40話 ダンジョンボス討伐1
森の中を進み、ダンジョンボスがいる洞窟の中に入る。
今までのどの場所よりも湿度が高く、何より暑い。奥に進むにつれて熱気が増しているように感じる。
流れる汗を拭いながらトリーが作った氷嚢を頭に乗せたり首裏に当てて体温を下げつつ氷を口に含んで水分補給をしながら足を動かす。
「この奥が最後のエリアよ。気を引き締めてかかりましょう」
ストロベリーから掛けられた言葉に頷いてボスエリアに踏み込む。
至る所にある繭はグリーフリーの繭だろう。
これを採取したらいいのかと確認してから採取方法の説明を受ける。
このダンジョンに棲息するグリーフリーは風属性であり、繭を採取するには冷水などで全体を冷やしてから切り開き、中の幼虫を取り出してから壁などに接着している部分を切り離すのだという。
「幼虫も殺してしまわなければダメよ。皮膚を麻痺させる粘液を持っているから素手で触れないように気をつけて。それと天井の中央に蛹が見えるでしょう?あれが開いたら戦闘が始まるから、その前に採取を終わらせるわよ」
そう注意を受け、トリーは繭を冷やす役割を、マシュは冷えた繭を切り開く役割を貰った。
次々と作業を進め終りが見え始めた頃に岩陰で何かが動いたのが視界に入ったグレープが瞬時にそちらに目を向け、言い放つ。
「魔獣よ!」
一斉に全員が振り返った先に岩の上からこちらを警戒する2匹の赤い大蜥蜴の姿がある。
赤の小さな鱗は警戒を物語るように逆立ち、背にある小さめの翼は威嚇のためか開かれたまま動かない。
ギョロッと飛び出た4つの目がぐるりと周囲を見回してから、再びこちらを向いた。
「スカーレットドラコが何でここにいるのかしらねェ」
昨日からこんなんばっかじゃない?という疑問をマシュが飲み込み、トリーがあたふたしながら杖を握りしめて隣で作業していたメロンの後ろに隠れるように立ち上がる。
「もしかしてアレもAランクですか?」
「そうよ。スカーレットドラコもここに棲息している魔獣ではないはずなんだけどね」
「ドラコ属は、進化するとリザード属の進化種なのよぉ。リザード属はアレの羽がないものを想像するといいわぁ。ちなみにドラコ属の尾の先と背ビレには麻痺毒があるから触れないように気をつけてねぇ」
「リーダー、蛹が孵るわ。二手に分かれるほうがいいかもしれないわね」
「流石にドラコ2匹を2人に相手させるわけにはいかないわね。トリーちゃん、マシュちゃん、あのグリーフリーは風属性で、今までは弱点がないと言われてきた属性でもあるけど、もしかしたらトリーちゃんの氷魔法が効果を発揮するかもしれないわ。そっちは頼むわね」
「は、はい!」
「グリーフリーは、そもそも物理攻撃が効きにくいのよォ。その点も注意してねェ」
「気を抜いちゃダメよ。Dランクとはいえ2人にとっては強敵だし、ここにいるのは風属性のグリーフリーだから火属性のスカーレットドラコと連携されるとスカーレットドラコにバフ効果が付くわ」
「バフ効果も考慮するべきではあるけれど、何よりグリーフリー自体が強化されている可能性もあるわね。それに……蛹の数がひとつじゃないわ」
アップルの視線の先にある蛹は3つ。そのうち1つの背面が開き、緑の鱗粉が舞うのと同時に真緑の翅が現れた。
「キモ……」とグリーフリーを見ていたトリーが呟くのも理解できる。
蝶のように美しい魔獣を想像していたが出てきたのは緑の翅に赤の斑点模様があり、赤褐色の胴体部分には黒の縞模様というグロテスクな魔獣だった。
蝶というよりは蛾だろうか。
残る蛹が蠢いているところを見ると時間をかけてしまえば一気に3体のグリーフリーを相手にしなくてはいけないのだろうと思いメロンに視線を向けると「ちょっと多いわねェ」と溢している。
それでもフルーティーのメンバーにとってグリーフリー程度では驚異にはならないのか特に慌てるでもなく武器を手に持っていた。
レオスニードの咆哮を合図に状況が動き出す。
2匹のスカーレットドラコが咆哮に怯むことはないものの警戒を強めて威嚇体勢になり、鋭利な尾先を高く上げレオスニードに向かって牙を見せつける。
キマイラよりもランクの低いグリーフリーは咆哮に怯み、緑の鱗粉を撒き散らせながらレオスニードから距離を取った。
