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ぼくは異聞怪聞伝聞Youtuber

私を夢見て

ぼくは異聞怪聞伝聞Youtuber、【私を夢見て】。ぜひご視聴ください。

https://youtu.be/BSlG5ZYVaPA

『OK?じゃあ、行きます。』



 いつも通りのテロップが揺れる。朧に揺れる明朝体。夢の中にいるような不思議な雰囲気に酔って欲しい。



『始まりましたYoutube、異聞怪聞伝聞Youtuberのバムオです。』



 変わらない挨拶と変わらない木琴の物悲し気なフレーズ、これから始まるのがぼくの動画である。



『今回のタイトルは私を夢見てです。』



 再生回数、振るわなくても、ぼくは名乗るよ、Youtuber。夢を信じて、努々(ゆめゆめ)励め、夢見心地で、勇名(ゆうめい)馳せろ。


 今回の動画は久しぶり、動画視聴者様からの情報提要が元ネタになった。

『新宿の歓楽街に明け方、【ジュクキッズ】ってのが出るらしい。』

 【ジュクキッズ】?

 今はやりの中学高校受験で懸命に塾通いする子供たちのことかしら?

 でもさすがに明け方までは子供たちも勉強してないだろう、大体新宿の歓楽街に塾なんて無いだろうし。ぼくの疑問に答えてくれるかのようにメッセージは続いた。

『一昔前まで新宿は【ジュク】と呼ばれていた。』

『日本が敗戦して間もない頃、進駐軍相手のナイトクラブが新宿にあった。』

『そこで働いていた女性の子供、その亡霊が【ジュクキッズ】らしい……。』

 これはひさしぶりの心霊物の予感。都市伝説的な動画のネタになるかも。ぼくはさっそく動画作成、の前に知識の足らないぼくは終戦後のことを色々調べることにした。


 1945年(昭和20年)、日本は太平洋戦争に負けたらしい。そこまではぼくも知っている。その後GHQと呼ばれる進駐軍が日本に陣を構えたようだ。その頃敗戦直後ぼろぼろの日本では男性でも仕事にありつけず、ましてや女性は生きていくために春をひさぐものも少なくなかったとのこと。()()()()()ってなんだ?

 ああ、売春のことか。それで占領軍の外国人相手に()()()()()()、お金を稼ぎ自分や家族の生活を支えていた人が大勢いたようだ。そしてその中に【ジュクキッズ】のお母さんがいたんだろう。彼女たちが働いていたところはナイトクラブ、ダンスや歌を楽しむところと言いつつも、男性に気に入られればそのまま朝を迎えることもあったらしい。もちろん別料金で。

 生きていく為とは言え母親がそんな仕事に行っている間、ナイトクラブの外で寂しく待ち続けた【ジュクキッズ】、そりゃ死んで亡霊になってもおかしくないかもな。ぼくは勝手に【ジュクキッズ】とやらの悲しい状況を想像し、ちょっと涙ぐんだ。

 さて、スマホによる調査はここまでだ。早速明け方の新宿に向かうため、ぼくは昼間から焼酎をストレートで煽り始めた。たっぷりと仮眠をとるために。

 

 仮眠と呼ぶには長すぎる睡眠を貪ったぼくは、先日路上誘導のバイトでもらったフリースを羽織り、最近めっきりと冷え込むようになった夜に足を踏み入れた。夜と言ってもまだ深夜には程遠いが、ぼくのアパートは東京のはずれにあるもんだから新宿行きの終電に乗るにはこの時間に家を出ないと間に合わない。予想以上に寝すぎたぼくはあわてて最寄り駅に向かった。


 電車に揺られることおよそ二時間、ぼくは新宿駅に着いた。うーん、まだ日付が変わったばっかりだ。ここは眠りを知らぬ大都会新宿、どこかお店に入れば良さそうなものだが、なにより先に立つもの、要するに手持ちが乏しい。現金は持ち合わせがないし、ぼくの電子マネー決済能力もかなり慎ましい。Youtuberとしての収入はほぼなく、臨時バイトの収入では足りず、おばあちゃんの年金収入+αがぼくの生活を支えてくれている。そんなぼくには不夜城新宿が誇る深夜営業店の敷居は高すぎる。仕方ないのでぶらぶらしながら明け方を待つことにした。師走の寒さに震えながら。


