5-㉜ 猫と愛狂い
作品に興味を持って下さり、ありがとう御座います!
どうぞ最後までお楽しみ下さいm(_ _)m
アガペーと名乗った女性は恭しく礼をする、その首元には何かを象ったネックレスが揺れていた。
頭を垂れる姿に敵対心や、害意は感じられない。
しかしこちらとしては心穏やかではない、何故なら彼女はこう言ったのだ──自分は《リアムの転輪》だと。
「その名前、最近聞いたばっかりだね。ホントに嫌んなっちゃうよ」
「そう嫌わないで下さい。私共とて、悪気があって行動しているわけではないのです」
「善行だとでも言うつもりか? 悪気が無いほうが、よっぽど質悪いよ」
短い間だけど会話して分かった、此奴はイカれてる。
まともに会話したらこっちが呑まれるな。ピアちゃん側の人達もこっちに集まってきてるし、さっさと情報だけ聞き出して叩くに限る。
「じゃあ早速だけど約束を果たして貰おうかな。今回僕達を狙ったのは何で? 目的は? この沼竜達は何だ」
「うふふ、質問が多いですね、つまりユウ様はそれ程私の事がお知りのなりたいのですね? そうなのですね? えぇ、えぇ、お教え致しましょう。貴女様のことを知っていて、私共の事を知って頂いて、余すこと無くお互いを知り、一つになりましょう!」
「ならねぇよ、ちゃっちゃと答えて」
「あぁ、きっとそれは素晴らしい事でしょう! 素晴らしい喜びとなりましょう! 素晴らしい快楽となりましょう! どろどろに溶け合って一体となり、世界の新たなる母となりましょう! 恐ろしいですか? 大丈夫です、誰にだって初めての時は御座います、どうかその身を私に委ね下さい、お預け下さい、私が最も高い所へお連れ致しますとも、痛いのは最初だけです、愛が全てを解決して下さいます、そうこれは愛、不純物の混じらない愛、私と貴女様の純粋なる愛、愛、愛、愛、あぁ濡れてしまいます!!」
・・・・質問すらまともにさせてくれないんだろうか? と言うか、無茶苦茶鳥肌が立った。
ヤバイ奴だとは思ったけど、これは度を超えてる。
えっ、もしかして手前さんの方がまともだった?
いや、それは無いかと、頭を振って手前さんの爬虫類顔を思考から外す。
「さて、狙った理由と目的でしたね」
「いきなり真面目になるの止めてくれる? 頭可怪しくなりそうだから」
でもこのままの方が話しやすいから、トリップさせないように気を付けないと。
それから、真面目な顔に戻ったアガペーは柔和な笑みを浮かべたまま淡々と語り始めた。
「まず、貴女様と出会ったのは偶然に御座います。それで言えば、こちらの方に出会ったのも偶然に御座いますね」
そう言ってアガペーは足元を見る。
こちらの方というのは足元の商人さんのことか。
「えっ、じゃあ商人さんは本当にただ巻き込まれただけの一般人なの?」
「はい、左様に御座います。私共の目的は、この先にある王都に御座いますれば。沼竜達を王都に置いていく事に御座いました・・・が、急遽変更したので御座います。この男はその折、偶然通りかかった為呑まれたに過ぎません」
「王都に? 何で?」
「それは秘密に御座います。ふふふ・・・さぁ気になりますでしょう? もっと、もっともっと私の事を考えてくださいまし、思ってくださいまし、寝ても覚めても私の事以外考えられない様になってくださいまし!」
「少なくとも蹴りたくなってきたな」
さっき教えるって言ってたくせに、嘘つきめ。
沼竜を王都に置く? 置くって何だ? それで何ができる・・・分からない、情報が足りないな。
「あぁ、それとこの沼竜達は私共の自信作に御座います。惜しみなく愛を注ぎ作り上げた新種の魔物に御座います。一つ訂正を致しますれば、胃の中にあった時空の変動は私の力に御座います」
「あれ、あんたのせいかよ! よくも無駄に歩かせてくれたな!!」
原因は知恵ある神話級魔導具じゃなかったのか、ということは此奴の能力は空間系? いや、さっき商人さんに乗り移ってたりした。あっちは違うのか?
