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28話 幼馴染2人は落ちる

 生い茂る木々の隙間から見える空の高い位置に太陽がある。

 そう、2人はまだ森の中に居た。

 朝の早いうちに森を抜け、クエストを完了してから手記に挟んであった地図に書いてあるバツ印の場所について調べるつもりだったのだ。

 それがなぜ未だ森の中にいるかというと単純に迷ったからだ。

 昨夜ラッツに追われて闇雲に走った結果がこれである。

 方角を示すコンパスは何でかわからないがクルクルと回り続けていて指針を見失い、2人はもう一泊野営するつもりで森の中を歩くことにした。

 とりあえずカルディアのごはんでも探そうかという結論に至ってからは、狭いという理由からカルディアを契約の石に戻し、自らの足で木の実や果物を求めて彷徨い続けている。

 迷子になったことが2人にとって不幸かと言われると、そうでもない。

 遭遇した魔獣を狩り、戦闘の連携力は上がっているし、シロのインベントリには素材も潤沢に集まっている。

 ラッツの別の群れにも何度か遭遇し、討伐ポイントも想定より集まっていて、更にトリーは氷魔法のようなものを扱えるようになってからは魔法もスムーズに発動できているし、マシュも従魔士としての戦い方を理解してきている。

 駆け出しの冒険者としては十分な滑り出しではないだろうか。

 強くなると言った目的を考えると森を歩き続けるのも悪くはないとトリーから前向きな声掛けがあるおかげか雰囲気が悪くなるようなこともない。

 生来の行き当りばったりを楽しめる性格という部分もあるだろうが。

 そんなこんなで森を歩き、トリーが「青りんご!」と声を上げ小走りで駆け出す。


 「足元に気をつけてよ~?こけんなよ~」

 「はいよ~」


 背丈の低い木からトリーでも背伸びをしたら届く位置に生った青りんごを取り、マシュの方を振り返ると、マシュは別の方角を見ていた。


 「なんか水の音しない?」

 

 そう言って茂みの方に足を踏み入れたマシュが途端に「ひぎゃああああっ」と世紀末のような声と草葉が大きく擦れる音を上げ、姿が見えなくなる。

 

 「マシュ!?」


 駆け出した先には蔦に絡まった状態で穴に落ちかかったマシュと必死にマシュにしがみつくシロ、そして引き上げようと蔦を咥えるイナリがいて、急ぎトリーも蔦を手に取った。

 

 「おおおおぉぉおおぉおお落ちるうううぅぅぅ」

 『たすけてくれッスぅぅぅぅ』

 「が、がんばれぇええええぇぇぇ」

 「むしろ、頑張ってぇぇぇ……」

 

 宙吊りになったマシュの視界にあるのは底のない真っ暗な闇。

 引き上げるのにモミジとジビエを出そうかと悩んで止めたのは、どこに出てくるかわからなかったからだ。

 地上に出てくれれば良いが、もし穴の中に落ちてしまったらと思うと出すことはできず、トリーとイナリに頑張ってもらうしかなかった。

 ブチブチと嫌な音がトリーの背後から聞こえ始め、振り返ると蔦の根が土から飛び出た瞬間だった。


 「ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁ」

 『うわああああああああぁぁぁぁぁ』

 「ひいぃぃぃぃぃやああああぁぁぁぁぁぁ」

 『ぬしさまああああああああああぁぁぁぁ』

 

 蔦はトリーとイナリも巻き込み、ほぼ奇声に近い声を穴の中に響かせながら2人と2匹は底の見えない穴に落ちていく。


 どれくらい落下し続けただろうか。

 途中で何か膜のような、感覚的には巨大な蜘蛛の巣のようなものに引っ掛かり、落下の勢いを失ってからそれが破れるとすぐに地面に落ちた。

 シロがマシュの腕の中から落ちて転がり、マシュが地面に突っ伏すように落ち、その上にトリーが座るように乗ってイナリはトリーの腕に抱えられている。

「ぐぇっ」と苦しげな呻き声を上げたのはマシュだけで、他は呆然とその状態を保った。


 「ト、トリー……」

 「い、生きてる……」

 「トリィ……」

 「え、天井がある……」

 「どけて……」

 「……ダンジョンってこと?」

 『トリー様、主様の上からどいてほしいのじゃ』

 「え?あ、うわぁ!ごめん!!」

 

