32話 幼馴染2人は美しさへの1歩を踏み出す1
トリーが心地良い眠りから覚めると既に支度を終えたマシュが朝陽を背に手記を読んでいた。
「おはよう」
「ん?あぁ、おはよう」
「寝れなかったん?」
「んー、なんかね。この麗水ってやつについて話すかどうか迷っててさ。気になりすぎて早起きしちゃった」
「あー、見つけたら欲しいもんね」
「うん。でも、たぶんレアアイテムなんじゃないかと思うんよね。だとしたら、くださいって言うのも憚られるというか……」
「確かに……てゆか、なんか良い匂いしない?」
不思議そうに匂いのもとを辿ろうとベッドから下り、その匂いがマシュからする事に気づいて首を傾げる。
「マシュ、めっちゃブラックベリーって感じの匂いしてない?」
「あー、起きたら髪が芸術的に爆発しててさ。適当に濡らして直そうとしたらアップル様に怒られて……お手製の美容品と一緒に風呂に放り入れられてな……」
「それがブラックベリーの匂いだったと」
「そう。ちなみにトリーも入念に手入れして準備しないと怒られるぞ」
「え」
「触ってみ、この肌と髪。ヤバない?」
「ひょえ~めっちゃツヤツヤスベスベじゃん!」
「烏の行水したら、もう1回風呂に入れられてボディーマッサージまでされたわ」
「まーじ?」
「たぶんトリー用の美容品も用意されてると思うからリビングに行ってみ」
促されるままリビングに行くと広く開いたスペースでグレープが見覚えのあるクネクネとした動きをしていて思わず足を止めた。
その動きがダンジョンで気を失う前に見たものだと思い出しているとトリーに気付いたグレープが振り向く。
「あら、おはよう。良く寝れたかしらぁ?」
「あ、はい。寝れました!」
「そう、良かったわぁ。テーブルの上に美容品があるからトリーちゃんもお風呂でお手入れしてきなさぁい」
テーブルの上には複数の小瓶があるのだが、どれがどの部位に使うものなのか困っていると丁度良くデートから帰ってきたアップルに説明を受け、マシュの二の舞にならないよう念入りに手入れをして風呂から上がる。
すると待ってましたと言わんばかりにアップルに呼ばれ、ヘアオイルを塗られた後リビングに広げられていたマットに寝かされた。
温かいドロッとした液が背中に塗られ、炭酸のような不思議な感覚と擽ったさを我慢しながらボディーマッサージが始まるのを待つ。
「じゃあ、やるわね」
「あ、はい。おねがいいいいいいぃぃぃぃいいいいッッ」
揉みしだかれる場所が痛い。なんかよくわからないけど触られてない場所まで痛い。
モゾモゾと藻掻く足はぷにっとした肉球が押さえているし、痛みを逃がす方法がないのだ。
「いいいいいたあああああぁぁぁぁいいいいいぃぃぃ」
「美しさは痛みを伴うのよ。我慢なさい」
トリーの叫び声を与えられた部屋で聞くマシュがほくそ笑んでいたのをトリーは知る由もなかった。
暫くしてマッサージを終えたトリーが部屋に戻ってきて恨めしそうにマシュの肩を掴む。
「知ってたな?」
「いやぁ、聞き応えのある叫び声だったよ!」
「涙出たんだが!?」
「私も痛い思いしたから、ぜひトリーにも味わって貰いたいなと思って」
「マシュの叫び声さえ聞いておけば……」
「残念なことに痛すぎて声出なかったんだよなぁ」
ケラケラと笑って話すマシュの身体を揺さぶって抗議するトリーからは甘い花の香りが漂っており、潤う肌を見て痛い思いをした介もあっただろうと抗議を受け流してダンジョンに向かう準備を急かした。
準備を終えてすぐにフルーティーのメンバーたちとポルコネの外に出てアップルが呼び出した鳥型従魔の持つ大きな籠に乗る。
初めての空の旅に高揚感を隠しきれず、マシュが籠から地上を眺めた。
「うおおおおおぉぉぉ!高えぇ!」
「落ちない?ねぇ、落ちない?死なん?」
「アップル様のダーリンを信じろよ。大丈夫だろ、知らんけど」
「いや、だって……絶対運搬に適した魔獣じゃないって」
トリーがそう言いたくなるのも理解できる。
何せ屈強な身体を持っていそうな鷲型やら鳶型ならまだしも、今6人を運んでいる鳥型魔獣の見た目はほぼオスの孔雀なのだ。
身体がいくら巨大だろうと足部分がもの凄く発達していようと見えている鉤爪が異常に太かろうと不安なものは不安だった。
