23話 幼馴染2人はダンジョンに挑む6
7階のスタート地点であるこの広い部屋は野営をするための場所だと説明があった。
今回はマシュとトリーの2人しかいないが全盛期には多いときに30人ほどの大所帯で講習に挑むこともあったらしい。
それもゼンが幼い頃の話だというので今では過分な広さだということだろう。
室内にいるせいでどれだけ時間が経ったかはわからないが、キャンプ地に到着したということは夜で間違いない。
野営に必要な道具を並べひとつひとつ説明を受けて設置していく。
簡易テントは力の弱い女性でも簡単に組み立てられるような設計になっているし、調理器具なんかも軽量型のものが多かったのはゼンの配慮があったからなのかもしれない。
「まずは焚き火だな。キャベッシュの夜は寒いから薪を焚べて暖を取れるようにするんだ。寒冷地用のテントや寝袋は防寒布が使われているし、高価なものであれば変温機能がついたものもあるから今後必要だと思えば買い換えるといいぞ」
「はい!」
そう返事をして次々と設置し、ものの数分で料理を含めた全ての工程を終えた。
焚き火を囲むようにして座り、マシュの膝の上にはシロが、隣には寄り添うようにイナリが丸くなって寝ている。
マシュが作った温かなコッコの肉入り野菜スープとゼンが用意してくれたパン、それにトリーの淹れたお茶が今日の晩ごはんだ。
今日一日講習を受けてみて抱いた感想などを話しつつ食事を終えるとトリーが魔獣図鑑を見てみたいと言い出した。
シロに触れインベントリから魔獣図鑑を取り出してトリーに渡すと楽しそうにページを進めていく。
「これ、発見者の名前も載ってるんですね」
「それは冒険者用の図鑑だからな。冒険者用の図鑑は発見者と初の契約者、獲得ポイントなんかも載っているな。最多討伐者は随時更新されるし、図鑑に名前を載せることを目的として冒険者になる者も多いぞ」
「確かにコッコのページに倒した数とポイントが載ってますね」
「……1羽1ポイント?まじ?」
「このポイントを集めることで冒険者ランクが上がるんですよね?」
「そうだ。ランクアップのボーダーは最初の方のページに載っているはずだ」
ページを戻し、該当する部分に目を通したトリーが少しだけ表情を引き攣らせた。
「FからEに上げるのに必要なポイントが1000らしい」
「だいぶ……だいぶだね」
「ボーダーが高く感じるかもしれないが無理なポイントではないぞ?Fランクの冒険者がEランク以上の魔獣を倒したり契約したりすると1以上のポイントが貰える設定になっている。既に契約している従魔が進化した場合もポイントが入るしな。それにクエストを達成することでもポイントは貰える。今の2人はDランクのクエストまでを受けることができ、Fランクのクエストを達成すると5から10ポイント、Eランクのクエストだと10から20、Dランクのクエストだと20から30ポイントが入る」
「なるほど。しっかりクエストを受けていけば難しくはないんですね」
「そうだ」
「確かにそう考えると無理なポイントではないね」
「この冒険者用の魔獣図鑑には冒険者ランクとの相関表が載っているから確認しておくといい。それと、もうひとつポイントをもらう方法がある。それは採取した素材品の納品だ」
「クエスト外で素材を納品できるんですか?」
「できるな。これは冒険者ギルドに納品してもらうケースが多いが、中には商会と直接やり取りしている者もいるな。ただ、そっちは交渉なども自分たちで行わなければならないから足元を見られたとしても自己責任だ」
「どう考えても冒険者ギルドに卸したほうがいいやつですね」
「まあ、冒険者ギルドにたちの悪い奴がいないとは言わないがな」
苦笑いを零したゼンに改めてページを進めるように言われ、トリーがスライムが載っているページまで捲っていく。
「パーティーで共有の図鑑には契約している魔獣の詳細も載るから見てみるといい」
「スライム~スライムは~……あった」
「シロのこと載ってる?」
「載ってる!あ、シロって属性ないんだね」
「スライムは摂取するものや身近にいる人物、環境によって得られる属性が変わるんだ。俺は属性持ちのスライムしか見たことなかったが属性を持つ前はこんな色をしているんだな」
3人の視線がシロに集まり、それに気付いたシロが居心地悪そうにプルプルと体を揺らす。
「ごめんごめん。寝てていいよ」
「じゃあ、次はイナリちゃんを……名前なんだっけ?」
「フォクシーだね」
「おっけ~」
ペラペラとページを捲っていきフォクシーの欄を見つけ、トリーが首を傾げた。
「どしたん?」