 寒さのあまり暖を取ろうと周囲のコンビニに立ち入り、何も買えない気まずさに負けて店を出る。これを何度も繰り返していた頃、ようやく東の空が白み始めた。ぼくは情報提供者から聞いていた新宿歓楽街のはずれ、なんとも治安の悪そうな飲み屋街に足を踏み入れた。うーん、こんな柄の悪そうな場所に子供の幽霊【ジュクキッズ】なんて出るのかしら?

 と思っていた矢先、ぼくは左の腕を、正確にはフリースの袖を誰かに下へと後ろから引っ張られた。僕の腕を下に引っ張るってことは、明らかに低身長、これってもしかして本物の子供亡霊【ジュクキッズ】?

 おそるおそる振り向くと、たしかにそこには子供が……。ていうかどう見ても普通の子供だ。明らかに生もの、いやいや生身の人間にしか見えない。くりくりという言葉はこのためにあるのかと納得させられる丸い目でぼくを見つめながら、右腕でしっかりと僕のフリースを握り締めている。背の高さから推測するにまだ小学校には上がっていないような雰囲気、マッシュルームのような髪が寝ぐせで乱れている。【ジュクキッズ】なる亡霊には見えないが、この子どうにも様子がおかしい。少々考えてから気が付いた。この子この寒空の中パジャマしか着ていない。見ればその小さな体は寒さに震えているではないか。何故か僕の中でこの子がぼくの妄想した可哀そうな【ジュクキッズ】と重なった。ぼくは寒さを忘れて、震える可哀そうな少年に僕の一張羅、フリースを被せてあげた。するとその子はにこりと笑う、その顔の愛らしいこと美しいこと、正に天使と言ってよいだろう。ぼくは寒さを忘れてその笑顔に見惚れていた。ところがその美しい静寂は誰かの大声でかき消された。

「待ちなさーい、止まりなさーい。」

 明らかにおっさんとわかる野太い声が響いた。声がしたほうに目をやると、ぼくがフリースを着せた男の子よりちょっと大きな子供たちの集団がこちらに向かって駆けてくるではないか。あれが亡霊【ジュクキッズ】?

 亡霊は団体さんだったの?

 子供たちはぼくらに目もくれず文字通り熊の子を散らすようにいなくなった。雲だっけ?

 そして大声を上げて追いかけていたのは警察官、声から予想した通りのおっさんだった。出会ったばかりのぼくたち、その違和感に気づいて警察官のおっさんが近づいてくる。すると男の子はぼくに抱き着いてとんでもないことを口にした。

「ぱぱ。」

 人生で初めて言われたこの言葉。この四半世紀をわずかに超えた人生の中、パパになるような経験に恵まれたことの無いぼくに子がいるはずがない。そんな父親とははるか縁遠いぼくの中に隠れていた父性と呼ばれる本能を、彼の言葉は強く揺さぶった。パパと呼ばれるのがこんなに嬉しいとは・・・・・・。

 ぼくは手慣れたふりをしながらぼくに抱き着くこの子を撫でた。我が子を愛し気に撫でるパパを装って。警察官は訝し気な顔をしたまま、ぼくたちのそばを離れて行った。

 よくわからないピンチを乗り越えたぼくたち、残る問題はこの子をどうするかと、フリースを貸し与えてしまったことによる寒さへの対策だ。するとぼくたちのそばに小太りな体に長すぎるひげを蓄え、ニットの帽子にこれまた長すぎる長髪を包んだ六十がらみのおっさんが訳知り顔で現れた。先日スマホに配信された新作アニメの広告、そこに描かれていたドワーフと呼ばれる斧を持った亜人間の戦士によく似ている。斧は持っていないようだが。傍に来たそのドワーフのような生き物、失礼おっさんは聞いてもいないのに話し始めた。

「この子らは放置子(ほうちご)だよ。」

 ほう、放置子とな。なんですか、それ?

