6話 幼馴染2人はお遣いの旅に出る
領主邸で初めて過ごす夜、体験したことがないくらいふかふかのソファーに座っては微妙な居心地悪さを感じてベッドに移動し再びソファーへと戻る。
「ど、どうしよう……落ち着かない」
「わかる……いつも硬い椅子にしか座らないから、なんか……こう……」
「ベッドも逆に腰痛めそう」
「まあ、でも……大丈夫でしょ。たぶん」
そわそわする2人の部屋に扉を叩く音が鳴り、勢いよく立ち上がり佇まいを正して「はい!どうぞ!」と扉の方を向くと姿を現したのは領主だった。
「もう寝るところだったかな?」
「いいえ、その……高級すぎて寝るのが躊躇われるといいますか……」
「マシュ、そう気にせずともいい。2人はブルーベルの救いになるかもしれないのだから、その前に身体を壊しては困るだろう?」
「それもそうですね」
「ところで領主様、私達に何か御用がございましたか?」
執事に頼むでもなくわざわざ領主自らが部屋に来たということは相応の理由があるはずで、2人は領主に促されるままソファーに腰を下ろした。
「まず、先程の……車椅子と言ったかな?あれはどこかで見たことがあるのかい?」
「いいえ……その、椅子に座っている時に動いたら楽なのにと思うことが多々ありまして……」
「なるほど。その小さな思いから柔軟に発想を広げ形にできるまで書き出せるのは才能としか言いようがない。トリーは素晴らしい才能を与えてもらったんだね」
「はい、あ、いえ……」
トリーは嘘が苦手だ。
前世にあったものを丸パクリで書いているからこそ素晴らしい才能と言われても受け入れられず動揺を隠せないのだ。
きっと領主にこの動揺は見抜かれているし、嘘もバレている。
ただ、言及しないのは領主の優しさからなのだろうと思いながらマシュは話を変えることにした。
「領主様、ブルーベルお嬢様の病気は公表されてないんですか?」
「あぁ、マシュは察しがいいね。ブルーベルが病に臥せっているという事実は公にできないということを伝え忘れていたと思って就寝前に失礼したんだよ。我がガナッシュ家に跡取りはブルーベルしかいないし、私は入婿なんだ。例え他に私の子がいたとしてもその子供にガナッシュの継承権はない。そして、ガナッシュ子爵という爵位を狙う縁者は思ったより多く、ブルーベルが病に臥せっていると知れば彼らは屋敷に押し掛けてくるだろう。最悪、彼らによってブルーベルの命が奪われることも有り得る」
「……貴族の家督争いって怖いんですね」
「そうだね。病気についての情報を得る得られずに拘わらず何か進展があったなら手紙で知らせて欲しい。手紙は商業ギルドにいる配達員に頼めばいいからね。そして、もし見付からなかった場合は私からの返事が届き次第ポルコネまで足を延ばして貰えないだろうか。治す方法を探し続けてほしいんだ」
ポルコネはキャベッシュ王国で4番目に大きな都市。
2人にとっては未知の大都市に他ならず当然不安はある。
それでも、行くと決めたのだから見つかるまでどこまでも行こうと2人は視線だけで確認し合う。
「わかりました。多大な恩を返すために必ず治す方法を見つけてから帰ってきます」
改めて覚悟を決めた2人はどことなく凛々しい表情で領主を見送り、ソファーに項垂れる。
「今の私カッコ良かったな」
「マシュ、カッコ良かったよ。今の一言が無ければ」
「そんなこと言ったってハッタリかましてないと無理だよ〜不安しかないよぉ〜まぁ、なんとかするけど〜」
「必ずって言っちゃったね〜」
「ひぇぇぇ」
緊張感の抜けた2人が眠りについたのは、それから2時間後のことだった。
朝になり重たいカーテンを開けると暖かな日差しが差し込む。
旅立ち日和だ!幸先良い!と話しながら領主から貰った装備に着替る。
昨日まで着ていた服は置いていっていいとのことだったので畳んでベッドの上に置き、少しだけ空きのある鞄を持って玄関ホールに向かう。
昨日と同じく少しだけ殺風景なホールには老執事が待っていて2通の手紙を渡された。
「どうぞ幌車の中でお読みください。いってらっしゃいませ」
差出人のところに領主の名前、もうひとつにはブルーベルの名前があり、手紙をトリーの肩下げ鞄にしまう。
深くお辞儀をした老執事に元気よく「いってきます」と返して再び2人の旅は始まった。
幌車の乗り場は商業ギルドの隣にあり、まず受付をしなくてはいけないらしかった。
乗車賃や宿場、食費などを先払いする制度だと受付のお姉さんの説明を聞き、全てを終えてキャロメル行きの幌車乗り場まで案内されると見知った顔を発見する。
「あ、ミルヒさん!」
「ん?マシュとトリー?こんなところで何してるんだ?領主様には無事に会えたか?」
「はい!お会い出来ました!ただ、ちょっと……お仕えすることはできなくなってしまって」
口を滑らしそうになったトリーの服を引っ張りマシュが笑顔を取り繕う。
正直なのはトリーの良いところだが嘘が苦手というのは今後も頭に入れておかなければと自分自身に擦り込みつつ、あの日とは違って万全の装備をしたミルヒの装いを見る。
「実は、今の教養レベルだと足りないみたいで。だから、キャロメルで勉強してからもう一度行こうって話になったんです。ミルヒさんはお仕事ですか?」
「あぁ、幌車の護衛任務だよ。2人が乗る幌車のね」
「そうだったんですね!見知った人がいると安心感倍増ですね」
「それは良かった。ほら、荷物貸しな」
2人が持っていた荷物を手渡すと先に幌車に乗せ、次は1人ずつ手を取って小さな台を経由して乗せてくれる。
あまりに自然なミルヒの行動に「かっけぇ……」と呟いたマシュの言葉にトリーが賛同しているとコツンと小突かれる。
「おとなしく乗ってるんだよ」
「はーい」
同時に返事した2人は初めての長旅に心を躍らせて出発の時を待ち、暫くしてギュウギュウに詰まった幌車が動き出した。
幌車には様々な理由でキャロメルを訪れる人達が乗っている。
商人だったり、出稼ぎに出ている夫のもとに向かう母子だったり、中には叔父のもとに修行に向かう幼い兄弟なんかもいる。
どう考えても手紙など読める状況ではなく、ガタガタと揺られる中で舌を噛まないように注意しつつ持ち込んでいたおやつの交換などをしていたら気付けば夕暮れ時に差し掛かっていた。
「次の村にあと少しで着きます。今日はそこで宿泊になります」
幌の外から掛けられた声に返事をし、手紙を読めることを期待して村への到着を今か今かと待った。
しかし、到着後すぐに入った宿場は大部屋であり、1部屋に6人ほどが泊まれるようになっていた。
互いの姿を隠すような衝立もなく、流石に貴族からの手紙を人前で読む訳にもいかず2人はキャロメルに着くまで我慢しようと決めて手紙をトリーの鞄の中に戻した。