「イナリちゃん……進化後の姿かっこいい」
「まじ?」
マシュが見やすいように差し出されたページには幼体のフォクシーと進化後の3種類の姿が載っている。
既に戦った成体フォクシーの他に黒毛に耳と9本の尾の先が赤毛で妖艶といっても差し支えない姿のキュウビと乳白色の毛に耳と5本の尾の先が属性ごとの色になったゴコという魔獣の姿があった。
「幼体のフォクシーは野生魔獣のまま成長すると成体のフォクシーにしかならないが契約しているとそこに2種の成長パターンが加わる」
「おぉ~」
「ひとつはキュウビ、もうひとつはゴコだ」
「九尾と五狐……」
「そうだ。キュウビは火属性と闇属性を持つAランクの魔獣で9本の尾が特徴だな。記載通り美しい魔獣ランキングの中でも上位に入る。ゴコは最も特殊な進化形態でありSランクの魔獣で1体のフォクシーが特殊な過程を経て5体に分裂するんだ」
「分裂!?」
「あぁ、そうだ。このゴコと契約しているのは歴史上1人しか確認されていないし、どう進化させるか、どういう特徴を持っているかなどの情報はその従魔士しか知らない」
「すっご。ねぇトリー、名前載ってるん?」
「載ってるね」
「え、なんて人?会える機会あったら聞いてみたい」
「……ジェノ」
「……ふーん、スゴイネ」
白々しいまでに棒読みの感想に若干の沈黙があり、気を取り直したようにゼンがゴコの特徴を説明しだす。
「ゴコは分身体それぞれが別の属性を持っているんだ。そこに載っているようにジェノのゴコは火・水・風・雷・光の属性だな。きっと他の属性にも進化するんだろうが過程が公表されていない以上、どうやってゴコに進化させるのかはジェノにしかわからないし、俺がゴコについて説明できるのは公表されている情報だけだな」
「公表しとけよ、ちっせー男だな」
「まあ、そう言うな。従魔士にとっては大切な知識だからな?」
「ソウデスカ」
「ダンジョンに関するものや魔獣の存在自体など報告義務が課されているものもあるが、それ以外に今後お前達が何か特別な知識を得たりした時にそれを公表するか、なにかの交渉材料にするか、非公表にするかは自分たちの裁量次第だということは覚えておくといい」
拗ねるマシュの頭をわしゃわしゃと撫でながら苦笑いを返したゼンは2人にギルドカードを出すように指示する。
「では、次にギルドカードのスキルの欄を見てほしい。そこには今2人が持っているスキル名やレベルが書いてるはずだ」
ギルドカードを取り出してステータスを開くと確かにスキルという欄がある。
「スキルというのは知識をつけたり技術を身につけることで得られ、知識が増えたり精度が上がると隣に書いてあるレベル数値が上昇していく。その下の方に書いてある特殊スキルというのはレベルなどはなく、生まれ持った才能みたいなもんだな。ちなみにこの特殊スキルは持っている者といない者がいるんだが、持っていなかったからと言って貶められるようなものでもない。努力しない特殊スキル保有者は努力する者には負けるからな」
「なるほど~」
「なるほどねぇ~」
「2人の持ってるスキルとレベルを教えてくれるか?」
「私は薬草知識と調合30、描画43、速読26、魔力感知2、手芸60、解体1、回復魔法12、魔力操作18……と、冷気遮断は謎のマークが付いてますね」
「私は……調理30、解体18、狩猟22、工作28、魔力操作(武器)17で統率(魔獣)懐柔(魔獣)は私も変なマーク付いてます」
「ん?見てもいいか?」
「はい。これなんですけど……」
マシュのギルドカードを不思議そうに覗くゼンの表情がみるみるうちに驚愕のものに変わっていく。
「マシュ、お前は冒険者ギルド設立以来の歴代最高従魔士ジェノに肩を並べる存在になるかもしれない」
「……なんか、微妙っすね」
「微妙なわけあるかッ!それは最高レベルを超越しているというマークだぞ!?これは世界で唯一ジェノしか持っていないスキルだ!というか、2人揃って超越者のマークを持っているとはどういうことだ!?」
「確かにマシュのはレアっぽいけど私の冷気遮断はいったい何なんだ」
「わからんけど寒くはなさそうよな」
「でも、寒さに強いのって豪雪地帯出身だからじゃないの?」
「いや、でも雪……あれか。確かに豪雪地帯だから寒さに強いか」
雪国出身者って家の中が暑いから寒さに弱くなかったかという言葉を飲み込んだのは、家の中が暑いというのがそもそも前世の体験だからだ。
ふとポター村で過ごしていた日々のことを思い返し、そういえばトリーの近くにいる時だけ寒さを感じなかった気がすると口にする。