これによってグリーフリーとスカーレットドラコの間にも距離が空き、分断に成功するとメロンからトリーとマシュに「さぁ、頑張ってェ」と声がかけられた。
ボスエリアは随所に埋まっている赤と緑の魔石が輝いていて明るいものの光源と同系色のスカーレットドラコはマシュたちの位置から視認しにくい。
所々にある石柱の陰に入っては全く見えないと言っていいだろう。
ふよふよと浮いているグリーフリーと比べてスカーレットドラコがどれほど俊敏かも想像つかないし、視界外から突然攻撃されれば一溜まりもないんじゃないかとも思う。
唯一スカーレットドラコの位置を確認できる方法は、フルーティーのメンバーや従魔たちの顔がどちらに向いているかを確認するというものくらいだろう。
「なんか……蝶?蛾?にしては動きおかしくない?」
そう呟いたのはトリーだった。
グリーフリーを観察し、一般的なグリーフリーとの違いに気付いたらしい。
そもそもグリーフリーは動きに俊敏性はなく、危機察知能力にも乏しいのだと魔獣図鑑に書いてあった。攻撃性も著しく低く、襲ってくる危険性は無いに等しい。
では、なぜDランクに属しているかというと体液と鱗粉には触れると人体に何らかの影響を及ぼす危険性があるからだ。
火属性のグリーフリーであれば重度の火傷のような症状が、水属性のグリーフリーであれば触れた部分を溶かすような症状が、風属性であれば小さな裂傷が起きる。
小刻みに翅を動かし小さく上下しながらゆったりと浮遊するのだけで攻撃性の低いグリーフリーのランクが上げられているのは、これだけが理由であり、もし攻撃性や俊敏性があったとしたならばもっと上位のランクに属していてもおかしくはないらしい。
その説明を受けたマシュは目の前にいるグリーフリーを見上げた。
天井間近で大きく翅を動かし、俊敏性も高く鳥類に近い動きをしている上に羽撃く度に緑色の鱗粉が目に見えて降り落ちている。
「なんか、えっぐい量の鱗粉降ってきてるけど」
「キモさがカンストしとる」
「あの……アレ、できん?アレ」
「オッケー、鑑定ね」
言われるがまま覚えたての鑑定を使うとグリーフリーの特徴が書かれた画面が出てくる。
鱗粉に触れれば小さなかまいたちのようなものが発生し、対象に傷を付け、その傷に体液に含まれる高濃度の麻痺毒を触れさせると人や魔獣によっては死に至るらしい。
その他に体力ゲージや魔力ゲージも載っていると伝える。
「バフやデバフ効果に関しては何も書かれてないの?」
「ないね」
「なるほどねぇ……」
「ってことはァ、トリーちゃん鑑定スキルは診察系のスキルではないのねェ」
「ふぁッ!?」
「メロンさん!?」
いつの間にか後ろに立っていたメロンから掛けられた声に驚き振り返ると、矢継ぎ早に鑑定スキルについての説明が始まる。
「アタシみたいに回復や付加効果メインの白魔法士が持ってる鑑定スキルは診察に分類されるのよォ。体力ゲージや魔力ゲージの他に対象の状態もわかるのォ。例えばあのグリーフリーには物理攻撃無効の状態効果が付いてるわねェ」
「個体説明みたいのは誰でも見れるんですか?」
「そっちはアップルちゃんとグレープが持ってる鑑定スキルで見れるわねェ……っと、そろそろ説明してる場合じゃないみたいねェ。もし可能なら戦闘中、鑑定スキルは常に使っておくことをオススメするわァ。視認できるくらい近くにいれば索敵にも使えるし、魔力感知系のスキルを持っていれば追々は遠距離の索敵スキルを会得できるはずよォ」
なるほど、と頷いて助言のとおり鑑定スキルを使い続けることにしたトリーとグリーフリーを観察し続けていたマシュの肩にメロンの手が置かれ、心地好いテノールの声が2人のあらゆるステータスを倍増させた。
メロンがここに残ったのは2人と従魔たちにバフ効果を与えるのが目的だったらしい。
最後に「倒せるなら倒していいけど無理はせず、時間を稼いでくれるだけでもいいわァ」と残してフルーティーのメンバーに合流すべく駆けていく。
さぁ、戦闘だ!と意気込み杖を構えてグリーフリーを見やり、トリーが杖を握る手に力を込めた瞬間、ドンッドンッという轟音と共にストロベリーの雄叫びが耳に届いた。
「向こうも始めたみたいだね」
「うん」
「じゃあ、こっちも頑張ろうか」
マシュの言葉に頷き、天井付近に揺蕩うグリーフリーを見上げた。