しかし、移動手段として考えると空路での移動はかなり早く快適でもある。
乗っている籠は広くて屋根もある箱型だし、座席のクッションも柔らかく室内の温度も調整されているし、窓や扉には鍵だけでなく落下防止の魔法、更にどんな強風にも揺られない風力制御の魔法がかかった装飾品が付けられていて従魔に落とされる不安以外の不快さはない。
速度は魔獣の飛翔速度に依るところが大きいのだろうがアップルの従魔であるジャッキーさん7歳は狩りを得意とする種族らしく、かなり速く飛ぶタイプだという。
ダンジョンの入り口に到着したのは昼時だった。
無事に到着したことにトリーが胸を撫で下ろしているとストロベリーが森の中にあるにしては不自然な石柱に寄っていく。
「ポラリウスのリーダーはどっちかしら?」
「……あ、私か」
自分がリーダーであることを綺麗サッパリ忘れていたマシュがストロベリーに言われるがまま2本が対になっている石柱に触れる。
すると、石柱の間に魔力を帯びた膜が現れた。
「これがダンジョンの入口よ。どのダンジョンも石柱だったり、石盤だったり、水晶みたいなものだったりが置いてあって、それに触れると入り口が現れる仕組みになってるの」
「へぇ~、そうなんですね!」
「この膜を通るとダンジョンの最初のエリアに転移されるって感じね。ついでに言うと、この正規の入り口から入らないと世界地図にダンジョンの場所は記載されないわ。それとルーペの記録機能を使うなら入ってすぐに使いなさいね」
説明を受けつつストロベリーについて行き、弾力がある魔力の膜を通り抜けると洞窟の中に居た。
言われた通りルーペを起動し、洞窟を道なりにしばらく進むと以前2人が落ちた場所に繋がるのだと言われ、確かにこんな洞窟だったかと思い出しながら歩く。
「今回の目的は催しの衣装を作るために必要なミームの糸とケローダの皮、スパイルの糸、ハニーミニの蜜と綿、ナナホシ草とポポ草の綿、そしてダンジョンのボスであるグリーフリーの繭と鱗粉よ」
「ナナホシ草って、高価な染色剤の素でしたっけ?」
「そうよ。化粧品のほとんどはナナホシ草が原料になってるんだけど、布や糸の染料としても使われているわ。ちなみにナナホシ草はキャベッシュのレイシ地方にある地下水湖があるダンジョンでしか採れない植物よ。成長にもの凄く冷たい澄んだ水が大量に必要みたいなのよね。このダンジョンは地下水湖もあるし、奥に進めば大量に生えてるから見つけ次第採取しましょう」
「今回はグリーフリー以外に問題になるような魔獣はいないわねぇ。グリーフリーは弱点が無いと言われている魔獣なのよぉ。だから、このダンジョンのランクも高く設定されているわぁ」
「なるほどです」
「グリーフリーって聞いたこと無いですけど、他の魔獣って結構どこにでもいる魔獣ですよね?」
「えぇ、素材も一般に流通しているものではあるけど、このダンジョンの魔獣は特殊な付与効果があるのか他のダンジョンや外にいる魔獣よりも弱点に対する耐性があるみたいなのよ。そのせいもあってか素材の品質が少し高いのよね」
「へぇ~、そんなこともあるんですね」
縫合するための糸や装飾に使われているような糸は基本的にミームの糸かスパイルの糸が基本で、布製品も基本がポポ草の綿で作られた布である。
芋虫型魔獣のミーム、カエル型魔獣のケローダ、蜘蛛型魔獣のスパイル、蜂型のハニーミニはそれほど強くない一般的な魔獣でランクはFからDくらいのものだし、ポポ草に関して言えば水場が近ければどこにでも生えている草だ。
なんならポター村の近くにある貯水池の付近に大量に生えている草でもある。
それほど難しいものが無いことに胸を撫で下ろしていると後ろを歩いていたメロンが2人の間に割って入るように顔を近付ける。
「ミームとハニーミニって甘い花の匂いが大好きなのよォ。ケローダとスパイルはベリー系の果物が好物で匂いに釣られて出てくることが多いのよねェ」
「そんな特徴があるんですね!」
「花とベリー……」
「ん?マシュ、どした?」
「はは……」
トリーが小首を傾げる横で乾いた笑いを零したマシュは、この洞窟の先で自分たち2人がどんな目に合うかを察して頬を引き攣らせた。




