36話 幼馴染2人は強者たちに魅せられる
水中から飛び出してきた何本もの蔦がトリーたちを襲う。
分厚い氷の張った湖面は何度も叩きつけられているせいでヒビが入り、危険は魔獣だけではなくなっていた。
襲いくる蔦をグレープが斬り落としているおかげで怪我はないものの、斬られては再生するせいで蔦の本数が減らない。
「まずいわねェ。こんなところでアクアリージュに遭遇するなんて思ってなかったわァ」
「あの水草みたいなの、アクアリージュっていう魔獣なんですか?」
「そうよォ、あれはAランクの魔獣なのォ。流石にアタシたちでは手に負えないのよねェ」
「Aランクですか!?」
「そう。グレープもAランク相当の冒険者ではあるけれど、まだBランクだし、アタシはAランクでも攻撃を得意としない側なのよォ。せめてアップルがいてくれたら違ったんだけどォ……」
竪琴で奏でる旋律はアクアリージュの動きを鈍らせながら味方の身体能力を向上させる効果のあるもの。
トリーは蔦が届かないように最後尾に下げられているせいで向上している身体能力を披露する機会は今の所ないものの、元々黒豹獣人のグレープの身体能力は跳ね上がっていて最早目で追えない。
それならついさっき覚えたばかりの鑑定というものをやってみようとアクアリージュに向けて目を凝らす。
ナナホシ草のときと同じく出てきた画面には魔獣の名前や属性、弱点であったりといろいろな内容が書かれているが今はそれを熟読している場合でもないと大まかに目を通す。
アクアリージュという魔獣はメロンが言った通りAランクに属する水属性の魔獣。
弱点属性は雷。見た目は水草のように見えるが、植物ではなく本体がほぼ水で出来ていると書いてある。
きっと、それは2人もわかっているんだと思う。
物理攻撃はアクアリージュに効果がないことも、火と雷の属性を併せ持つ従魔を連れたアップルが現れることを祈るしかないことも。
「体力勝負になるわァ」
メロンがそう呟いた。
確かに時間を稼ぐくらいしかトリーたちにやれることはないのだろう。
耐え続ければ集合場所に現れないことに気付いた3人が助けに来てくれるはずだと信じて戦うべきなのだと杖を握りしめた時、ふと連絡手段があることを思い出した。
「メロンさん!少し離れます!」
声を掛け、一目散にアクアリージュから隠れられる氷塊の裏に座り込みギルドカードを取り出す。
【救援求む、敵はアクアリージュ】この一文だけを打ち込み、マシュに向けて送信した直後、突如として天井に真っ黒な穴が出現し――マシュ一行が降ってきた。
「えぇ……?」
「ヒィッ!」
早すぎる登場に戸惑うトリーと情けない声を上げるマシュ。
慌てながらもモミジとジビエを石に戻し、シロとイナリを抱きかかえている辺り多少の冷静さはあるように見受けられる。
そんな2人とは対照的にフルーティーのメンバーは、即座に状況を判断し声を張り上げていた。
流石Aランクの冒険者といったところだろうか。
「なっ……メロン!サポートして!」
「任せてェ」
「グレープ!」
名前を呼ばれたグレープは武器をしまい一目散に駆け出し、鋭く伸びた爪でストロベリーたちに向かう蔦を次々に斬り落とす。
咄嗟の状況判断に目を見張り、トリーが氷塊の裏から眺めているとメロンが発動した風魔法が落下する面々を受け止め、マシュをトリーの隣に下ろし、フルーティーのメンバーはアクアリージュ討伐のため戦闘態勢に入った。
それからの戦闘は、あまりに鮮やかだった。
指示などなくともメロンは次々に能力向上魔法やアクアリージュの能力減少魔法を使いつつアクアリージュが放つ水魔法の攻撃を防御魔法で防ぎ、物理攻撃を得意とするグレープとストロベリーは防御と撹乱に徹し、アップルは魔法で強化した鞭で蔦を叩き落としながら従魔たちに言葉無く指示を出す。
従魔たちも自分の役割を理解しているのか、自ら考え動いているところを見ると先程のキングイエティとの戦闘でエヴァンスに指示を出していたのは邪魔ですらあったんじゃないかとマシュは思う。
勉強にはなるが、今の自分達では到底できそうもないことだと思った。
Aランクの冒険者とは、斯くあるべきという姿に感嘆の声が漏れる。
「すげぇ……」
「こうやって戦うのよって見せられてる気がするんだけど、全然できそうな気がしないよね」
「そもそも戦闘に対する知識も意識も違いすぎる。実は、私ら連戦なんだけどさ……」
「え、まじ?」
「さっきまでキングイエティっていうゴリラみたいなAランクの魔獣と戦ってたんだけど、なんか知らんうちに終わってた」
2人で氷塊の裏から顔を出し、繰り広げられる魔法の応酬の中でふと聞き慣れない音を耳にしてマシュが自分の足元を見た。
薄っすらと入ったヒビは、フルーティーのメンバーの向かうにつれて深く大きいものになっている。
