35話 トリーのスキル
時は遡り、数時間前。
トリーは、二手に分かれて歩き始める直前にマシュから心配そうな視線を向けられた。
きっと運動神経の低さを心配してのことだろうと思い笑顔で親指を立ててから背を向け歩き始め、それから2時間。トリーは、二手に分かれたことを後悔していた。
分かれてからすぐに入った洞窟は熱気が充満していて汗を含んだ服が纏わりつき、そのせいで不快感が増しているのもある。
何より戦闘中は必要不可欠な応答だけで済むものの日常会話を上手く話せないのだ。
さっきから返している言葉は「はい」と「そうですね」ばかりでキャッチボールになっていない。
それでも会話が成り立っているあたり、メロンとグレープのコミュニケーション能力が優れているということなのだろう。
ふと先頭を歩いていたグレープの足が止まり、脇道を指差した。
「こっちから水の匂いがするわぁ」
「あら、前に来た時こんな場所に道なんてあったかしらァ?」
ダンジョンマップを覗き首を傾げる2人を余所にトリーは耳を澄ませて規則的に落ちる水滴の音を聞く。
「確かに水滴の落ちる音がしますね」
「行ってみるぅ?」
「こんなダンジョンで新しい道なんてワクワクしちゃうわァ!」
「ダンジョンに新しい道ができることって珍しいんですか?」
「新しめのダンジョンであれば新ルートが発見されるのもわかるんだけどぉ、ここは冒険者ギルドって組織ができる前からあるダンジョンらしいのよぉ。だから、調べつくされてるはずなのよねぇ」
「なんか……ダンジョン自体が進化?とか、そういう感じなことって起こったりは……」
「あるにはあるけどねェ……リーダーの方で何かあればランクの見直しも検討されるかもしれないわねェ。まあ、ここで考えても仕方ないし、とりあえずトリーちゃんを挟む感じで進みましょ!」
「さぁんせ~ぇ」
意気揚々と進み始めたのも束の間、3人の前に現れたのは土壁で、周囲をカンテラの火で照らしてみても道はなく進めそうにない。
壁自体は薄く、向こう側に水源があるのだろうことはわかるのだが不思議なことにグレープが蹴ろうと殴ろうと掘ってみせようと一欠片も崩れないのだ。
何か仕掛けがあるのではとトリーも一緒に周囲を探るが、土ばかりで何もない。
ボソッと疲れたなと零して土壁にもたれかかり、熱くなってきた身体を冷やそうかと2人にバレないようこっそりと冷気を出す氷魔法を使った時、事は起きた。
出したはずの氷魔法が吸い取られ、音もなく消えた土壁にもたれかかっていたトリーが転がった。
冷ややかな風が吹き抜けていき、何が起きたのか理解できていないトリーはただ無言で天井を仰いでいる。
どちらからともなく顔を見合わせたグレープとメロンの視線が転がるトリーに向き、何かやってしまったのかもしれないと顔を手で覆ったトリーを起こした。
「ねぇ、トリーちゃん。アナタ、何か特別なスキルを持ってたり」
「しません」
動揺を隠して間髪入れずに答えたせいか逆に訝しげな視線を向けられる始末だが心の中でマシュに助けを求めたところで今ここにマシュはいない。
どうにか表情を繕おうとしても視線が泳いでしまうし、こういうときはマシュの平然と誤魔化して御託を並べる才能が少し羨ましいとも思う。
精一杯2人の視線から顔を逸して逃げ続けること数分、諦めたグレープが小さくため息を吐いた。
「まぁ、いいわぁ。とりあえず道も開いたんだし先に進みましょ」
開いた先は白と青の世界が広がっていた。
天井から下がるのは夥しい数の太い氷柱、足元には硝子のように透き通った分厚い氷が張っており、どうやらエリア全体が地下水湖になっているようだ。
中央部に穴が空いており底が見えないものの所々に見える岩には何か植物が生えているように見える。
氷柱を伝って湧き水が零れ、湖はそれが溜まってできているもののようで触れてみると水は痺れるほど冷たく、指先にチリッとした痛みがあった。
「こんなに冷たいのに辺りが冷えてないのは不思議ねェ」
「そうよねぇ」
会話を繰り広げる2人の隣でトリーは心の中で「私のせいですううううぅぅ」と叫んでいたが、そんな胸の内を2人が知る由もないのだ。
ふと水の中に目を凝らすと、ぼんやりと水中に光の球が漂っており見たことのない植物が無数に生えているのが見える。
一箇所からそれぞれ違う色をした7本の茎が生え、その茎にはそれぞれ違う形の葉が付いていた。
もう少しよく観察できないものかと水面に顔を近付けた時に半透明の板状のものが目の前に出現し、思わず「うわっ」と声を上げた。