できるだけ情報を聞き出さないと、此奴は得体が知れなさ過ぎる。
「じゃあ質問変更だ、急遽予定を変更した理由は?」
「それは、貴女様を見つけた故に御座います」
「僕を?」
「私はジョイに貴女様のお話を伺ってからずっとお会いしたかったのです!! 運命を感じたので御座います!! その御姿、その姿勢、その御心、その精神、その眼差し、その肢体、その瞳、その御髪、その御声、その全てが素晴らしい!!」
そんな運命要らん、そしていちいち気持ち悪い。
「ジョイって誰よ?」
「あら? 一度お会いになられているはずです・・・一月ほど前にシルスマリアでご挨拶したかと思いますが?」
「手前さんの事?」
「え?」
「え?」
よく分からない沈黙が流れる。
リアムの転輪関係者で僕が知っているのは、あの男だけだ。それ以外に誰か居たか?
「・・・あの不敬者は貴女様に名乗りもしていなかったのですね。はぁ・・・女神ユウ様、貴女様が想像なされた『手前さん』と呼ぶ者、その者がジョイに御座います。身内の御無礼をお許し下さい」
「あの人、ジョイって名前だったのか・・・で、僕を見つけて何がしたかったのさ?」
大事な・・・かどうかは知らんが、計画を変更してでも会いに来た理由は何だ?
今までの会話から思うに、アガペーは僕に何故か執着している。そういえばリアムの転輪は世界各地で幼い神や精霊を襲っているとテラ様が言っていた。この場合の『幼い』は見た目の事じゃなく、生まれたばかりの事を指す。
僕はポケットのセレナを見る。
この子もリアムの転輪に襲われた精霊の一人だ、僕は勿論捕まるつもりは無いし、セレナだって二度とあんな非道な目に合わせる気は無い。
僕は仮とはいえ、この子の母親だ。絶対に守る。
「私共は母を探しております。母は遠く昔にお隠れあそばされました。子が母に『愛たい』と思うのは、『愛されたい』と思うのは当然の事に御座いましょう?」
「まぁ言葉通り受け取るならね、でもそれが僕に会うことにどう繋がるのさ。会うなら情報屋さんの方じゃない? 僕関係ないじゃん」
自慢じゃないが、僕はシルスマリア以外の事を全く知らないぞ。
人探しなら探偵でも雇って、ひっそりとやっていて欲しい。
「いいえ、いいえ、大いに関係あるので御座います! 貴女様には是非、私共の母を産んで頂きたいので御座います!」
「・・・はっ? えっ?」
「その『愛』に溢れた御身体に母を宿して頂き、産んで頂きたいのです! 貴女様はこれほどの『愛』を説き、生み出し、分け隔てなく与えられる御方。あぁ、母もきっと御身を喜ばれる事でしょう! ところで貴女様は男性を身に受け入れられたことは御座いますか? いえ、それは聞くまでも御座いませんね、汚れのない御身に男の手垢など付いている筈も御座いませんね! 汚れなき処女であらせられる貴女様はこの世のどんなものよりも純粋無垢! あぁ素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい、素晴らしいっっっ!! 誰も立ち入ったことのないその中へ、触れたくなります、踏み入れたくなります。でもそれはいけません。何故ならその御身はこれから母を宿すのですから! 何も怖がられる必要は御座いません、私共がどんな時も寄り添いましょう。支えましょう。貴女様はただ赤児を産んで下されればそれで良いので御座います! 食事の時も、身を清められる時も、お休みになられる時も、お起きになられる時も、それこそお眠りになられる時も、排泄される時も、お目を瞑られてから次にまた瞑られるまでの間365日24時間1440分86400秒何時までも何時までも何時までも寄り添いますとも、これもまた『愛』これほどの『愛』これこそが『愛』私は貴女様の所作御声吐息表情体臭体液から毛の一本に至るまで全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを──『愛』しております!」
狂気に染まったアガペーは変わらず柔和な表情のまま僕へ手を差し出す。
そして聞こえるか聞こえないかの声、いやもしかしたら幻聴かも知れない。そう思わせるだけの言い知れぬ雰囲気がこう言っていた。
