37話 幼馴染2人は白状する
湖面に張っていた分厚い氷が隆起するように盛り上がり、砕け散った氷の欠片が粉塵となって周囲に舞って視界を塞ぐ。
目を凝らしてもマシュには何も見えなかったが、隣からトリーの「まじ?」という声が届いた。
「え、なにかあったの?何も見えないんだけど」
「倒したみたい……」
「ど、どういう状況?」
「状況はわからないんだけど、鑑定スキルの使い方と同じ要領でサーチもできるっぽくて……」
「要するに?」
「アクアリージュが消えたのとお姉さまたちがジャッキーさんに乗って浮いてるのが見える。あと、ステータスというか個体説明がビビるほど明け透けに見える」
「えぇ……」
「レオスニードさんの種族はキマイラっていうらしい。あと、好物はコカトリスとグリフォンの雌らしい」
「……コカトリスとグリフォンって、あの……よくゲームに出てくる強い魔獣……それが、餌?」
「見なかったことにしよっか」
トリーの提案にコクコクと小さく頷くが他に何が書いてあったのか気になるマシュがそわそわと好奇心を抑えられておらず、トリーはそっと耳打ちすることにした。
「ストロベリーさん、妻と夫が合わせて5人いるらしい」
「5!?いや、待って?!妻、え?夫?え?んな……え?」
「子供は8人いるらしい」
「子沢山!」
ますます彼女なのか彼なのか判らなくなってきたところで2人はストロベリーが性別なんてものを問題にしない大きな愛の持ち主なのだろうと結論付け、徐々に晴れていく視界の中にジャッキーとレオスニードを見つけ、声をかける。
すぐ声に気付き近くに降り立つとジャッキーの背中に乗っていたフルーティーのメンバーたちがなにか話し合いながら次々に降りてきた。
「流石におかしくなぁい?2人を連れてこのままクリアするのは難しくはないけどぉ、なにかあったら問題になるわよねぇ」
「でもォ、あと少しじゃなァい?」
「私は、どちらでもいいわよ?リーダーの判断に任せるわ」
「このまま進みましょう。ただ、別行動は無し、それと今まで以上に警戒すること。いいわね?」
「えぇ、少し気になることもあるし……ね、キティちゃん」
「……えっ、な、なんでしょう……」
躙り寄るアップルから目を逸らし、じりじりと後退していくも壁にあたり逃げ場を無くしたマシュが「ヘヘッ」と苦し紛れの笑いを零した。
「あ、あの……マシュが何かしたんですか!?」
「そうね、マシュちゃんは何故か白のキングイエティの弱点を言い当てたのよね。本当に不思議だわ」
「キングイエティに白なんているのぉ?」
「それは不思議ねェ」
「そ、その話は後ほど落ち着いてからで如何でしょうか……ヘヘッ」
「……いいでしょう。じゃあ、さっさと出るわよ」
そう言うとストロベリーは氷塊を溶かしていたイナリにマシュのもとに行くよう促し、足場を整えた上で力を込めた拳を氷塊に叩き込んだ。
出口を塞ぐほどの巨大な氷塊が簡単にバラバラと崩れ落ちていく。
トリーとイナリの合せ技はストロベリーの拳一発分にも敵わないのかと、その明らかな差にトリーが愕然とした。
鍾乳洞を抜けると夕暮れの空が覗く。
想定より時間が経っていたことやAランク魔獣との戦いで2人が疲労しただろうことを考慮して、この日はこれ以上進むことをやめると話があった。
茂る森の中にテントを張り、全員分の食事を作るメロンとグレープの手伝いをしようかと腰を上げると、それをストロベリーに止められ、2人はストロベリーとアップルの前に座らされた。
「さあ、2人には話を聞こうかしらね」
「まずは、キティちゃん。どうしてキングイエティの弱点がわかったのかしら?」
笑顔を絶やさずに聞いてくるあたりが逆に怖いと思わなくもないが、どうするべきかとトリーに視線をやると「言ってもいいんじゃないかな」と答えが返ってきた。
「えっと、まずなんですけど……ルーペでトリーの魔力の色を見てもらえますか」
そう伝えるとストロベリーがルーペを取り出してトリーを見る。
その後ろから覗き込んだアップルがキングイエティの毛皮の色と同じであることに気付いた。
「白……ではないのかしら?」
「私は、水色だと判断しました。そして、これは……たぶんなんですけど、氷属性なんじゃないかと」
「氷?そんな属性あったかしら?」
「トリー、氷出せる?」
「オッケー」
軽い返事のあと、トリーが立て続けに手のひらサイズの氷を出して行き、それをストロベリーとアップルは不思議そうに眺めていた。
「氷を出すだけならメロンも出せるわよ?水と風の融合魔法でしょう?」
「いえ、トリーはまだ融合魔法なんていう高度な魔法は使えません」
「この氷は、私の鑑定スキルでも保有魔力の鑑定ができなかったわ。普通なら水属性と風属性の融合でできた氷って表記がでるはずなのによ」
「……アップル、魔獣図鑑を開いてくれる?キングイエティのところに氷属性がたされてたりしないかしら?」
ストロベリーの指示に従い、魔獣図鑑のキングイエティのページを読むとアップルの視線が一点で止まった。