「どうしたのぉ?」
「いや、あの……なんかステータス画面みたいなのが出てきて……」
「あらぁ?トリーちゃんは鑑定スキルを持ってるのかしらぁ?」
「無かっ……たと思います」
「それじゃあ、今身についたのかしらねぇ」
「出てきたものには何か書いてあるのォ?」
「えっと……ナナホシ草、ひとつの種から色が違う7本の茎と葉が生える水草の一種。染色剤に使われることも多いが、それぞれが薬の原料として使われることもある貴重な薬草の一種でもある、って書いてます」
書かれていた文を読み上げると間違いなく鑑定スキルを得たのだろうと言われ、2人がナナホシ草の採取に挑んでいる最中にギルドカードでスキルを確認したが、
スキル欄にそれらしきものは無い。
「スキルは増えてたかしらァ」
「それが……無くて」
「……ってことは特殊スキルのほうで持ってる可能性が高いわねぇ」
「それって王都で神官さんに視てもらわないとわからないスキルでしたよね?」
「そうよォ」
「なんか、王都に行く楽しみが増えました!」
「そういえば目的地を聞いてなかったけど、2人は王都に向かってるのねェ?」
「はい!実はキャロメルの図書館で読んだ伝記にドラゴンがいるって書いてあって本当にいるのか探そうって話しになったんですよ!だから、大きな街に行けば情報を得られるんじゃないかってマシュが言ってて」
「伝説の魔獣を探すなんて夢があっていいわねぇ」
旅の理由は道中でマシュが考えたものだ。
全くの嘘ではトリーがしどろもどろになるし、本当のことは話せない。
それならば事実を混ぜておけば大丈夫だろうというのがマシュの見立てであり、「興味でドラゴンを探してるって言っておけばそれ以上何か聞かれることもないし、ドラゴンのことも聞きやすいでしょ」と特段考え込むこともなく何の気無しに言っていたマシュはやはり口が上手いと思う。
ドラゴンを探していること自体は嘘ではないおかげでトリーも流暢に話せているのだ。
「メロンさんとグレープさんはドラゴンって見たことありますか?」
「アタシは、ないわねェ」
「アタシの故郷にドラゴンが出てくる伝承があった気がするんだけどぉ……口伝ってこともあるしぃ、もう爺婆くらいしかちゃんと覚えてないんじゃないかしらぁ」
「伝承ですか!?キャベッシュ以外にもドラゴンっているんですね!」
「ん~どうかしらぁ。ドンギスって峡谷だらけの国なんだけどぉ、どこかの峡谷にドラゴンがいて、そのドラゴンを倒して建国したって話しだったような気がするわねぇ」
「あ……倒しちゃったんですね」
「まあ、1頭しかいないとは聞いてないし、もしかしたらまだ存在してるかもしれないわねぇ」
「今後、ドラゴンについて何か情報が入ったら連絡してあげるわよォ」
「わぁ!ありがとうございます!」
「ふふっ、ドラゴンに会うためには強くならなくちゃよねェ」
そう話しつつ2人は、どこからか取り出した高枝切り鋏に網状の籠がついた道具を使って器用にナナホシ草を採取し終えている。
大量に採集したナナホシ草をアイテムボックスにしまい、改めて歩みを進めようとしたメロンが「そういえばァ」と言って周囲を見回し始めた。
「どうかしたのぉ?」
「このダンジョンって、温泉が湧いてたわよねェ?」
「そうねぇ」
「さっきまで居たエリアはちゃんと暖かかったというか、むしろ暑いくらいだったじゃない?エリアが違うにしたって、所詮Cランクのダンジョンで、隣接したエリアがここまで気候変動を起こしたりするものかしらねェ」
「そう言うなら、そもそも鍾乳洞になってて氷柱まであるのに最初に冷気を感じた以降、寒さを全く感じないってのも不思議よねぇ」
「あの……多分なんですけど、それ私のスキルのせいかなって思ってて」
冷気遮断というスキルを持っていることと、それは周囲にいる人物にも作用することを伝えると、随分便利なスキルがあるものだと感心しているようだった。
スキルのせいだと知って納得がいったのか、それ以上は何を聞くこともなく鍾乳洞を離れようとした瞬間、地面が大きく揺れたのと同時に氷柱が折れ、足元の氷に突き刺さり、穴を広げていく。
叫びながらも氷柱を躱し、漸く止んだかと思えば出口が巨大な氷によって塞がれているのが見えた。
ヤバいのでは?と思ったときには空いた穴から水飛沫を上げた大きな蔦が3人に向かって伸び、氷柱の無くなった天井がバキバキッと音を立て始めた。