──共に参りましょう。
ちょっとでも話の通じる相手だと思った僕が馬鹿だった、此奴は即効で叩かなきゃいけない存在だ。
僕が自分の選択を後悔していると、視界の端で影が動いた。
「あぁ、その困惑されているお顔も、なんて愛くるしい・・・ふぅ、しかしもう時間切れに御座いますか。楽しい時間というものは、あっという間に過ぎるものに御座いますね」
アガペーが落胆するその背後から二つの小さな影が飛びかかった。
「姫に近付くなでありますっ、猫騎士剣術『水面の月』!!」
「姫さんと話したきゃ、俺等を通しなっ!! 『シールド・スタンプ』!!」
野生の動物のように気配を消し、ダンタルニャンとポルトスが奇襲をかける。
二匹による上下段の同時攻撃。アガペーがそれに気付いた時、剣と盾は目前にまで迫っていた。
もしアガペーが武術の達人ならば、ここから受け流す技術を持ち合わせていた可能性もある。だが彼女はどう見てもそういうタイプでは無い。
驚きや焦りなど一切見せずに迫る武器を見つめるアガペー、余裕があるのか? いやもしかしたら戦闘に慣れていなくて思考が追いついていないだけかも知れない。
そう考えた僕だったが、次の瞬間驚愕の声をあげたのは、彼女ではなく僕たちの方だった。
ダンタルニャンの大剣がアガペーに届いた──その時、剣もそしてポルトスの盾も、甲高い音をあげて弾かれた。
─ギィンッ!!
「なっ、弾かれたであります!?」
「うおっ!? 何だこりゃ!!」
「・・・乱暴な畜生共で御座いますね」
今、何が起きた? 防具やバリアで防いだわけじゃない。
どう見ても、武器を肌で弾いた。防御系のスキル? いやでも、じゃあ時間を伸ばしたり、乗り移ったり・・・。
ひとまず、傷付けられないなら別の方法で捕まえる!
「申し訳無いけど、貴女を逃がすわけにはいかないっ! 『ミミちゃんランチャー』!!」
「がぁう、っぷっぷっぷっぷ!!」
伝家の宝刀、ミミちゃんランチャー!
《神様のレシピ本》製の魔導具であり、格上の相手すら捕らえるミミちゃんの必殺技。
コレから逃げられるものなら逃げてみろ!
アーティスト『ムイムイの麻痺投網』に加え、ミミちゃんのスキル《大当たり》の効果により確実に飛んでいく投網。今まで一度たりとも、この技から逃げられた者はいない。
包囲する様に発射された投網からは、例え武器が効かない相手であろうと逃げられない──と思っていた。
「えっ、うそぉ!?」
「がうっ!?」
信じられない事に、網が彼女をすり抜けた。
「はっ!? な、何でっ!?」
「ふふふ・・・その驚愕に染まった表情もまた、愛くるしゅう御座います」
また気持ち悪い笑顔を浮かべたアガペーは、投網が体をすり抜けたのち姿が揺らめき、そして消えてしまった。
姿を隠して攻撃してくるのかもと思い構えたがその様子は無く、何処とも分からない場所から声だけが響く。
『大変、本当に大変名残惜しゅう御座いますが、本日は此処までとさせて頂きます。あぁでもそんなに悲しそうになさらないで下さいませ、またすぐお伺い致します。どうかそれまで御身体を大切に、清らかなままでいらして下さいまし』
「うるさい、だまれ、きもちわるい、しゃべりすぎだ、二度と来るな!!」
盛大に独り善がりを話し尽くし、アガペーは去っていった。
ピアちゃん側の様子を見れば、あちらも大騒ぎをしている。どうやら氷付けにしてあった沼竜が逃げてしまったようだ。
再び姿を表したリアムの転輪、その二人目『愛欲』のアガペー。その性格は非常に自分勝手な愛を振りまく狂信者、とてもまともに話のできるような人物ではなかった。
彼女はすぐに再び会うと言っていた。しかし僕個人ならまだしもここ道の先には王都があり、彼女も元々そこへ向かうのが目的と言っていた。
沼竜を王都で暴れさせる、そんな単純な話ではない気がする。
僕は大きな何かが起こりそうな言い知れぬ不安を覚えるのだった。
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最後まで読んで下さり、ありがとう御座いました!
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