 ぼくがその言葉に興味を示したのことに気をよくしたのか、ドワーフのようなおっさんは長いひげを撫でながら、そばにあった24時間営業のファミレスに目をやった。おいおい、異世界ファンタジーのように酒場で情報交換したり、仲間を集める必要はない。そんな持ち合わせもない。路上での説明をお願いしたいところだったが、悠然とファミレスにむかうこのドワーフのようなおっさんに追従せざるを得なかった。そう、フリースを男の子に着せたぼくは、これ以上寒さに耐えられなくなっていたのだ。



 早朝営業に勤しむファミレスのなかソーセージをかじり、髭が泡にまみれるのも構わず生ビールで流し込む。おっさん、俺の中でお前は完全にドワーフと決まった。

「さて、何から話すかな。」

 三杯目のビールを注文してからドワーフは話し始めた。ビールを飲む前に話し始めて欲しかったが仕方ない。

 ぼくのとなりには普通にソファーに座ると高さが足りず、高さを合わせるためのベビーチェアなるものに座っているパジャマ姿の男の子、ホットケーキにはちみつをかけている。その嬉しそうな愛らしい姿にキュンキュンするぼく。そして僕の正面には早朝からビールを煽るドワーフ。なんとも不思議な状況の中ぼくはドワーフに聞いてみた。

「放置子ってなんですか?」

 支払金額を可能な限り下げるべく、ひとりだけ水を飲みながらぼくは質問した。ぼくの質問にドワーフは悲しそうな視線をぼくのとなりの男の子に送り、呟くように話し始めた。

 この子やさっき警察官に追われていた子たちは親が夜勤者、そのほとんどが片親に育てられているらしい。夜に働く親たち、主に彼らの母親たちは頼る相手もおらず子供たちを一人家に置いて仕事に行かざるを得ない。一人置かれたその子たちは早朝目が醒め、母がいない寂しさを紛らわすため外に出る。そんな子供たちを不憫に思った大人がパン等の食べ物を配る。結果母親を待つ間、放置子と呼ばれる子供たちが明け方の歓楽街に集まり、母親のいない寂しさと空腹を紛らわせるようになったのだという。探していた亡霊【ジュクキッズ】とは違うものの似通った悲しい話だ。

「警察官は保護しようとやっきになっているが、子供たちは保護されると母親から引き離されると思いこんでる。だから警察から逃げるのさ。」

 四杯目のビールを流し込みながら、ドワーフは悲しそうに締めくくった。ぼくはいたたまれなくなり、トイレに立った。


 トイレから戻ったぼくは愕然とした。ドワーフがいない、男の子一人と空いたビールジョッキを残していなくなっていた。え、どういうこと?

 そしてもう一つぼくを戦慄させたのは、テーブルに置いていたはずのぼくのスマホが無くなっていたこと。

「さっきのおじさんどこに行ったか知らない?」

 ぼくは男の子に尋ねてみたが、にこにこしながら首を横に振った。そういえばこの子「ぱぱ」と言ったきり全然声を出さないな。そんなこと考えている場合じゃない、ぼくはテーブルをくまなく探したが確かにぼくのスマホが無くなっている。ドワーフと一緒に。そして残されたものは、ビールジョッキと男の子が平らげたホットケーキセットの皿、そして未会計の伝票……。

 どーすんのこれ?

 ドワーフは待てど暮らせど帰ってこない。この状況は非常にまずい。ぼくは現金を所持しておらず、もちろんこの子も持ってないだろう。そしてスマホが無くなった今、ぼくたちは会計をする術を失った。おのれ、ドワーフ、絶対に許さんぞ。ぼくは行先の無い怒りに拳を震わせた。するとその時男の子のほうから振動音がした。怒りの振動が伝染したのかしら?

 振動音の正体は男の子が首から下げていたキッズ携帯であった。メールが着信したらしい。慣れた手つきでキッズ携帯をいじり始める男の子。もしかしてお母さんからの連絡?

