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42話 雪氷の麗水とその頃……

 光りに包まれたトリーは不思議な場所に佇んでいた。

 辺り一面がガラスのような、透き通る氷のような幻想的な場所だ。地面に触れるとひんやりと冷たく、薄く水が張っている。


「は?いや……え?ど、どこ……マシュ!マシューー!」


 相棒の名前を呼んでも返ってくるものはなく、恐々と透き通る氷塊の裏にしゃがみ込む。

 生まれてこの方一人きりになったことなど無く、誰もいないことがここまで不安を増長させるとは思ってもいなかった。

 不安げに眉を下げ、当たりを見回すが出入り口のようなものは無く、静寂の中でポチャンと何かが水面に落ちる音がし、そちらに顔を向けると淡水色の結晶が浮かんでいるのが見え、魔獣がいないのを確認してからそれに近付いた。

 結晶の最下部からは一滴ずつ雫が零れていて、それに触れてみると痛いほど冷たい水が忽ちに消え、魔力が溢れる感覚があった。


「え……何これ」


 トリーの声に応える者は誰もいない。ただ静寂とゆっくりと雫の落ちる音だけがこの場所にはある。

 覚えたての鑑定スキルを使うと【雪氷の麗水】という文字が出てきたが使い方や効能などは一切書かれていない。

 ただ、そのものの名前と【雪氷に選ばれた者のみが与えられる恵みの水】とだけ書かれていた。


「れい、すい?あ、麗水ってことはメモに書かれてたやつかな!そいえばマシュがここらへんにあるって言ってたっけ。え~めっちゃラッキーじゃん!持っていきたいけど何か瓶とか袋とか……」


 不安げな空気はどこへやら。

 自分の幸運に適当に感謝しつつ自分の鞄を漁るが液体を入れられるようなものは無く、手に持っていたマシュの鞄を拝借するとシロの餌用に買っていた飴が入っていた瓶が複数個入っていた。

 全部をシロに持たせていなかった理由は、きっとシロがマシュの目を盗んで勝手に食べてしまうからだ。

 だが、今後シロにはトリーが作る氷菓子を与えることになっているため飴が無くても大丈夫だろうと飴を一先ずトリーの鞄に入っていた袋の中に移して瓶には麗水を入れようと決めた。

 しかし、瓶で掬おうにもトリーの手が麗水に触れてしまうと周辺の麗水が消えてしまい、一向に瓶の中に溜まらない。

 かと言って結晶の下に瓶を置いて溜めようにも一滴零れてから次の雫が零れるまでの間隔が長くて一向に溜まらない。


「マシュ……なんか知恵を分けてくれ……」


 無茶言うなという声が聞こえてきた気がしたが、空耳だろうと何かないかと鞄を漁る。


「そういえばスプーンで掬えばいいじゃん!……ないじゃん!全部シロが持ってんじゃん!え〜どうしよ〜」


 独りごちては鞄を漁り、ふとサイドポケットに突っ込んだままの手袋の存在を思い出した。

 足元の麗水が消えていないということは素肌だと駄目なのだろうと思い、手袋を着けて麗水に触れると麗水はそのままそこに在る。


「これは天才」


 自分で自分を持ち上げるのも忘れない。

 ただひとつ難点は、手袋が布製であるがゆえにめちゃくちゃ滲みることくらいだ。

 しゃがみこみ「冷たッ!」と口に出しながら瓶の口に麗水を押し込み、大きな瓶3つ目に蓋をして天井を仰ぐ。


「地味すぎる。疲れた。腰が痛い。あと、めちゃくちゃ眠い。まぁ、でも目的のものが手に入ったのは僥倖ってことでね!ふふ~ん、マシュ、びっくりするだろうな~。あ、でもフルーティーのメンバーには言わないほうがいいんだっけ。まぁまぁまぁ、まずは入れるのが先よ」