「ねえ、トリー」
「ん?」
「今、氷魔法使えそう?」
「うん。やれると思う」
「地面の強化しないとヤバいかも」
ヒビをなぞって指を動かせば、トリーもヒビがどこに繋がっているのかを確認し、マシュが言った理由を理解した。
「確かに補強しないとヤバそうだけど……こんな分厚い氷作れるかな」
「ここまで分厚い必要はないんじゃないかな。あくまでも補強であって新しく作るわけじゃないし……てゆか、あの魔獣の弱点って何なんだろう?雷?」
「そう。雷だよ!」
「……じゃあ、あれだ」
「ん?」
「あれの本体に雷ぶち込むより、氷に空いてる穴から湖自体に雷魔法ぶち込んだらいいんじゃん」
「え?あれってアクアリージュのこと?」
「あの魔獣、アクアリージュっていうのか。まあ、それよ。あんな動きまくる蔦に魔法当てるより根本がある湖の中にぶち込むほうが楽だし、一気に終わるくない?」
「そう……か。そうだよね……じゃあ、穴は塞がないようにしないとだね。っていうか、氷魔法使ってもいいの?交渉材料にしたいっぽいこと言ってなかった?」
「さっき戦ったっていうキングイエティが氷属性っぽくてさ。お姉様方も始めて遭遇したってのに私が弱点見抜いたもんだから、なんで解ったんだって詰め寄られてたんだよね。その途中でここに落ちてきたってわけ」
「いっそ説明しちゃった方が楽ってやつね?」
「うん。勝手に判断しちゃってごめんね」
「いやいや、いいよ!」
「そういえば、あれの名前とか弱点って何でわかったん?」
今までの経緯と共に鑑定スキルを持っている可能性について話すとマシュは少しの思考の後に何度か頷いた。
「一先ず、この戦闘を乗り切るのが先か」
「そうだね。すぐ氷魔法使う?」
「いや、……イナリ。あの出口を塞いでる氷を溶かすことはできそう?」
『できるのじゃ』
「じゃあ、アクアリージュがお姉様たちに気を取られてる間にあの出口の方に行って氷を溶かす。その次に氷の強化と同時にレオスニードさんに雷魔法を湖に放ってもらう。そうすると、きっと雷魔法の強さ次第で湖面の氷は割れると思うんだよね。トリーは、お姉様たちがこっちに向かって走る場所だけを何とか確保し続けて欲しい」
「アクアリージュを倒さず逃げるってこと?」
「いや、むしろそうしないと倒せないと思うんだ。湖上に私たちみたいな雑魚が居続けてたら本気で魔法を放てないでしょ?だから、今も仕留めきれてないんだと思う」
「なるほどね。氷が割れないように調整して戦ってるってことか」
「そう。明らかにキングイエティと戦ってるときに見た火魔法より威力が低いんだよね。んで、とりあえず出入り口付近は地面になってるし、崩れて落ちることはないと思う。もし崩れそうならモミジとジビエに地面の強化をお願いしたい」
『任せて!』
石の中から聞こえた返答にありがとうと返して2人は低い姿勢をとったまま物音を立てないよう慎重に歩みを進めていく。
アクアリージュの意識が自分たちに向かないよう細心の注意をはらい出口を塞ぐ氷塊のもとに到着し、イナリの放つ小さな炎で氷塊をじわじわと溶かしていくが思ったように溶けない。
「これだと声をかけるタイミングがわからんね……」
「全っ然溶けないけど普通の氷じゃないんかな?」
「……魔法で作られた氷だとしたら魔力の濃度?保有量?強弱?とか、そういう問題だったりするのかも」
「魔法のことは、よくわからんけど相関関係ってあったりするのかな?火の弱点が水、水の弱点が雷ってな感じじゃん?じゃあ、その逆みたいなのもあるんかなって思ったんだけど」
「なるほど。逆にバフ関係の属性ね」
「そうそう」
「だとしたら、風かな」
「あ、なるほど。だからさっきキングイエティと戦ってるときにジャッキーさんも出てたのか」
「そもそも私が能力を上昇させるような魔法を使えれば……使えるのでは?」
「まじ?」
「そもそも私、白魔法士なんだから考えれば使えるっしょ」
「やってくれ!なんか想像して念じてくれ!」
マシュの雑な願いのあと暫しの沈黙が二人の間に落ち、その間も背後では轟音を鳴らし続ける戦いが繰り広げられている。
小さくうーん、うーん、とトリーが唸り、パッと目を開いた。
「……能力上昇の魔法って想像し難くない?」
「メロンさんにどうやってるのか聞かんかったんか」
「全然聞いてない」
「じゃあ、火を強くするような風を……」
「イナリちゃんの火魔法と同じくらいの強さの風魔法を当てたらいいのかな……」
「ものは試しよ。やってみよ」
イナリが放つ火魔法に絡むように調整しながら風魔法を放つと徐々に火が強くなっていき氷塊が急激に溶け始め、トリーがホッと胸を撫で下ろすも束の間、背後から
氷を叩き割る轟音と共に深いヒビが走る音に驚き振り返った。




