5-⑲ 兎は心の変化に戸惑う
危なかった、もう少しでダース単位の子供を産まされるところだった・・・。
ちなみに件の騎士さんは今アルバートさんにシバかれているが、怒っているのはアルバートさんだけで、他の人は「やれやれ」といった様子でそれを眺めている。
「いつかはユウちゃんの犠牲者が出るとは思っていたのよぉ、寧ろ思ったより遅いくらいねぇ」
「僕の犠牲者って何ですかっ!?」
あまりにも酷い扱いに、遺憾の意を表明したい!
「そもそも、おねーちゃんは少しチョロ過ぎると思うの!」
「あー、確かに! ユウちゃんってそういう所あるよね! お姉さん、ちょっと心配になってきたよ」
「でもそこが姫の良いところでありますっ!」
「良いところというより、可愛いところですのっ!」
「みんな好き勝手言い過ぎじゃないかな? 僕チョロくなんてないよ?」
僕は路上アンケートだって、ティッシュ配りだって、要らないならNOと言える日本人だが?
「でもユウちゃん、嫌がっててもすぐ流されるよね? 下着買うときもそうだったし」
「い、いや。だって、好意で連れてってくれてるわけだし・・・」
「それに、おねーちゃん。今、告白されて『悪くないかも』って絶対思ったの」
「え゙っ、お、おおお、思ってないしぃっ!?」
(僕は男、心は男。体は美少女でも、ハードボイルドなナイスガイ! 「自分不器用ですから・・・」とか言っちゃう系男子ぞ!)
「何となく考えてる事分かるの、でもそれ思ってるのおねーちゃんだけなの。おねーちゃんはチョロい系なの」
「がーーんっ!?」
もう止めて、僕のHPはあと1だよっ!?
「とりあえず、おねーちゃんは処女神なの! 注意して欲しいのっ!」
「そうだったのっ!? 初耳なんだけどっ!?」
衝撃の事実、僕は処女神だった!
ということは、清らかな身で無ければ神性を失うってことなのだろう。気を付けよう。
「(ねぇ、ピアちゃん。ユウちゃんって本当に処女神なの?)」
「(ウソなの、おねーちゃんはピアのだから誰にもあげないの)」
「(えぇぇ・・・)」
クレアさんとピアちゃんが何やらヒソヒソ話していたが、僕にはあまりよく聞こえなかった。
その後騎士さんには、正式にお断りの返事をした。
これはだいぶ後の話だが、騎士さんとのこの事件は『料理の女神に求婚した騎士』の話として、シルクマリアに広まったそうだ。
なお、後にこの話はハッピーエンドに改変されたうえで更に広まり、童話の一つとして長く語り継がれていく。
◇
就寝前、僕はアルバートさんに許可を得て貰って来たハイハンリノセロスの素材を見ていた。
ハイハンリノセロス。防御のカブトムシと攻撃のカマキリが両立した魔蟲、詰まる所その正体は『二律背反の魔蟲』という意味なんだろうと思う。
二律背反とは『同じ根拠に基づいて得た二つの答えが矛盾していない』という事。なるほど、意味不明だ。
ただ、僕の勘が言っている。きっとこの素材で作った糸からは、面白いものができる、と。
「気になったら加工しちゃうのが一番だよね、思い立ったが吉日。僕はエリクサーをすぐ使っちゃう派なのだー! ってなわけで、《神様のレシピ本》起動。ハイハンリノセロスを『加工』」
《ハイハンリノセロスの素材を『逆転の反糸』に加工します。糸サイズを選択して下さい》
「じゃあ刺繍糸で、『決定』!」
《畏まりました、加工を開始します》
いつもの様に素材は浮かび、光って糸となり手元に落ちてくる。
ただ、素材の量の割に作られた糸の量は少な目だった。
【逆転の反糸】
ハイハンリノセロスから作られた糸、結果を逆転させる力が宿っている。