 ぼくはまだ未就学であろうこの子に、ファミレスを無事脱出する希望を委ねた。


「……。金無いならファミレス入んな。」

 ため息が漏らしながらのけだるげな声、ファミレスの会計を済ませ、ぼくたちを救い出してくれた母親の当然至極な発言がぼくの耳に突き刺さった。やや乱れた茶髪のロングヘアー、おそらくはフェイクであろう白いファーコートを羽織り、黒光りするミニスカートの下には膝上まで素足を包む編み上げのロングブーツ、僕の勝手な想像上の母親とは縁遠い見た目だ。年もぼくとあんまり変わらないように見える。ただ男の子はぼくの存在を忘れたように、母親の足にしがみついて離れない。母親の視線は片時も子供から離れず、親子関係は良好そのものだ。


「……。ありがとね。」

 ファミレスを出た後これまでの経緯を説明したところ、母親がぼくに礼を述べ始めた。

「……。家で待ってるように言ってもなかなか聞かないの、この子。」

 しゃべる前に一息つかないとしゃべることが出来ないタイプの母親が続けた。

「……。警察に捕まりそうになったら、その辺にいる男の人に「パパ」って言うように教えてあるの。親子のふりをするようにって。」

 だからぼくはパパと呼ばれたわけだ。これで合点がいきました。

「……。それ以外ほとんどしゃべんないけどね、この子。」

 このあとしばらく沈黙が続き、母親がぼくを値踏みするように見ながら言った。

「……。あんた、このあとどうすんの?」


 ぼくは誘われるがまま、今日出会ったばかりの親子に連れられ、彼らのアパートにお邪魔することになった。新宿の歓楽街から徒歩五分程度なのに、こんな古めかしいアパートがあるとは。この近辺のみ大都会の進化に置いて行かれた、旧世界のように見えた。ぼろいながらも二階建てアパート、風呂はなく台所の給湯器にシャワーがついている。ぼくの存在などお構いなしに布団を敷き始める母親、そして子供を寝かせようとするが男の子は嫌がって布団に入らない。

「寝ないの?夕べあんまり寝られなかったからママ寝たいんだけど。」

 自分一人で布団に布団に入る母親、そして諦めたように、

「……。君、今日時間あるの?」

とぼくに問いかけてきた。スマホも現金もないから家にも帰れないし、ぼくの持ち物はただ一つ時間だけだ。力なく頷くぼくに母親は言った。

「……。悪いんだけど(ばく)と遊んでてくれない?」

 獏?

 ああ、この子獏君って言うんだ。ようやく納得したぼくに、布団から出てきた手が2千円を渡してくれた。母親は大あくびとともに、

「……。昼食代、もろもろに使って。よろしく、この子アレルギー無いから。あたしが起きたら漠の携帯鳴らすから。」

と言ったが最後母親は眠りについた。


 パジャマからトレーナーとデニムに着替え、カーキ色のフライトジャケットを羽織った獏君。うん、君は文句なしに可愛い。滑り台を登っては滑り降り、また登っては滑り降り、それを繰り返す最中に何度となく僕の存在を確認する獏君。すべての仕草が愛らしく、ずっと見ていられる。滑り台を中心に繰り広げられる無限ループに入った獏君をぼくは時を忘れて眺め続けた。


 お昼ご飯を頂いたお金で有難く頂戴し、公園に戻ったぼくと獏君。またしても滑り台に向かった獏君のキッズ携帯が震えた。帰路につくことを決めた獏君、その右手が名残惜しそうに僕の左手を握った。悲しそうな素振りも可愛い、なるほど、こうして人はキュン死するのだな。ぼくは左手から伝わる幸せを嚙み締めつつ家路についた。