「属性のところにはてなマークがあるわね」
「そこに氷が当てはまるってことかしら?」
「きっと、そうだと思います。実は、私たちもはっきりと氷属性ってことは言えなくて……それで実験的な感じで、まだ属性を持ってないスライムのシロに毎日トリーが作った氷を食べさせてるんです」
「なるほどね。スライムの特性を活かした実験ってことね」
「それで、火属性が弱点だと思った理由は?」
「イナリが出してた小さな火すら避けてたからです。そして、エヴァンスさんが言うには魔獣の色は、どの属性の魔力を多く持っているかで決まるってことだったので、それならあのキングイエティの毛皮がトリーの魔力の色と同じだったってことは氷なんじゃないかと思ったんです」
「私、他の属性の魔法を使うとしっかり魔力削られるんですけど、氷属性魔法使うときだけ全く魔力減らないんですよね。だから、氷属性ってものが存在するんじゃないかってマシュと仮説を立てたんですけど、断言まではできないし、あったとして前代未聞の属性を持ってることがバレたら自由に冒険できなくなるんじゃないかって話になって……」
肩を落とすトリーの頭を上げるようにストロベリーの大きな手がトリーの両頬を包み、一言「わかったわ」と言った。
一旦2人が話した理由に納得はしても冒険者として新たに属性が見つかったという可能性は看過できるものではないのだろう。
本当にトリーが氷属性を持っているのであればキャベッシュの王立魔法研究所に入れられることは間違いないだろうし、簡単に冒険に出させてくれるとは言い難いことをフルーティーのメンバーも察していた。
不意に料理の片手間に聞いていたグレープが「ドラゴンを見つけるっていう目的のためには確かに隠したいかもしれないわねぇ」と呟く。
「あら、2人はドラゴンを探してるの?」
「はい!そうです!本当に存在するなら会ってみたいってトリーと話してて、それが冒険者になった理由です」
「若人の夢を潰えさせるのは先達のすることじゃないわね」
「ねえ、リーダー。今まで火属性が弱点になる魔獣っていなかったわけじゃない」
「そうね。一応、植物型や虫型なんかは多くダメージを受けるけど弱点というほどではないわね」
「火属性が弱点のキングイエティに遭遇した事実だけを伝えればいいんじゃないかしら。その報告だけしてしまえば、あとは研究所や冒険者ギルドのほうで勝手に調べるんじゃない?」
「2人は王都に向かうんでしょぉ?その時までに言うか言わないか決めておけばいいと思うわぁ」
「……キャベッシュの王都に?」
アンドリューの積み上げたキャベツの千切りの山をバックに緊張を解すように優しげな笑顔を向けたグレープとは対照的にアップルがどこか悩ましげな表情を見せる。
王都に何か良くない思い出でもあるのだろうかと顔色を窺うと深く溜息を吐いてからマシュとトリーに視線を移し、自身がキャベッシュ第2の都市ベカフィコの出自だと話した。
「私の友人にキャベッシュの王都にある魔法研究所で働いてる者がいるのよ。名前はアルデンテ・ベカフィコ。キャベッシュの第2都市ベカフィコの領主の長男だったんだけど政治に興味が無さすぎて勝手に学院に入って勝手に研究所に所属した男なのよ。確かそれなりの役職に就いてたはずだわ」
「おぉ……」
「もし氷属性について公にしたいと思ったときは彼に研究をやらせるといいわ。何でも自分でやりたがる性分の男だから必要最低限の協力をしてやるだけで満足するはずよ」
「それなら、なんですけど……いっそ、そのベカフィコさんに前もって連絡しておくってのも手なんですかね?」
「先に話すと絶対にベビーちゃんを迎えに来るわね。魔法のことにしか興味がない反面、魔法のことになると鬱陶し……手が付けられないのよ」
「それはご遠慮願いたいですね!」
「一応、アルデンテに見たことのない色のキングイエティを発見したとは伝えておくし、それなら報告義務違反にもならないでしょう。あとはベビーちゃんの判断に任せるほうがいいと思うわ。確かに新たな属性を発見したというのは冒険者だけでなく世界に生きる者にとって重要なことかもしれないけれど、全ての権利はその属性を持つベビーちゃんにあるべきだわ。リーダー、そう思わない?」
「えぇ、その通りだね。ただ、これは一線で戦ってきた冒険者の意見として受け取って欲しいんだけど……その情報は多くの冒険者を助けるものでもあるってことだけは知っていてほしいのよ」
「わかりました」
「自分たちにとって邪魔にならないなら、まあ……って感じではあるんですよね」
「そうねェ……でも、公にしたらきっと国がしゃしゃり出てくるわよォ。王族って傲慢だから、民のものは自分の所有物だと思ってる人が多いのよォ」
なんだかやけに実感の込もっているメロンの言葉にどういうことなのか聞き返そうとするが、それを笑顔で躱され、世の中には聞かないほうがいいこともあるのだろうとマシュは同じように笑顔を浮かべて答えを求めることをやめた。




