26話 幼馴染2人は魔獣の番と出会う
2人の旅は順調に進んでいた。
クエストにあったラブラという薬草を採取しながら進み、途中で遭遇したイエティとも問題なく戦い、毛皮を剥ぎ取ることにも成功した。
道中に立ち寄った村で冒険者ギルドに立ち寄り、クエスト完了の報告をして集めたものを預け報酬も受け取った。
どちらかと言えば簡単に終えられるだろうと思っていたラッツ駆除はまだ手付かずだが、そもそも生息していると言われていたキャロメル南の森にラッツどころか他の魔獣すら見当たらなかったのだから仕方ない。
風の音以外なにも聞こえない南の森には木の実はおろか草食の魔獣が好む蜜を含んだ草花も生えていなかった。
別の森に移動したのではないかというのがマシュの見立てであり、2人が東に向って進みながら別の森に足を踏み入れたのは、キャロメルを発ってから10日は経った頃だった。
この日も森の中で一夜を過ごすことになり、手慣れてきた野営の準備を終えて昼間のうちに狩ったビッグボアを使った食事にありつく。
猪のような見た目のビッグボアは、間違いなく猪肉の味がする。
塩水をはった鍋に肉を入れて何度ももみ洗いした肉は、きちんと臭みが取れていて2人は満足気に平らげる。
余った肉は調理用に買った酒を混ぜた水に漬け保存食を作る時用に買った瓶に入れてシロに預けた。
食後、歩き続けていた足を揉みながら2人は「歩くのつれ~」などと言いつつ緊張感なくだらけきっていた。
ふと魔獣除け魔法具を出していなかったことに気付いたマシュがシロを呼び、インベントリを開く。
「魔獣除けの魔法具つけるの忘れてたわ」
そう呟いたマシュがインベントリを開いて魔法具を探しているとトリーの何とも言い難い小さな悲鳴が上がる。
「ひょあっ」
「え?なんて?」
「マ、マママママシュ」
「なしたんよ」
「あ、あれ」
トリーが指を指した方向を見ると小さな黄色の光が4つ、生い茂る草の陰からこっちを覗いている。
目を凝らして徐々に近寄っていくマシュに対し4つの光も徐々に近付いてきている。
「マシュ、ちょっと危なくない?」
「え?なに?」
目の前に集中していたマシュは聞き零したトリーの言葉を確認しようとトリーの方を振り返り、その瞬間ぬっと暗がりから2頭のカルディアが姿を現した。
「ひゃあああああっ」
「おあああぁあぁぁっ」
叫び声を上げる2人にカルディアは驚くでもなく微動だにせず、お邪魔しますと言わんばかりに焚き火の近くに寝そべる。
横に広がった大きな角に長毛の大きな体はトナカイによく似ているカルディアのオスであり、その隣に寄り添うやや細身の身体に2本の短めの角を持つのはカルディアのメスだ。
番と思われる2頭は焚き火越しにマシュをじっと眺め、何かを伝えたいようだ。
「えっと……何かあげないと話せないんだよね?」
『オイラが通訳できるッスよ』
「ほんと!?お願いしていいかな?」
『はいッス』
シロを通して話しをしていくと、この番はキャロメル南の森から餌を求めてこの森にやってきたのだという。
しかし、この森でもラッツが草食魔獣たちの餌になるものを食い荒らしていて既に餌が見当たらなくなってきているとか。
「なるほどね。君たちが食べるのは木の実でいいのかな?」
『そうみたいッス』
「イナリ用の胡桃、大量買いしてきたのあるし少しあげてもいいかな?」
『よいのじゃ。わっちに感謝するのじゃ!』
「豆類とかもありなんじゃない?」
トリーの言葉に応じて買ってきた食材の中から2頭にあげられそうな物を取り出し、2頭の前に並べる。
「これくらいで大丈夫かな?」
そう言って2頭を交互に眺めると、オスのカルディアがふんふんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、メスの方に鼻先で差し出した。
この姿にトリーは歓心したようで、カルディアってメスを優先させるんだねと呟いた。
2頭が与えた胡桃や豆・果物などを食べ終えるとマシュのバングルを眺め、突然明るい女性の声が頭の中に響いた。
『アタシたちも一緒に行っていいかしら?』
「えっ、あっ、うん!いいよ」
バングルをつけた左腕を2頭の前に出すと鼻先を契約の石にくっつけ、上目遣いで名付けを待つ。
