34話 マシュ、命からがら生き延びる
トリー、普通に話せるといいんだけど。っていうか、氷魔法バレるようなことしないといいんだけど。
その想いを乗せて向けた視線の先でトリーが意気揚々とグッドポーズをとる。
まさか個々に分かれるとは思ってもいなかったせいかマシュ自身にも不安はあったが何よりもトリーが心配で仕方ない。
しかし、心配したところで行動を同じくすることは今更できないのだから自分のことに集中しようと前を向く。
木々が生い茂る森の中から覗く爽やかな青空は自分たちが生きる世界にある空ではないのだと思うと不思議な気分だった。
しばらく細々と魔獣を倒しながら順調に進んでいた。
隣を歩くイナリも先の赤い尾を揺らしながらご機嫌なようで野花に鼻先をくっつけては愛らしく戯れたりもしている。
「そろそろポポ草でも採取しましょうか」
「そうね。マシュちゃん、ここには色んな植物型魔獣もいるから採取のときはアップルの傍から離れちゃダメよ。アタシも2人が見える位置には居るから沢山採取してきて頂戴ね」
「はい」
一人だけ少し離れた場所に移動するストロベリーを見送って、アップルと従魔たち共にポポ草を集め始める。
ジビエとモミジにも手伝ってもらい、リュックから出したシロに次々と採取したポポ草を手渡した。
「見える範囲内のは全部とれました~」
立ち上がって身体を伸ばし、次は……とまで言ったとき、足元に小さな振動を感じて首を傾げる。
「地震?」
「アップル!マシュちゃんを避難させてッッ」
「キティちゃん、こっちよ!」
「は、はい!?」
ドスンドスンという音がもの凄い速さで近づくに連れて揺れが激しくなり、大きな影が頭上を過ぎ去ったかと思うと自分たちが歩いてきた方向にそれが落下し、強い揺れが襲う。
避難しようにも立ってすらいられずその場にへたり込むと視界の先では自分の2倍はあろうかという青白い毛に覆われた巨大なイエティがストロベリーに向かってタックルを仕掛けようとしていた。
グオオオオオオオオオオォォォッッ
「うおおおおおおおぉぉぉぉッッ」
青筋を立てて雄叫びを上げたストロベリーの腕が岩へと変化し、イエティと両手を掴み合う形になった瞬間、風圧が衝撃波として周囲を襲い、木々が薙ぎ倒され、マシュはかばってくれたアップルの従魔である獅子型魔獣のレオスニードにしがみつく。
自分たちが倒したことのあるイエティとは比べ物にならないほどの巨躯、脳を揺らすような低い雄叫びに腰が抜ける。
体験したことのない恐怖にレオスニードにしがみついた手が震えた。
自分だけがこの場で恐怖を感じ、場違いなのではと震えていると尻尾をくるんと丸めたイナリとマシュと同じように震えたシロが寄り添うように小脇に入ってくる。
「そ、そうだよね……みんなも怖いよね」
震える声で言うと唐突にアップルの声が響く。
「エヴァンス!」
呼び出されたのは4つの頭に緑と白の羽毛を持ったダチョウよりも大きい魔獣だった。
緊張感漂う中に呼び出されたエヴァンスは羽を広げ奇妙な舞を披露しだす。
どこから出てきたのかわからないスポットライトを浴びながら羽毛を輝かせて右に行っては尻を振り、左に行っては尻を振る。
その光景はマシュから緊張感と恐怖を取り去っていくが、あまりに滑稽でおかしな光景だった。
「キティちゃん、貴女はエヴァンスと一緒に後方から支援してちょうだい」
「あ、はい!」
奮い立たせた足で立ち、隣に立ったエヴァンスの4つのうち2つの頭がマシュを見る。
1つは心配するように、1つは戦えと鼓舞するように。
クエエエエエエエエェェェェッ
甲高い声で鳴いたエヴァンスの声は全員を鼓舞するものであり、イナリやジビエとモミジの瞳にも闘志が湧き上がった。
「あれはキングイエティ。本来ならここに居るはずのないAランクの魔獣よ」
「Aランク!?」
「白い毛皮のキングイエティなんて始めて見たわ。他の色のキングイエティとそう変わらないのであれば、パワーとスピードならリーダーが劣ることはないわね。キティちゃん、私はリーダーと共に戦うわ。貴女は――」
「……邪魔にならない範囲でタイミングを図ってバフ魔法と防御魔法の指示出しですね」
「あら、優秀だわ。それじゃあ、エヴァンスを任せるわね」
そう言ってキングイエティに向かっていくアップルの姿は勇ましい戦士のようだ。
ストロベリーの拳とキングイエティの拳が当たる度に発される風圧に耐えながら遠巻きから眺めていると癖のようなものが見えてくる。
地団駄を踏む動きの後には土魔法が展開され、腕を大きく振りかぶれば叩き潰すように平手が振り落とされる。
足を使った攻撃がないのは、きっと片足で立つ習性がないからだ。
ひとつひとつの動作が大きく、パワーはあれど隙も多い。しかし、その弱点を補って余りあるパワーは軽視できるものではない。
きっと、フルーティーのメンバーが揃っていたなら造作もない相手なんだろうと思うが、今ここにはメロンもグレープもいない。
