4話 幼馴染2人は恩人に会う
ミルヒに言われた通りの道を進むと確かに丘の上に大きな屋敷を見つけ、そこに向かってひたすら歩き続ける。
商店街には見たことのない食べ物や服飾品、防具や武器といったものも並んでいて距離があってもそれほど苦ではなかった。
屋敷の門前に立つ憲兵に事のあらましを伝えるとすぐ邸内に招き入れてくれる。
領主が覚えていてくれたことに感謝しながら燕尾服の老執事に案内された応接室は思っていたものより少しだけ閑散としていた。
「マシュ、トリーよく来たね。変わらずブルーベルのことを想い続けてくれたこと嬉しく思うよ」
そう言った領主は最後に見た日よりも老い、窶れていた。
それに屋敷の規模に対して従者の数が少なく応接室に着くまでに見かけたメイドはポター村まで一緒に来ていた女性1人だけだった。
他の場所で仕事をしているのかもしれないが、屋敷の中はあまりに静かで少しの足音さえ響いていたのだ。
一体何があったのだろうかと2人に緊張が走る。
「さて、本題に入ろうか……まず、子爵家で君たちを雇うことは出来なくなってしまった」
俯く領主の姿に2人は無言で顔を見合せる。
トリーの動揺が激しく、それを見ていたマシュは逆に冷静さを取り戻していき落ち着けるために少しだけ深く息を吐く。
「……何故か聞いても宜しいでしょうか」
「そうだね、ブルーベルが妹のように可愛がってきた君たちにならいいだろう」
老執事が淹れた紅茶を一口だけ飲んだ領主は心を落ち着けたように見える。
「ブルーベルが原因不明の奇病に冒されてしまってね。感染するようなものではないが、進行を遅らせる薬はあっても治す薬はないんだ」
「神官様の回復魔法でも治らないんですか?」
悲しげに眉尻を下げた表情は改善の余地すら無かったのだと物語る。
2人にとってブルーベルは何にも代えがたい存在。
できることなら助けになりたいと思っても自分たちには何もないのだ。
膝の上に置いていた手を握りしめ、やっとの思いで口にした言葉は「私達に何かできることはありませんか」というもの。
「……そう、だね。もし良ければキャロメルに行って病気に関することを探してきてくれないかな?」
「はい!行きます!絶対に探してきます!」
「キャロメルには多くの書物が集められた図書館があるんだが、まずはそこから探すといい」
「わかりました。私もお嬢様を治せるような白魔法とか、色々探してきます!」
「トリーは白魔法士の素質があるのかい?」
「はい。適性ジョブ検査でそう言われました。まだ全然魔法なんて使えませんけど探すくらいは出来るので……」
「そうか。マシュはどうなんだい?」
「私は従魔士の素質がありました」
「なるほど。2人とも素晴らしい素質を女神様から頂いたんだね」
「はい。その代わりに魔法の才能は本当に無くて……生活に必要な魔法ですらほぼ扱えません」
「それを言うと私は料理の才能が壊滅的でした。焼き物は全部炭になります」
切り替えの早いマシュに引き摺られるように顔を上げているトリーの冗談をクスクスと弱々しく微笑む領主の姿があまりに痛々しい。
なにせブルーベルは亡き夫人の忘れ形見であり、領主の唯一の子。領主にとっては目に入れても痛くないほど愛しい存在なのだ。
2人にとっては領主だって大恩人で、目の前に座る恩人に元気で居てほしいと願うのも当たり前のこと。
キャロメルはガナッシュよりも大きな町ということもあり、もしかしたら新しい情報があるかもしれない。
可能性がある限り諦めず情報を探し出そうと心に決める。
「お嬢様の病気に関してですが、どういった症状があるんですか」
「爪先から徐々に硬化していくものみたいだ。1年半前に発症し、既に両足の脛辺りまで硬化してきているね」
「他の症状は……」
「あとは体温がとても低くなっているかな。硬化した部分はまるで氷のように冷たくなっていてね……最近は外に出られないせいもあってか気鬱になっていて乳母を務めていた侍女しか傍に置きたくないと言っているんだ」
だからブルーベルは姿を見せないのかと納得がいく。
発症前に特別変わったことはなく、原因もわからず治療法もわからないとなれば領主の気が休まらないのは当然のことだ。
せめて何かひとつでもブルーベルの気が晴れるようなことを提案できればいいのだが、とマシュが俯いているとトリーが「あっ」と小さく声を上げた。
