エピローグ
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――それから、もう少し時間が経った。
「デイジー! 聞いたよ。王都に行くんだって? よかったじゃないか」
挨拶に訪れたデイジーを、おかみさんは快く迎えてくれた。
「おかみさんにもお世話になりました。でも、少し残念です。もっと一緒に働きたかったのに」
「そうかい。あたしゃこうなってくれて、嬉しくてたまらないがね。それで? ガーランドさんとはどんな感じなんだい?」
幸せになってくれて嬉しいよと、自分の事のように喜んでくれる。彼女が妙な勘違いをしていると悟り、デイジーは慌てて首を振った。
「違います! ガーランドさんは私の後見人として、色々お世話をしてくれるだけで……っ」
「おや、そうなのかい? でもまあいいよ。あの人なら心配ない」
ご両親の許可も得たんだろうと言われ、デイジーは真っ赤になって頷いた。
あの後、彼らはすっかり話が弾んでしまい、夜遅くまで語り合っていた。バーンズを交えて四人、とても楽しかったそうだ。デイジーの話題も出たそうだが、詳しくは聞いていない。
数日の滞在後、両親は田舎に帰ったが、そのころにはすっかりガーランドの事を気に入ってしまい、ほとんど息子扱いしていたほどだ。
失礼だと止めたものの、当のガーランドがいそいそとそれに甘んじていたので、どうしてだろうと思いつつもあきらめた。バーンズはにこにこ笑ってそれを見ていた。
デイジーは王都へ行き、彼の屋敷で一緒に暮らす事となった。
とはいっても、ちゃんと働く場所を探し、家賃や食費は入れる予定だ。ガーランドはいらないと言っていたものの、これだけは受け取ってもらわなくては。
マックスは田舎に戻り、両親の監視の元で暮らす事が決まった。
性根を叩き直すという言葉の通り、あの後徹底的に絞られたらしい。最後に見た彼は、完全に面変わりしていた。
それからマックスとは会っていない。
田舎は狭いが、その分人間関係も濃密だ。同じ村出身の女の子に対してしでかした悪行は、ほどなく村中に広まるだろう。マックスの父親は隠す気がなく、母親も味方ではないそうだから、これからの生活は大変だ。
都会の暮らしに染まり、贅沢三昧だったマックスにとって、かなり辛い日々だろう。
でも、同情する気はない。
元々木工の腕は良かったのだ。心を入れ替えて、きちんと仕事をしていれば、いつか挽回する道もあるはずだ。そうなってくれればいいと、心から思う。
デイジーの心配事は解決し、今後の見通しも一応は立った。
心残りはこの店だが、それはあきらめるしかない。
そう思っていると、おかみさんがふふっと笑った。
「実はね、デイジー。あたしも店じまいしようと思ってるのさ」
「えっ?」
「前から誘われていたんだよ。息子たちに、もっと近くで暮らさないかって。面倒くさくてそのままでいたけど、何度も誘われてね。この機会に、引っ越そうかと思ったのさ」
「そうなんですか……」
おかみさんの息子達は遠くの町で暮らしている。だとすれば、もう会えなくなるかもしれない。寂しいなと思っていると、彼女は堂々と胸を張った。
「だからね。この店をたたんで、あたしも移店するよ。息子たちのいる、王都へ!」
「え……えっ、えええっ!?」
「なんだ、言ってなかったかい? 二人とも王都に住んでるのさ。いい機会だから、あたしも引っ越すよ。そして食堂を開く! 今年中にだ!」
高らかな声で宣言したおかみさんは、女神のように神々しかった。
「私、働きたいです!」
「もちろんだ。そのつもりで考えてるよ」
ばちんとウインクされ、デイジーは嬉しさのあまり、おかみさんに抱きついた。
本当は、ちょっぴり不安でもある。
王都での生活は大変な事も多いだろう。慣れない街に、新しい暮らし。人との出会いも待っている。
その中では楽しい事も、苦しい事もあるだろう。それは避けては通れない道だ。
それでも、不安よりも楽しみの方がはるかに勝っていた。
抱き合って喜び合う二人に、後ろから声がかけられる。
「……デイジー嬢? おかみさんも、どうしたんだ?」
そこにいたのは、焦げ茶色の髪に榛色の瞳をした、背の高い青年だった。
今は目を丸くして、二人の姿を見つめている。
「ガーランドさん!」
ぱっと笑顔になり、デイジーは彼に駆け寄った。
カランともう一度ベルが鳴り、軽やかな音を響かせる。
――この人がいれば、大丈夫。
その胸に咲く花の名前を、デイジーはもう知っている気がした。
了
お読みいただきありがとうございました!
*野次馬達はあの後なぜか意気投合し、連れ立って飲みに行く事になりました。それが縁で、後に三組のカップルが誕生します。どうかお幸せに……!