「えっと……ジビエ、モミジ」
「マシュ、その名前は……」
トリーのツッコミを待つ間もなく石が光り、2頭と名前を表す文字が吸い込まれていき、改めて2頭を呼び出した。
「初めましてジビエ、モミジ。私はマシュ、この子はトリーだよ。んで、こっちのスライムがシロ、フォクシーがイナリ。よろしくね」
『えぇ、よろしくね。マシュさん、トリーさん。シロさんとイナリさんも』
『はい、よろしくお願いします』
明るいモミジの声にかき消されそうな掠れた低い声はジビエのものだろう。
「ねえねえ、2人は別の森から移ってきたって言ってたけど他の魔獣も移動してるの?」
『ええ、移ってる子達は多いわ』
「なんでそんなにラッツが増えたんだろうね?」
『わからないけれど、近年になってこの地域にある魔力が増えた感じがするの。それで影響を受けたんじゃないかしら』
「それって全ての魔獣が干渉を受けるものじゃないんだね」
『いいえ、アタシたちも受けてはいるわ。でも、それほど強く影響されてないってだけね』
理由まではわからないが、そういうものらしい。
ふと再び足を揉み始めたトリーが視界に入り、マシュは「あっ」と口に出す。
「もし良ければなんだけどさ、移動の時に2人の背中に乗せてもらうことってできたりする?」
『大丈夫よ!任せて!』
「ジビエは、どう?」
『問題ありません』
「うわ~ありがたい~!もう足が怠くてさ」
「鞍とかなくて大丈夫なのかな?お尻割れない?」
「もう割れてるだろ」
「痔にならん?」
「お前、それは……なるかもしれん」
「でも、歩き続けるよりいいか。次に行った村で鞍とか売ってるといいんだけどね」
「せめて、手綱だけでも付けれると違うんだけど……そういえば剥ぎ取った素材の中に革とかがあったから簡易的なもので良ければ作れるかも」
「モミジちゃんとジビエくんが痛くないように調整できればそれでいいかもしれないね」
「じゃあ、ちょっと作ってみるね!」
そう言ってマシュは革を取り出し、器用に頭絡と手綱を作り始める。
魔獣を捕えるための罠だったり頭絡のような狩りに必要なものを作るのは親父たちに習っていたおかげで手際よく工程を進め、出来上がった頃には夜も深まっていた。
魔獣図鑑でカルディアについて理解を深めていたトリーや従魔たちは既に眠りに就いていてマシュは頭絡作りのついでに火の番もしていた。
パチパチと火の弾ける音を聞きながらトリーが淹れてくれていた温かいお茶を飲んで木々の隙間から空を仰ぐ。
前世から考えるとありえない光景、現世からすると4ヶ月に1回訪れる双月の夜【そうげつのよる】。
深夜になると青と赤の月が星々の光を奪って妖しく輝く日が今夜だった。
「圧巻だね~」
独り言ちた言葉に返答する者はいないが、ふと双月の夜の特徴を思い出して息を呑む。
魔獣が荒れ狂う日、魔力が狂う夜。
そうとも呼ばれているのだ。
「あれ?もしかして森の中にいるのヤバめでは?」
ガサガサと草木が揺れ、眠っていたはずのイナリの尾がピンっと立った。
『主様、遠くに魔獣の気配がするのじゃ。少しずつこちらに向ってきているのじゃ』
「トリーたちを起こして。片付けて今日は眠らずに森を出よう」
そう伝えるとイナリはテントの中に入っていき少々乱暴にトリーを起こしたようで鼻声のトリーが腰を擦りながらテントから出てきた。
「どうした?何かあった?」
「今日が双月の夜なこと忘れてた」
「うわ、まじか。すぐに準備する」
魔力が狂う夜と言われるだけあって魔獣除けの魔法具が不可思議な点滅を繰り返していて正常に稼働していないことがわかり、2人は手早く全ての荷物を片付けて作ったばかりの頭絡をジビエとモミジに装着する。
来た道を戻っているはずなのに一向に森の外に出られない。
ぐるぐると同じ道を歩いている気すらする。
どうするかと口を開こうとした途端、突如としてジビエとモミジが駆け出した。
『マシュさん!トリーさん!ラッツの群れが来るわ!』
「んぐっ、おおぉおけええぇえぇ」
舌を噛みかけながら返事をして、ひたすら2頭を走らせると不意に開けた場所に出る。
「止まって!ここで対応しよう」
2頭の足を止め、背後から追いかけて来ているラッツと対峙し、思わずトリーが呟く。
デカくね?と。