「二律背反って結果を曖昧にするって意味と違うくない? あ、でも、表でもあり裏でもあるって説明の仕方なら、逆転しているとも言える・・・のかな? いや、やっぱり違うだろ!」
二律背反の正しい意味が分からなくなってきた、僕はそんなに四字熟語に強くないのだ。
ただ、ピアちゃんと糸を観察して『逆転』の意味は何となく分かった。
「おぉ、色が変わる!」
「全然違う色になるの、不思議なの」
手元に落ちてきた時、この糸は深緑色をしていた。
だが目線の高さ以上に持ち上げた時、途端に色が対色である赤色に変化したのだ。
赤と緑は補色関係、色相環では対になる位置に存在する色。
つまりこの糸は、見る位置によって色が逆転するので『逆転の反糸』という事なんだろう。
ベットの上で好き好き寝ていたアニマル’sも、興味を持ったのか近付いてきた。
ダンタルニャンが糸に近づいて鼻をひくつかせている。
「何が出来るんだろうね、『逆転』だけだと色々想像出来るけど・・・攻撃が跳ね返る何かになるとか?」
「右と左が逆になるのかもしれないの!」
「きっと敵の裏と表が逆になるのであります!」
「怖っ、何のっ!? ねぇ、何のっ!?」
前から思っていたが、アニマル’sは血の気が多すぎる気がする。子猫の皮を被ったワニみたいだ。
素材から何が作れるのか、どう作るのか、どう改造するのか、それを考えるのも物作りの楽しみの一つだ。
しかしスキルを使った魔道具を作る場合、結局レシピにある物しか作れないので思った通りにいかない事も多い。
「ひとまず本を開いてみようか。《神様のレシピ本》オートモードで起動、『逆転の反糸』を加工!」
《『逆転の反糸』を魔道具に加工します、加工先をレシピ本より選択して下さい》
目の前で浮かびペラペラとページがめくれていくレシピ本、アンクレットに首飾り、コサージュと形は色々あるが道具説明は全て一緒だった。
ならば使い易いものが良いだろうと思い、僕は根付を選択した。
「『反転の根付』を選択、作成開始!」
《『逆転の反糸』で『反転の根付』を作成します》
緑から赤にと色を変化させながら、糸は根付に加工されて手元に落ちてきた。
色が変わるホログラムのような光沢を放つ組紐に、ハイハンリノセロスの目と同じ色の石がついている。
「キレイな飾りなの!」
「キレイだけどカワセミみたいな色してるなぁ、あれも確か緑からピンクに変化したはず」
鳥ようだと言えば聞こえは良いが、つまりはケバい。
綺麗だとは思うが、僕はあまり好みではない。しかし起き上がり小法師と同じく凄い能力が隠れている可能性があるので、早速鑑定を掛けてみた。
【反転の根付】
逆転の反糸から作られた根付、ハイハンリノセロスの力が宿っている。
存在し得た別の可能性を引き寄せる力がある。
外れた宝くじは当たらないから気を付けてね!
「最近思うんだけどさ、この最後の一言を毎回書いてるのってアルテミス様じゃない?」
「でもアルテミス様は、このスキルと関係ないの!」
「でもそうなると、これ書いてるのテラ様ってことになるけど?」
「・・・それ、ヤなの」
だよね、僕も嫌です!
さて、完成した魔道具もとい根付の効果は『別の可能性を引っ張ってくる』というものらしい。
「・・・成程、よく分かんないね!」
「ピアもむずかしくて、よく分からないの!」
せっかく作ったが、御蔵入りになりそうだ。
やはりそうそうチート魔道具は作れないということなのだろう。
少し残念な気持ちにはなったが、そもそもチートアイテムに頼るのが間違っているわけで、生活水準の向上も戦闘力強化も、結局は編み物と同じ。日頃の努力が大切なのだ。
明日から肉体強化と身体強化の練習頑張ろうと思いつつ、僕は夜の読み聞かせの為に皆とベッドに入ったのだった。