「楽しかったの?よかったね。」

 なるほど、この母親は獏君と話す時だけ普通にしゃべれるようだ。相変わらず言葉を発しない獏君から感想を引き出すわけだからやっぱり親子の絆って素晴らしい。部屋に着いたぼくと獏君、寝起きの母親に歓迎されたのはもちろん獏君のみ。邪険にはされてないようだけど。そしてようやく教えてもらった、母親の名前は明愛(めあ)さん。そしていつの間にか日が暮れて、ぼくたちは連れ立ってファミレスへ行った。もちろん明愛さんのおごりで。そこで獏君の面倒を見る代わりに明愛さんがぼくの衣食住の面倒を見てくれるとの素晴らしい提案を頂き、めでたくぼくは獏君の住み込み子守のお兄ちゃまに就任した。


 夜になり明愛さんがお仕事に行ったので、ぼくは獏君と銭湯でゆっくりと風呂につかり、部屋に戻って寝る準備を始めた。パジャマに着替えた獏君が、ぼくになにやら薄い冊子を差し出した。それはチラシやら書き損じの紙をホチキスで止めたもので、読まれた回数を誇るようによれよれだった。寝る前にこれを読んで欲しいのね、獏君。謹んで朗読させて頂きます。


 星たちはママの上で明るく輝き

 夜風がボクの代わりにささやくの。

 ママ、大好き。

 スズカケの木で鳥たちはボクの言葉を歌うよ。

 ママのそばにいられないボクの言葉を。

 夢を見てね、少しはボクの夢を。

 本当はそばでおやすみと言って

 ボクにキスして

 ボクを抱きしめて欲しいの。

 ボクはさみしくても我慢するから

 夢見てね、少しはボクの夢を。

 星たちが消える朝も

 ボクはひとりで待ち続けるの。

 ママのキスを夢見ながら

 陽の光がママを届けてくれる甘い夢を見ながら

 寂しさを消してくれる素敵な夢を見るの。

 ママが誰といようとも

 夢見てね、少しはボクの夢を。


 うっかり泣きそうになった。この童話初めて読んだけど、まさに獏君の心情を読み解いたかのようなお話。誰の作品かわからない手書きの童話で、文体から考えるに獏君よりも年上の子供が書いたものだろう。同じような境遇の子供たちで読みまわしているのかも知れない。これを読んだ後獏君は安心したように眠りについた。


 遊び疲れからか獏君は朝までぐっすり。朝になってぼくは獏君とコンビニに向かった。明愛さんから頂いたお金で二人分の朝食を買い、部屋に戻って一緒に食べる。一人暮らしが長く、バイト以外で人と接することがほぼなかったぼくにとってこの生活は幸せ過ぎた。何をしても何をされても可愛い獏君、ぼくは一生この仕事を幸せの中で続けることができるだろう。しかし二日目の夜を迎え、昨日と同じ童話を読み聞かせ、眠りについたリアル天使の獏君を見つめた。彼は幸せなのだろうか?


 明け方獏君が動く気配で目が醒めた。獏君の目がぱっちりと開き、ぼくと目があった。そしてなんだか残念そうにぼくの胸元へ頭を戻りこませて再び眠りについた。

 ごめんね、ママじゃなくて。

 ぼくは心の中で獏君に頭を下げた。本当はぼくじゃなく、ママと一緒に居たいんだよね。



 昨夜は仕事中にそこそこ仮眠を取れたらしく、早朝からぼくと獏君と一緒に朝食を摂る明愛さん。夜が明けたばかりだというのに、獏君テンション爆上がり、明愛さんが早く帰ってきたのが嬉しくてたまらないといった感じ。そして明愛さんが買ってきてくれた、獏君が大好きなクリームパンで期待通りに口の周りをクリームで染め上げていたとき、このセリフが明愛さんから吐かれた。

「……、獏のパパになってくれない?」

 獏君のパパ?

 それってもしかして明愛さんの旦那様?

 三食昼寝付きの就職案件?