 勢いよくマシュの上から降り、改めて周囲を見ると薄暗い洞窟のようだった。

 落ちてきた穴は見る影もなく、壁には苔が生えていてヌルヌルと滑り、地面は若干湿っていて所々が泥になっている。

 互いの身体に怪我がないかをチェックして立ち上がり、洞窟に少しの傾斜があることがわかった。

 どちらに行くか相談したものの上も下も見通しが悪く、どちらに行っても同じじゃないかと結論付けて耳を澄ませてみると、どこからか竪琴の音のようなものが聞こえる。


 「幻聴?」

 「流石に2人揃って幻聴はヤバいでしょ」

 「聞こえるのは下からだね」

 「誰かいるかもしれないし行ってみる?」

 「ここに居ても仕方ないしね」


 苔の生えた壁を伝いながら数歩坂を下り始めたところでトリーの手が何かに触れ、カチッと音が鳴った。

 かなり上の方からドンッと何かが落ちる音が聞こえたと思うと地響きのような音が迫ってくるのを感じる。


 「え?」

 「やばめじゃない?」

 「なんか……転がってきてない?」

 「トリー!走れ!」


 緩やかな傾斜であっても上から転がってくるとなればスピードは上がるものでシロを抱えたマシュは声を掛けるなり走り始め、トリーとイナリも追従する。

 徐々に大きな何かが転がる音が近付きつつある。

 ふとトリーの視界に脇道が見え、マシュに声を掛ける。


 「マシュ!こっちに道がッ、あっ……」

 「えぇっ、あっ……」

 

 2人の視線だけが合う。

 先行して走っていたマシュは止まれずイナリを引き連れてそのまま坂を駆け下って行き、脇道に逸れたトリーは唐突に現れた扉の中に転がるように入っていった。


 真っ暗な小部屋の中から転がっていく岩を見送り、マシュの無事を願いつつ後ろを振り返る。

 ぼんやりとした明かりを纏った触手のようなものが視界に入り、壁の方へ後退る。

 流石に1人で見たこともない魔獣と戦えない、そう思い扉の方に向かおうとするとクネクネと動いていた魔獣と思われるソレが動きを止めてトリーの方を向き、目にも留まらぬ速さで目の前まで詰め寄ってきた。


 「ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁばけものおおおおおおぉぉぉぉ」


 顔が触れそうな距離に見たこともない仮面の魔獣。

 闇に紛れる黒と紫の胴体に大きな口とギラギラとしたふたつの目、浮き出て見える白い歯は歯列が整っていて、その魔獣が笑ったのだけは理解できた。

 恐怖が極限に達したトリーはそのまま白目を剥いて気を失った。


 一方でマシュは相変わらず駆け下りながら遠くなるトリーの悲痛な叫び声を聞いていた。

 ごめんトリー、助けに行くから生きててくれ!と心の中で願いつつ視界に捉えられるほど近付いた岩から逃げていた。

 一番下に到着したのか傾斜が無くなり走りやすくなったものの岩に追いつかれると思った矢先に壁が崩れている部分を見つけ、抱えていたシロと足元で一緒に走っていたイナリを即座に契約の石に戻すと飛び込むようにそこに入った。

 肩で息をし、崩れるように寝転んだその場所は相変わらず薄暗い。

 長く目を瞑り、浅い呼吸を繰り返していると自分のものではないフローラルな香りのする規則的な呼吸のようなものを超近距離から感じた。

 正直、目を開けるのが怖かった。

 何せ頬に触れる距離感なのだ。

 食われる。殺される。どうしよう……でも、トリーを助けに行かないと……そう意を決して目を開くとピンクの巨大な怪獣がいた。


 「ふっ、うぅっ……」


 叫び声を上げることすら出来ず意識を手放したマシュに「あら、やだ。気絶だなんて失礼しちゃうわ」という低い声は届かなかった。

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