「え、そうなの?」
「うーん、たぶんだけどね。猟の手伝いに行った時とかは普通に激寒だったもん」
「そう考えると確かに私寒いって思ったこと無いかも」
「えー、私も生活に直結するようなやつが良かった~」
「何を言ってるんだ、マシュ!お前のスキルだって負けず劣らず素晴らしいものじゃないか!」
がっしりと肩を掴まれ怯むマシュを「お前は凄い子だ」と抱き締めるが当の本人は胸当ての金属が頬に擦れて苦しそうに藻掻いている。
膝に乗っていたシロと寄り添っていたイナリが飛び起きて距離をとり、いそいそとテントに入って行ったあたり悪意が全く無いことだけはわかる。
「ゼンさん、マシュが血縁のジェノさんと同じスキルを持ってて更に同じようにレベルが最初からカンストしてるっていうことは遺伝的なものがあるんですかね?」
「ないな。職業適正が似るのはよくあるし、適性が似ているからスキルが似るということも確かに無いとは言わないが、最初からカンストしたものを持っているということは特殊スキルを持っていることの証明でもある」
「私もカンストしてるスキル持ってますけど、何か特殊スキルを持ってるんですかね?」
「そうだ。そもそも初期からカンストしているということが、普通ではないんだ。かなり貴重な特殊スキルを持っていると考えていいと思うが、キャベッシュでそれを知るには王都にある大聖堂に行かなければわからないんだ」
「自分が持ってるスキルなのに大聖堂に行かないとわからないんですね」
「そうだな。王都に行く機会があれば調べてもらうといいぞ。特殊スキルは大神官やそれこそ鑑定の特殊スキルを持っている高位の神官に検査をしてもらわないとギルドカードに表記されないからな」
「王都なら行くつもりだし、ちょうどいいかもね!」
「人によっては特殊スキルを複数持っていたということもあるらしい。確かジェノの相棒のボロネとルァーメンを拠点に活動しているSランク冒険者の1人が最多の4つの特殊スキルを持っているという話があったはずだ」
そう話し、時間も経ったことからゼンに睡眠をとるよう促され2人はテントの中に入る。
テントの中には前世で見たことのある渦巻状の魔法具がある。
いや、見た目は蚊取り線香そのものだ。
これは魔獣除けの魔法具らしいが従魔には効かないものだと説明があった。
火を付けるものではなく煙も立たないため、少しの魔力を流すだけでテント内でも安全に起動できると説明書に書いてあった。
魔獣に襲われる心配がなく睡眠をとれるのは有り難いものだと思いながらマシュがそれを起動し、隣では相変わらずトリーが魔獣図鑑に目を通していた。
「ねえねえ、ワイバーンってドラゴンだよね?」
「たぶん」
トリーが見せてきたページには小型のドラゴンと呼んでいいと思われるワイバーンが載っていた。
しかし、棲息地域として書かれているのはルァーメンとドンギスという国らしくキャベッシュは欄に入っていない。
「キャベッシュにはいないみたいだけど、一応ドラゴン種はいるってことかな?」
「確かにいるにはいるってことかも」
図鑑を渡されたマシュが手早くペラペラとページを捲っていき他にドラゴン種がいないかを探していると奥付のあとに付け足されたようなページを見付ける。
「めちゃくちゃ手書きで伝説のドラゴンって書いてあるんだけど」
「まじ?……ちょ、絵が」
若干半笑いの2人が見つけたのは、ダインが書いたとされるドラゴンに関する正しいかどうかは定かではないドラゴンの情報だった。
一冊ずつ手書きで記載しているのかと思うとその情熱には頭が下がる思いだ。
ただ、ダインに描画力はないらしい。
「ドラゴンっていうか……ミミズじゃね?」
「マシュ、それは言っちゃダメだよ。ほぼミミズだけど」
「あ、でも翼があるんだね」
「子供の頃に書いた天使の羽って感じだけど、ドラゴンって鳥みたいな羽してんのかな?」
「わからんけど、アニメとかゲームとかでありがちなのはコウモリの羽みたいな感じじゃない?それか紋様みたいな……わかる?」
「わかる。なんか発光してそうなやつね?」
「そうそう」
「まあ、もしかしたらこの世界のドラゴンはつぶらな瞳のミミズみたいな見た目でファンシーな羽なのかもしれないし……」
「ミミズかぁ……つぶらな瞳しててもミミズはなんか嫌だな~」
「まあ、とりあえず今日のところは寝よ。明日も動き回らないといけないし」
「そうだね。あまり寝る時間も無さそうではあるしね」
そう言って2人はカンテラの火を消し眠りについたものの、2人揃って羽の生えたミミズに襲われる夢を見て早朝に飛び起きたのだった。