 鼻歌を歌いながら残る5つの瓶にも麗水を入れ、グッと背を伸ばすとボキボキっと音が鳴る。

 大きな欠伸をしつつリュックを背負い、ふと足元を見ると麗水に浸かっていたスカートの裾がやや凍っているのが見えた。


 「え?凍るのはヤバくない?まっ、えっ、どうやって出たらいいの!?マシュ!マシューーーー助けてーーーーーッ!」


 相棒の名前を叫びながらエリア内をくまなく散策するが、やはり出入り口は見付からず、トリーは途方に暮れるのだった。


 一方その頃、取り残されたマシュはスカーレットドラコとフルーティーの戦いをシロを抱きしめつつ壁の隅の方で小さくなりながら眺めていた。

 ギルドカードの連絡機能を使い何度もトリーにメッセージを送ったが『送信できませんでした』の文字しか出てこず、シロに預けていたルーペを使って魔力の痕跡を探してもトリーの魔力らしきものも見つからず、フルーティーのメンバーに伝えようと思ったがどう考えても近付ける雰囲気でもなかったのだ。

 いや、攻撃と攻撃がぶつかり合った時に発される衝撃波のような何かで物理的に近寄れなかったという方がいいかもしれない。

 マシュとトリーという足枷が取れたフルーティーのメンバーは猛獣か怪獣か、はたまた鬼神のようなのだ。

 ストロベリーの拳を叩き込まれたスカーレットドラコが土煙を上げながら吹っ飛び、そこに重なるように2匹目のスカーレットドラコがアップルの鞭によって持ち上げられ、ぶん投げられ、追い討ちのようにグレープがかかと落としをくらわせている。

 唯一、近寄れそうかと思ったメロンは常時バフを掛け続けているのか歌い続けているし、マシュが入り込む余地は全くないと言っていい。


「トリー……早く帰ってきてくれないかな……」

『怖いッス……』

「探しに行くにもどこに行けばいいかも判らないし、あそこは近付きたくないし……」


 攻撃魔法を使わないのは何故なのか。

 剣を使わないのは何故なのか。

 なんで拳と蹴りだけでAランクの魔獣と戦えるんだ……と引き気味に呆然と眺めることしかできない。

 最後は腹を見せたスカーレットドラコに強烈な一撃をお見舞し、その戦いは終結したのだが、このエリアに立ち入った時と比べて地面も壁もボロボロになっている。

 遠目に見る素材採取は、そこはかとなく恐ろしいものに見えるし、思わず「蛮族か」と呟いた。


「ちょっと、リーダー!鱗に傷が付かないようにってお願いしたじゃない!」

「もぉ〜だから魔法使ってないでしょ〜?アップルは素材のこととなると煩いんだから〜。って、マシュちゃんとトリーちゃん、グリーフリー倒してるじゃない!」

「あらァ、凄いじゃなァい!」

「サクッと素材採取しちゃうから待っててねぇ」

「そういえば、2人は虫型が苦手だったわよね。アンドリュー、グリーフリーの素材採取を手伝ってあげて」

「あ、あの……トリーが消えて……」

 

 やんややんやと言い合いながらもの凄いスピードで採取を進めるフルーティーのメンバーに近付き、トリーの姿が消えたことを伝えると凄まじい剣幕でストロベリーに詰め寄られる。


「どおおおおおおおおおおして早くそれを言わないのよ!」

「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」

「一体どこで消えたの!どうやって消えたの!」

「あ、あそこに魔法陣みたいのが出て、それでシュンッて光りに包まれてヒュッて!」


 トリーの姿が消えた場所を指差して説明するも、フルーティーのメンバーでさえトリーがどこに行ったのかはわからないらしく周辺を探すかという話になったが突然エリアの中央に魔法陣が出現し、トリーが現れた。

 なぜか虚空を叩く仕草をして。


「あ、あれ?」

「トリーーーーーーー!どこ行ってたんだよ!無事で良かったよぉぉぉぉッ」

「え、あ?マシュ?ぐっ」


 駆け出した勢いそのままにトリーに飛び付き、力いっぱい抱き締めると苦しげなトリーが背中を軽く二度叩く。


「いやぁ、心配掛けてごめん。なんか訳分からん場所に移動しててさ……麗水手に入れたよ」


 囁くような最後の言葉にピクリとマシュの眉が上がり、身体を離して視線を合わせ、結果オーライと言わんばかりの笑顔を見せ合う。

 その後、メロンに怪我はないか体調に異変はないかと揉みくちゃにされている最中に魔力の嵐が吹き荒れ、気付けばダンジョンの入口があった森の中に戻っていた。

年末年始の更新はお休みになります。

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