せめて彼女たちの何分の1くらいの仕事はしなければ……エヴァンスに魔法を頼むだけではなく、せめて何か……そう考えを巡らせながらキングイエティをこちらに近付かせないよう炎で小さな壁を作っていたイナリを見る。
魔獣というのは本能的に弱い者から先に狙う習性があり、現状で言うならば間違いなくマシュたちを狙うはずなのだ。
それが寄ってくる気配すらないどころか、徐々に遠ざかっている。
「白……見たことのない白いイエティ……いや、青白いのか……」
ぶつぶつと零す独り言は自分の脳内を整理するためのものだったが、それを聞いていたエヴァンスが何事か話すように鳴き、背中を支えてくれていたモミジが通訳してくれる。
『イエティとキングイエティは全くの別種だって言ってるわ』
「え、進化形態じゃないの?」
クエェックエックエッ
『そもそもキングイエティが原種で、その派生にイエティがいるみたい』
「あっちが原種なんだ……そういえば魔獣の属性って色で判断できる?」
『できる種族が多いわ』
「へぇ……ってことは……」
あれはトリーと同じ可能性があるということかと言葉を飲み込んだ。
土魔法を使っていたことから土属性の魔獣かと考えたが、それなら火を避ける理由がない。
それに、あの毛皮の色。
水色に近い青白さ、あの色は間違いなく初心者講習の初っ端にルーペを通して見たトリーの魔力の色にかなり近い。
何よりさっき影を作り頭上を通っていった個体は氷だった。
「まじか……」
そう呟いた声に返す者は誰もいない。
氷属性というものが本当に存在するなら、あのキングイエティがイナリが作る小さな炎の壁を避けてこちらに寄ってこないのも理解できる。
きっと氷の弱点は火だから。
これは伝えるべきなのだ。
戦力にならない自分が唯一力になれることなのだから。
それでもなかなか声にならないのは氷属性や氷魔法といったものの存在をなぜ認識しているのかと問われた時の言い訳が思い浮かばないからだった。
でも、自分というお荷物を抱えて戦ってくれている2人の足手纏にはこれ以上なりたくなかった。
心の中で「トリー、ごめん」と呟いて声を張り上げる。
「姉さんたち!そいつの弱点、たぶん火です!エヴァンスさん、レオスニードさんとイナリに魔法攻撃力上昇効果のある魔法を!」
クエエエエエエエエエエエエェェェェェェッ
「イナリ!あれの足元に炎を!」
『任せるのじゃ!』
張り上げた声を聞いた2人はキングイエティから距離を取り、レオスニードが火炎を放射しようと飛び上がった瞬間にキングイエティはけたたましい音を立ててドラミングを始め、その頭上に3つの大きな氷の塊を発現させた。
それはさっきマシュたちの頭上を通っていったものと同じものだ。
キングイエティの目は、マシュの足元に向いている。
間違いなく狙いはイナリだ。
「やば……」
死を覚悟したその時、エヴァンスの4つの頭のうち3つが一斉に動き、マシュとイナリ、そしてシロを嘴で咥えて走り出した。
「ヒィッ!モモモモモミジィ!ジビエェ!走れええええええええええぇぇぇっ!」
声を合図に2頭も放たれる氷の塊から逃れるべく一目散に走り出す。
ズドンと砲撃かと思うような音が3度聞こえ、周囲には宙に舞った草花と土埃が立ち込める。
グオオオオオオオオオオォォォッッ
土埃の中、エヴァンスの嘴に咥えられたままマシュはキングイエティの咆哮を耳にして生きた心地がしないまま土埃が収まるのを待ち、次に視界が開けたときに目にしたのは倒れたキングイエティと空には鳥型従魔のジャッキーと口から炎を溢れさせたレオスニードの姿があった。
放心した状態のマシュと2匹を咥えたままエヴァンスはアップルに歩み寄り、マシュたちを地面に下ろすと得意げに主人に寄り添う。
クエッ
「よくやったわ、エヴァンス。キティちゃんたちを助けるだなんて紳士の鑑ね」
グルルル
「レオもジャッキーも素敵だったわ」
そうアップルが愛でている間にも彼女の蟷螂型の従魔アンドリューがストロベリーの指示のもとでキングイエティの素材を剥ぎ取っている。
「はは……え?死ぬかと思ったん私だけ……?」
『オイラもッス』
『わっちもじゃ』
『アタシたちもだよ』
「あら、こんなことで腰を抜かしているようじゃ先が思いやられるわよ?ところで、キティちゃん?」
「へ?」
「なんで火が弱点だってわかったのかしら?」
「あ……えっと……その……あの…………ヘヘッ、なんとなく」
「キティちゃん?」
圧が凄い。
徐々に寄ってくる顔面の圧力が凄い。
聞き耳を立てていたストロベリーまで寄ってきて顔面の圧力は倍増だ。
どう誤魔化したらいいものかと冷や汗をかいていると、ピコンと機械音のようなものが鳴り、それがギルドカードから聞こえたことに気付いた。
慌ててギルドカードを取り出そうとした矢先、何もなかった空間がミシミシと音を立ててヒビ割れていき、なんの音なのかと問う間もなく地面が消失したのだった。