 ぼくはあまりの好条件に混乱した。可愛い、可愛い獏君のお世話をしながら、明愛さんと一緒に住む。ぼくの仕事は専業主夫となるわけだ。なんという好条件だろう。明愛さんが続けた。

「このお兄ちゃんとずっと一緒にいられるよ、ママいない間、獏もきっと寂しくないよ。」

 この言葉を皮切りに、獏君の瞳から涙が溢れ出た。ぼくにとって残念だったのは、これは歓喜の涙ではなかったこと。獏君は大泣きに泣いた。口の周りについたクリームパンのクリームを洗い流すほどに。獏君の大泣きは明愛さんにとって予想外の反応であったようだ。かなり動揺している。

 仕方ない、夢のような生活を捨てる時が来たようだ。獏君、ぼくは君が大好きだよ。そして誰が一番大好きかもよく知っているよ。ぼくがいるとこれからも君はママと一緒に寝られない。獏君はママのいない寂しい朝を毎日迎えることになる。

 ぼくはあの童話を明愛さんに見せた。予想通り明愛さんのリアクションは初見のそれだった。


 星たちはママの上で明るく輝き

 夜風がボクの代わりにささやくの。

 ママ、大好き。

 スズカケの木で鳥たちはボクの言葉を歌うよ。

 ママのそばにいられないボクの言葉を。

 夢を見てね、少しはボクの夢を。

 本当はそばでおやすみと言って

 ボクにキスして

 ボクを抱きしめて欲しいの。

 ボクはさみしくても我慢するから

 夢見てね、少しはボクの夢を。

 星たちが消える朝も

 ボクはひとりで待ち続けるの。

 ママのキスを夢見ながら

 陽の光がママを届けてくれる甘い夢を見ながら

 寂しさを消してくれる素敵な夢を見るの。

 ママが誰といようとも

 夢見てね、少しはボクの夢を。


 読み終わった明愛さん号泣。良かったね、獏君。君のママはわかってくれたよ。君が本当は誰と一緒に寝たいのか。誰と一緒に夢を見たいのか。誰と一緒に朝を迎えたいのか。


 明愛さんは何度もぼくに感謝の言葉を述べ、ぼくに頭を下げ続けた。こちらこそ感謝したい。獏君、君は本当に天使だったし、明愛さん、人生初のプロポーズ有難う御座います。数日ですが生活支えてくれて感謝してます。ぼくは新しく幸せにあふれた人生を歩もうとしている親子を背にし、慣れ親しみ始めた二人のアパートを去ることにした。


 身を引く自分に格好良さを感じながら、引くに引けずアパートを後にしたぼく、このあとどうすれば良いんだ?

 お金もない、スマホもない、自分の家にも帰れやしない。そんな悲嘆にくれていたとき、聞いたことがある声がした。

「おいおい、パンはまだまだあるぞ、仲良く分けなさい。」

 声のするほうに行ってみた。ぼくのカンに間違いはなかった。あの日会計を放棄し、ぼくのスマホを盗んで消えたドワーフだ。見ればコンビニの袋に大量のパンを詰め、それを早朝の繁華街で放置子たちに配っている。なんだ、早朝に集まる放置子にパンを配ってたのはドワーフ、あんただったのかい。

「おお、探していたぞ。」

 ぼくを見るなりドワーフは嬉しそうに近寄ってきた。なんだこの展開、ぼくはこれからお前に強奪されたスマホを取り返す予定なのだが。

 ぼくの怒りなど構わず、ドワーフは懐をまさぐり始めた。

「すまん、すまん。うっかり自分のスマホと勘違いして、もって帰ってしまった。あとでスマホが二つあるのに気付いたが、子供たちにパンを配る時間が近づいていたので、どうにも戻れなかったんだ。」

 そう言いながらドワーフはスマホを返してくれた。なるほど、間違いなら仕方ない。ドワーフ、お前のおかげでちょっとだけ幸せな生活を送れたからね。ただ、有難うとは絶対に言わないけどな。


 ぼくはようやくスマホを取り返し、電車に乗る資格を得て、数日ぶりの家に戻ることができた。しばらくゴロゴロとしたあと、ぼくはこの経験を動画にすることにした。そうぼくは自称Youtuberなのだから。