「ねぇ、マシュ。車椅子は?あれがあれば外に出られるんじゃない?」
「あ〜、確かに」
そう言って出っ張りもなければ余計な物も置かれていない広い廊下だったことを思い出す。
「あの広さなら余裕で通れるね」
「領主様、お嬢様が望まれるなら外出はできるようになるかもしれません」
「それは本当かい?複雑な魔法を必要とするものなんじゃないかい?」
「いいえ、基本構造は複雑でもないですし技術者さえ居れば木材でできます。紙とペン、あれば定規を貸していただけますか?」
そう尋ねると領主に呼ばれた老執事がすぐに必要なものを揃えてくる。
トリーが車椅子の完成図をスラスラと描けるのには、理由がある。
それは青葉の記憶があるからだ。
彼女は工業系の高校の出身で、物を作ることを得意としていた。それに絵も得意だったのだ。
2人で描いていた漫画は物語を蓮が考え、絵を青葉が担当していたという過去がある。
唯一この車椅子に懸念点を上げるならゴムという製品がないことだろう。
鉄製では重すぎるため木製の車椅子を提案しているがタイヤのゴム部分に関しては代わりの素材も思い浮かばない。
トリーの手が止まり小さく唸る姿に何を悩んでいるのか理解したマシュが横から口を挟む。
「スライムは?あれって弾力あるよね?生きてるうちは分離したり、ぶにょぶにょしたり飛び散ったり水分大目な感じするけど死んだらある程度硬い弾力のある素材になるって村長が言ってたような気がする。最低ランクの魔獣だし、安価に入手できるんじゃないかな?」
「確かに!」
「もしスライムが駄目だったとしてもキャロメルに行ったらガナッシュには無い素材とかあるかもしれないし……それに滑りにくくて緩衝材になるものって書いておけば職人さんから提案があるかもだしさ」
「そうだね。書いておく」
「あと椅子と背もたれにクッション付けるならツルツルした素材はやめたほうがいいかもね。病気のときって重い素材の服って着ないし、どちらかと言えば柔らかくて滑る素材多いはずだから滑り落ちる危険あるよ」
「それなら足乗せる部分も滑りにくいようにスライム素材とかのほうがいいかな?」
「うん」
話し合いながら完成図を書き上げていく2人の姿を見守る領主と老執事は驚きを隠せずにいる。
そこそこの風魔法さえ使えれば人間1人くらいは宙に浮かせて簡単に移動させられるこの世界で車椅子のようなものを必要とする人間はそう多くない。
従魔士であれば尚更必要としないものだろう。
だが、身の回りに風魔法を得意とする者や従魔士が居ない場合は便利なものとして考えられるはずのものだ。
そして、今この子爵邸に従魔士はおろか風魔法を得意とする者もいない。
領主は愛する娘が自らの意思で再び外に出られる可能性を目にして薄っすらと涙を浮かべる。
「まずは試作品を作ってみないと改良点がわからないですし、作ってみるかどうかは領主様にお任せします」
差し出された完成図を手に深々と頭を下げて感謝を述べる領主に2人は恐縮しきりで慌て始める。
それもそうだ。貴族が平民に、それも孤児として育った者に頭を下げることなど普通はあり得ないのだから。
何よりブルーベルが車椅子を欲しがるかはわからない。
余計なお世話だと言われるかもしれない。
優しいブルーベルのことだから表面上は感謝の言葉を告げてくれるのだろうがプレッシャーを感じてしまうかもしれない。
だから、自分たちは何も言わずキャロメルに旅立とうと決めた。
「少し待ちなさい。キャロメルまでは距離があるから今日は準備と休養に使い、明日出発するように。何より低ランクとはいえ魔獣も出るのだから出来れば護衛のいる幌車を使ってほしい」
そう言った領主は老執事に何事か耳打ちし、老執事は何かを取りに退室していった。
「今夜過ごす部屋と装備、それと少しではあるが路銀も用意しよう。道中の宿泊費や食費、移動費は別に用意するよ」
「そんな……」
「いいんだ。これくらいは手伝わせてほしい」
「はい。ありがとうございます」
三度現れた老執事に案内されたのは別館の見たこともない調度の飾られた部屋だ。
テーブルの上には先程言っていたものとキャロメルまでの道程が書かれた地図が置いてあり、堂々と置かれた大きなベッドは2人で寝ても余るほど。
昼時ということもあって軽食をもらい、食べ終えた2人は旅に必要なものを見繕うため商店の並ぶ大通りへ向かうことにした。