3話 幼馴染2人は凸凹一家に会う
「嬢ちゃんたち起きたか」
そう言って心許ない丸椅子に腰を下ろしたのはマシュが心の中でひっそりと筋肉ダルマと名付けるほど巨躯の男だ。
蓄えられた髭は立派なもので大男には似合っている。
ただ容姿からではこの大男に拉致されたのか救助されたのかの判斷はつかず、2人は前世で身につけた愛想笑いと今までにないほどの丁寧な口調を心掛ける。
「意識のないところを助けてくださりありがとうございます。私はマシュ、こちらにいるのはトリーといいます。ポター村からガナッシュという町に向かう途中で気を失ってしまったようなのですが、私達はどのような経緯でこちらのお世話になっているのかお聞きしても宜しいでしょうか」
「随分と丁寧な嬢ちゃんたちだな。儂はシーサバっちゅうもんだ。ここは嬢ちゃんたちが目指してたガナッシュにある冒険者ギルドで儂がギルドマスターをしてる。丁度あの道を通りかかった冒険者パーティーが倒れてる嬢ちゃんたちを見つけてここに連れてきた」
「では、お世話になった方々へご挨拶に伺いたいのですが」
「奴らなら昨夜のうちに次のクエストに出てったな」
「そうですか……」
「まぁ、そう気にするこたぁねぇ。ついでに言っておくが嬢ちゃんたちの着替えはうちの女衆がやったから心配すんな。怪我もねぇし寝てるだけだっつってたから、朝になりゃ腹空かせて起きるだろうと思ってな。もうすぐ飯を持ってくるはずだから、それを食え。聞きたいことがあれば飯を持ってくる女衆に聞くといい」
「何から何までお世話になりまして、本当にありがとうございます」
2人同時に頭を下げるとシーサバは「いいってことよ」と豪快に笑って去っていく。
「いい人っぽくて良かった……」
「やべぇマッチョメンすぎて色々詰んだかと思ったわ」
「人は見かけによらないっていうね」
「にしてもガナッシュに運んできてくれてたの、まじでありがたすぎる」
扉の方に向かって手を合わせ「ありがたや~」と呟くと同時に再び扉が開いた。
そこに立っていたのは小柄な金髪碧眼の美少女。
2人の謎の行動を目にして一瞬立ち止まったが2人がオズオズと手を下げたので見なかったことにしたようだ。
「おはよう、お嬢さんたち。夫に頼まれて朝食を持ってきたのだけど、食べられそうかしら?」
「あ、はい!旦那様にはお世話にな……旦那っ!?」
「えぇっ!?」
「ふふっ。えぇ、シーサバは私の夫なの。逞しくて素敵でしょう?」
頬を赤らめながら言う美少女がムキムキマッチョメンの妻という事実に2人の表情が固まる。
シーサバの見た目は頑張って若く見積もっても40代前半。美少女の見た目はどう見ても自分たちと同じくらいだ。
この世界では確かに年の差婚は当たり前にある。
だとしても離れ過ぎだろう、まさかロリコン……と内心混乱している中で美少女が更に追い打ちをかけてくる。
「うちの子供たちと同じ年頃の子が倒れてたと聞いて居ても立っても居られなくて様子を見に来たみたいなのよ」
「お子、さん……?」
実子ということがありえるのか?いや、自分たちと同じ年頃ということは養子の線も捨てきれない。再婚連れ子パターンも大いに有り得る。
むしろ(ギルドの)という括弧書きの注釈が付くパターンでは?と戸惑いが隠せずにいる間に美少女の後ろから長身で筋肉質な金髪碧眼の女性と美少女に似た栗色の髪に碧眼の少女が朝食を持って入ってきた。
彼女たちの年頃は正しく自分たちと同じくらいである。
「お、お嬢様たちで?」
「えぇ!そうなの!かわいいでしょう?」
「はい!とても可愛らしくいらっしゃいます!」
トリーの勢いのある返答に娘たちは今マシュとトリーが何を思っているのかを察しているようだった。
きっとこれが初めてのことではないのだろう。
「アタシはミルヒ。正真正銘この美少女にしか見えない母グリーティアから生まれた娘だ。こっちの母に瓜二つの子は妹のカフィーだよ」
「はじめまして。体調はよろしいですか?ご飯は食べられますか?」
「あ、はい!私はトリー、こっちにいるのはマシュです。体調は全く問題ありません!元気です!」
「ありがたくいただきます!」
2人の返答を聞いた娘たちが近くのテーブルに料理を乗せていく。
「それじゃあママとわたしは受付の仕事に戻るね。お姉ちゃんあとはよろしくね」
去っていく可憐な美淑女と美少女を頭を下げて見送り、残った長身のミルヒを見上げる。
マシュは尋ねたいことがあるものの食事のタイミングで聞いていいものか悩んでいる様子だが、トリーは目的よりも美味しそうな食事に目がいっており『待て』をされた飼犬のようだ。
「食べながら話してくれていいよ。父さんからガナッシュに予定があって来たらしいって聞いたから何か困ってることがあったら言って」
「あの、領主様のお屋敷に従事する約束がございまして……でも、お屋敷がどこにあるのか知らないんですよね」
「領主様のお屋敷ならギルドを出て右手に進んで商店が並ぶ大通りに出てから左に真っ直ぐ進んで行ったらあるよ。丘の上に大きなお屋敷が見えるから、すぐわかるはず」
「ありがとうございます!それでなんですが、私達が着ていた服というのはどこに……」
「昨夜カフィーが洗ってたはずだから、もう乾いてるはず。食事が終わったら風呂に入るでしょ?その時、脱衣場に持っていくよ」
風呂という言葉に今まで温かな食事を頬張るのに集中していたトリーの目が輝き、勢いよく顔が上がる。
「お風呂があるので!?」
「ガナッシュは宿場が少ないからギルドが兼業してんだ。大浴場だから2人きりってのは難しいけど大丈夫か?」
「はい!問題ありません!」
ポター村には風呂というものがない。
熱い湯を大きな桶に入れて布を浸して身体を拭いたり、手早く髪を洗うのが一般的だ。
月に一度だけ男衆が木材で作った大風呂を用意してくれるが芯から温まるほどの時間は入れず、前世の記憶を思い出してしまった今では耐えられそうにない。
「じゃあ、あとで湯浴み着も持ってくるよ」
「あの、お代なんですがいくらくらいになりますか?」
「父さんが今回はタダでいい。行き倒れてるような子供が気にすんなってさ」
「お給料入ったらまた来ます!」
「風呂入りに来るより冒険者に何か依頼してやってよ。その方がギルドとしても嬉しいからさ。特に討伐なしの採取系の依頼だとガキ共とか初心者も受けられるから有り難いかな」
「わかりました!」
その後、食事を終えてからお風呂に入り支度を終えた2人は改めて一家にお礼を告げてギルドを出て行った。