 【私を夢見て】

 これが今回の動画につけたタイトル。獏君に見せてもらった童話のままだと作った人の承諾等々面倒ありそうだし、ボク⇒私、ママ⇒あなたと変換した。すべての夜勤者たちへ語り掛ける動画を作ったつもり、夜勤者とその家族のため、一緒に居られない夜のためにぼくはこの童話を紹介する動画を作った。さぁ、バズるが良い。まるで夢のように。


 星たちはあなたの上で明るく輝き

 夜風が私の代わりにささやくの。

 あなたが、大好き。

 スズカケの木で鳥たちは私の言葉を歌うよ。

 あなたのそばにいられない私の言葉を。

 夢を見てね、少しは私の夢を。

 本当はそばでおやすみと言って

 私にキスして

 私を抱きしめて欲しいの。

 私はさみしくても我慢するから

 夢見てね、少しは私の夢を。

 星たちが消える朝も

 私はひとりで待ち続けるの

 あなたのキスを夢見ながら

 陽の光があなたを届けてくれる甘い夢を見ながら

 寂しさを消してくれる素敵な夢を見るの。

 あなたが誰といようとも

 夢見てね、少しは私の夢を。


 動画をUpするとYoutubeが著作権に関わる警告を一瞬見せたものの、動画はそのままUpできた。よしよし。


 動画の再生数がどうにか3桁直前まで伸びたころ、ちょっと気になるコメントが目につき始めた。

『これって、パクリじゃん。』

『【Dream a little dream of me.】の意訳ですね。』

 なぬ?

 慌ててぼくはその【Dream a little dream of me.】なる楽曲を探した。なんとも気だるげなメロディーに切なげな歌声が流れる。英語なので内容はわからないが、画面下に和訳が出てくれていて助かる。歌の内容はぼくが載せた童話とおんなじ、【あなた】がいない夜に寂しく待つ【私】、そして、

「夢見てね、少しは私の夢を。」

この決め台詞。しまった、獏君が持っていたのはもともとあった歌を子供用の童話に書き直したものだったんだ。それをぼくが、

ボク⇒私、ママ⇒あなた

と変換してしまったから元の曲と同じ内容に戻ってしまったのだ。これは恥ずかしい。新しい素敵な童話を皆さんにお披露目したつもりが、一般的に知られた歌のアレンジだったとは。恥ずかしさに耐えつつコメントを読み続けるぼく。

『でも良い曲ですよね。』

『私もこの曲好きですよ。』

 パクリとけなすコメントは意外に少なく、なんか優しいコメントが続く。その中に気になるコメントが一つ。

『1931年に作られた曲で、日本でも戦後に進駐軍向けのナイトクラブでよく流れていたらしいですよ。』

 ほほう。確かに遠い異国から日本に来た兵隊さんの中には、家族やパートナーを残してきた人もいただろう。そういう意味ではこの【Dream a little dream of me.】は歌詞の内容も彼らの心情にぴったりはまったに違いない。ナイトクラブで別なパートナー探してたかも知れないのは置いといて。

 戦後?

 ナイトクラブ?

 どっかで聞いたキーワード、ぼくは記憶を辿ってみた。そしてぼくがたどり着いた結論は、そう【ジュクキッズ】だった。ナイトクラブで春をひさぐ女性の子供【ジュクキッズ】、母の仕事が空けるのをナイトクラブの外で待っていた【ジュクキッズ】、もしかしたらナイトクラブの中から漏れ聞こえる【Dream a little dream of me.】を耳にし、その歌詞を自分たちに当てはめた童話を作ったのかも知れない。そしてその童話が境遇を同じくする現代の放置子たちに受け継がれた……。

 飽くまでも想像の域を超えない、ぼくなりの結論。今度新宿に行くことがあったら、花でも供えてみようかな、【ジュクキッズ】に。


ぼくは異聞怪聞伝聞Youtuber、【私を夢見て】。感想をぜひお寄せください。

https://youtu.be/BSlG5ZYVaPA

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[一言] ドワーフのおじさん、悪い人じゃなくて良かったです! 楽しく読ませていただきました!
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