったって、後悔するんじゃねえの?

 ――それは……。

 ――そうなったら後味が悪いんじゃないか? まあ、デイジーがいいならいいけど。


 痛いところを()かれて黙ると、マックスはにやりと笑みを浮かべた。


 ――分かっただろ。じゃあ、この話はこれっきりってことで。


 次はやるからと言われたが、信用できないのは明らかだった。

 案の定、彼はそれからもちょくちょく家事をサボり、その負担はデイジーにのしかかった。


 この町に来て一年が過ぎたころには、マックスはほとんど家の仕事をやらなくなっていた。

 最初のころは口にしていた謝罪の言葉も、今はまったく耳にしない。

 それどころか、「男の仕事を分かってくれない世間知らず」の扱いを受けてしまい、逆に説教される始末だ。


 そんな事を言っても、掃除も洗濯も食事の支度も、デイジーがひとりで行っているのだ。

 それでいて、生活費はきっちり折半。

 このやるせない気持ちを誰か分かってくれるだろうか。


(……おまけに)


 それよりも深刻な問題があった。


「ところで、お金のことだけど」

 そう言うと、ぎくりとマックスの肩がこわばる。


「今月分の家賃と食費、まだもらってないわ。いい加減に払ってくれる?」

「あー……その、今月はちょっと出費があって」

「出費?」

「職場の先輩の結婚式でさ。俺もお祝い出さなきゃだし、ちょっと予算がオーバーして……」


 気まずそうに口ごもり、うろうろと視線をさまよわせる。


「先月の家賃ももらってないし、食費も、水代もよ? 私ひとりじゃ払い切れないし、困るわ」

「分かってる、分かってるって! ちゃんと払うよ。でも、すぐには無理なんだ。分かってくれよ」

「そんなこと言われても……」

「あとで絶対に払うから。今回だけ立て替えておいてくれ。ほんと悪いな、デイジー。助かるよ」

「あ、ちょっと!」


 片手で拝む真似をすると、マックスはさっさと行ってしまう。自分の部屋に入って鍵をかけられると、デイジーには手出しできなかった。


「なんなの、もう……」


 辺りを見回すと、部屋の中はマックスのもので散らかっていた。

 食卓には食べ散らかした皿が放置され、床には靴下。作業着が床に放ってあるのは、洗濯しておけという事だろう。


 一度知らん顔をしてみたところ、カビが生える直前までそのままになってしまい、根負けしたデイジーが洗ってしまった。

 以来、マックスは完全に味を占め、床に置いておくようになった。


 皿を片づけ、落ちていた作業着を運んだ後で、デイジーは財布を開けてみた。

 いつもなら仕送りするころだが、今はほとんど余裕がない。


(どうしよう……)


 もう少し仕事を増やせばなんとかなる。

 けれど、本来ならばマックスが払うはずのものであり、デイジーはその尻拭いをしているに過ぎない。諾々(だくだく)と支払うのは違うと思う。


 かといって、家賃を支払わなければ家を追い出されてしまう。

 食費を切り詰めるのも限度があるし、水代は論外だ。自分の服や靴は一年以上新調していない。ちょっとした楽しみの買い食いや、小物を買う事もほとんどない。


 正直、デイジーの方はかなり切り詰めて生活しているのだ。週に四、五回飲み歩き、食べたいものはすぐに買い、好き勝手な生活をしているマックスが自重するべきではないだろうか。いや、自重するべきだ。むしろ自重しろ。今すぐに。


 けれど、それをそのまま言ったところで、聞いてくれる気はなさそうだ。


 部屋の中からは小さく鼻歌が聞こえてくる。

 今日も彼はのんびりと過ごし、朝までたっぷり眠るのだろう。

 せめてものうっぷん晴らしに、デイジーはごしごしと皿を洗った。

お読みいただきありがとうございます。

そのうちひどい目に遭うでしょうね、マックス(遠い目)。


*いいねとブクマありがとうございます! がんばります!

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