8話 幼馴染2人は呼び出される
スライムがリュックに入っているという自分たちでもよく理解できない状態のまま休憩を挟みつつ歩き、程なくして替えの幌車が到着した。
幌車に乗ってからそう時間もかからず到着した初めての大きな町キャロメルは簡易的な塀が建てられ、検問所で身分証を提示してから入るという少し面倒そうな場所だ。
2人の身分証はガナッシュにある幌車乗り場の受付で貰った乗車証が身分証の代わりになると説明を受けた。
入り口は5つあってここからは見えない離れた場所にある門が貴族用、大きめの門が大型運搬車両や憲兵などの軍人用、次に2人が並ぶ一般人と商人用、そこからもう少し離れた場所に冒険者用と身分証を持たないお金を払って町に入る門があるという。
ひとりひとり確認を取らなければならないらしく、2人分の乗車証をマシュが背負っているリュックのポケットから取り出して幌車を降りるとミルヒが待っていた。
「お疲れさん」
「あ、ミルヒさん!お疲れ様です!」
「今日からキャロメルに滞在するんだろ?勉強、頑張りな」
「はい!頑張ります!ミルヒさんはガナッシュに戻るんですか?」
「あぁ、キャロメルからガナッシュ方面に向かう客を乗せたら出発だ」
「休む時間もないんですね……」
「まぁ、旦那もまた父さんが仕事の安請け合いしてるんじゃないかって気が気じゃないみたいだから丁度いいさ」
「そう、なんです?え?旦那?」
「ん?あぁ、言ってなかったか。護衛のリーダーはアタシの旦那だよ」
「んええええぇぇ!?」
「ははっ!あんだけ窮屈な移動しててそれだけ元気なら大丈夫そうだ。またガナッシュに来た時はギルドに寄りな。そこそこ饗してやるよ」
そう言って後ろ手に軽く手を振ったミルヒは冒険者用の検問所がある方へ去って行き、2人も自分たちが通るべき検問所の前に並んだ。
徐々に自分たちの番が近付き、先に宿を取るか食事に向かうか、それともさっそく本題に向かうかと話し合っている時に突然リュックが軽くなり忘れかけていた存在が暴れだした。
「うわぁああぁぁぁああぁ?!」
「ななななになに、ええええぇぇ?!」
ボコボコと動くリュックを恐れてか人が遠ざかり、憲兵が駆けつける。
「君、荷物を検めるので詰め所に来なさい」
「わか――ッ!やめろ!トントンすんな!さっき飴やったろうが!お前のこと忘れてたわ!」
もはやトントンというかバシバシに近い。布を隔ててるとはいえ、そこそこの強さのせいで痛いものは痛い。
駄々をこねる子供の攻撃に近いそれをリュックを抱きしめるかたちで大人しくさせて詰め所の個室に入るとリュックが取り上げられる。
「中を検める。開けなさい」
部下と思われる男性がリュックを開け、逆さにすると白色半透明のスライムと乳白色の飴が入った小瓶だけが現れた。
「……え?私の荷物は?」
「……嘘でしょ?」
2人が事態を飲み込めず呆然とスライムを眺めていると、それに気付いたスライムがおずおずと小瓶を持ってマシュに近寄り再び小瓶を小突いた。
「お前、私の荷物は?」
トントン
「飴なんかより荷物の方が大事なんだけど?」
トントントントントントン
「いいから荷物の在り処を教えなさい!」
トントントントントントントントン
「飴はあとでッ!」
呆気にとられるトリーと憲兵たちを余所に問答を始めるマシュに対しスライムがバタバタと暴れだす。
その姿は、しっかり者の姉と駄々をこねて泣きながら地べたに転がる弟といった感じだろうか。
表情など無いはずなのに、やだぁ!飴が先なの!と泣き喚く声が聞こえてきそうなほどだ。
いや、よく見るとどこからか分からないが若干水分が零れ出していることから、このスライムは確かに泣いているのだ。
「魔獣って、こんな感情豊かだったか?」
「いや、俺もここまでのは初めて見るな……」
「なんか可哀想になってきたな」
「お嬢さん、ひとまずその飴をあげてみてはどうだろうか」
口々に言う中、憲兵の提案に仕方ないかとため息をつきながら蓋を開ければスライムが両手と表現していいのかわからないが伸ばした部分をマシュの前に差し出し、そこに飴を一粒置いた。
口のようにパカッと開いた部分に飴を放り入れたスライムはどことなく機嫌が良いように見えた。
「はぁ~、さっきあげたのはちゃんと食べたの?」
『落としちゃったッス』
「落とした?じゃあ、鞄の中にあるはずだよね?」
『だから他の荷物を全部インベントリに移して探したんだけど見つからなくて……』
「なるほどねぇ~。それで飴はあったの?」
『なかったッス……』
「それであんなに駄々こねてたの?」
『だって、あれが無いと姐さんと話せないッスもん』
「なぁるほどねぇ、話せな……い?ん?私今誰と話してん?あれ?」
『オイラッスよ!』
「は?はああああぁぁぁぁぁ!?魔獣って喋んの!?」
『喋るッスよ!姐さん、早く契約の石出してくださいッス!』
「え?ケイヤク、の……石?なにそれ」
『従魔士なのに持ってないんスか!?』
「え、だって私冒険者でもなんでもないから従魔士の資格持ってないよ」
『ええええええええええぇぇぇぇッ!なんで!?』
この1人と1匹の対話……いや、外野からすればマシュの独り言を聞いていた上官らしき男性が概ね察したのか部下に命じる。
「おそらくこのスライムは、こちらのお嬢さんと契約をしたいんだろう。すぐに冒険者ギルドに行ってマスターに事情の説明と契約の石を持ってくるよう手配してくれ」
「はっ」
出て行く憲兵を見送ったスライムがマシュの胸元に飛び込み、それを抱える。
マシュとしては困惑が大きいものの、ここまで懐かれると可愛いのも確かで契約してやらんこともないかという気持ちにはなっている。
『姐さん、オイラ便利ッスよ!なんと!オイラは無限収納スキル持ちなんス!』
「無限収納スキル、とは?」
『際限なく入る鞄ッス!餌はさっきくれた飴があれば十分ッス!』
「お前、コスト最高の便利マンかよ。無限アイテムボックスなんて屋敷が建つが?」
『大きさの制限もないんで何でも持つッスよ!』
「え、じゃあ私の荷物って今はお前が持ってんの?」
『はいッス』
「いつでも出せるん?」
『はいッス』
「めっちゃ有能マンじゃん」
『でも、ひとつお願いがあるッス』
「可能なことなら聞いてやらんこともない」
『オイラ、契約の石に入りたくないッス』
「入る、とは?」
「え、ちょ、ちょっと待ってマシュ。本当に会話してんの?」
状況についていけないトリーが困惑気味に尋ね、それを肯定すると「え~私も話したい!」と言ってマシュに抱えられたスライムをぷにぷにつつき始める。
「トリーとは話せないの?」
『姐さんと契約したら姐さんが認めた人とは話せるッス』
「はぇ~。なんか、契約したら話せるようになるっぽい」
「まじ?早く契約しようよ」
「どうすれば契約したことになるん?」
『オイラと姐さんが契約の石に触れたまま名前を付けてもらうんッス』
「ほー、名付けが契約なんだ。部下さんが持ってきてくれるっぽいけど、契約の石って高いのかな?」
「わからん」
その会話を聞いて上官の男性が冒険者ギルドの所員がくるまで少し待って欲しいと乾いた笑いを溢した。