2話 幼馴染2人は思い出す
歩き続けること数時間。既に空は明るく快晴の日差しが降り注ぐ。太陽の位置からして昼時だろうと判斷し、近くの岩に腰を下ろした。
どちらともなく鳴った空腹を知らせる音に「ご飯だ~」と言ってお弁当を広げ、ランチボックスから取り出したサンドイッチに齧り付こうかと大きな口を開けた瞬間背後から大きな影が差し、あんぐりと口を開けたまま後ろを振り向いた。
最早大きすぎてそれが何なのか理解できないまま視界に入った白い鱗のようなものを凝視して硬直する2人の頭上からネバネバした液体がボタボタと落ちてくる。
予期せぬ事態に張り詰めた緊張の糸が切れ、2人はそのまま意識を手放した。
――視界に靄がかかる。
近くに居るはずのトリーを探し、声を出そうとしても口が開かない。
何度か目を開閉させて擦り、ようやく周囲に何があるかがはっきりしてくる。
目の前には見たことのない箱のような板のようなものがあり、その中で見たことの無い絵が動いている。
マシュには一体それが何なのか分からず、周りを見ようと思っても動けず、もがこうとしたところで箱の前に座る自分が自分ではない誰かの意思で隣りにいる自分と同じ年頃の少女の方を向いて勝手に口を開いた。
「青葉~、70番の称号取れてないわ。どこで取れるか探して~」
「りょ!ちょいスマホで検索するから待って」
青葉と呼ばれた少女の手には小さな板がある。それがスマホというものなのだろうか……と考えたところでガンッと強く頭を殴られたような痛みが走った。
あれは確かにスマホで、目の前にあるのはテレビで間違いなく、手に持っているのは家庭用ゲーム機のコントローラーだ。
隣にいる青葉は3歳の頃から一緒にいる幼馴染で、自分の名前は蓮であると自覚する。
「70番は料理イベのクリアが必要っぽい」
「まじ?なんか途中までやってた気がするわ〜。食材の場所わからんくて放置した気がする」
「じゃあ、食材探すか〜」
「うぃ〜ルート案内任せんね」
「はいは~い」
蓮が何かに躓けば青葉が手助けをするといった少女2人のやり取りに既視感がある。
きっと青葉に何かあったときは蓮が手助けしているのだろうと容易に想像できるのは、その信頼のあり方がまるで自分とトリーのようだからだ。
強制的に思い出される蓮という少女の記憶には必ずと言っていいほど青葉がいた。
かまくらや雪だるまを一緒に作ったこともあれば今のように色々なゲームを攻略もしてきたし、鬼ごっこやかくれんぼと外で遊んだり、頻繁にお泊りをしては漫画を描いていたし、時には喧嘩もしつつたまに一緒に勉強もしていたようだ。
活発で社交的で勉強は苦手だが運動が得意な蓮と大人しく内向的で勉強は得意だが運動が苦手な青葉は正にマシュとトリーと瓜二つ。
マシュがその少女2人は自分とトリーの前世の姿なのだと理解し始めた頃に光景が薄く半透明に消えていくのがわかった。
「前世から一緒とかおもろ!早く話したいわ~」
全てが消える間際、マシュが自らの意思で漸く口にできた言葉を聞いた青葉が大きな目を見開いて言った。
「やっぱマシュだよね!?」
返事をする間もなく2人は現実に引き戻されていき、マシュとトリーが目を覚ましたのは同時だった。
見知らぬ部屋にいることも丁寧にベッドに寝かされていることすら気にすることなく2人は乱雑に布団を捲り上体を起こして顔を見合わせる。
「見た?」
「見た!」
真顔で尋ねたマシュにトリーが間髪入れずに即答するとベッドの上で胡座をかいたマシュが身体を揺らして笑い、トリーも驚きが笑いに変わった。
「すげぇぇぇぇ!やっば~まじかよ~」
「前世からとか付き合い長すぎだしミラクルすぎる!」
「今世もよろでーす」
「こちらこそ~ってか、もう既に友達としてよろしくやってるっていうね。てゆか、夢ではゲームしてるワンシーンのみだったけどどこまで思い出した?」
「昨日のことレベルで思い出せるのは27歳の夏だと思われ~。深夜にゲームしてたらクッソうるさいアラーム鳴ったとこまでかな」
「おぉ~私も寝てたら爆音アラームが鳴り響いて起きたとこまでだわ」
思い出した記憶をすり合わせたところで一頻り盛り上がったあとの2人の反応は「まぁ、いっか」というものだ。
「てか、前世の記憶思い出したせいでそう思うんだろうけどこの世界めっちゃファンタジーじゃん!おもろ!」
「蓮さんの頃こういう転生モノとか好きじゃなかった?これが転生?転移?だったとして今後の展開ってセオリー的にどうなん?何かしなきゃいけないこととかある系なん?」
「あ~私がよく読んでたのって貴族令嬢モノだったりしたからなぁ……でも、前世の知識を駆使した成り上がり系かスローライフ系が多かった気がしないでもない。たぶん」
「特に何かやれってことも無いのかな?」
「……ないんじゃないか?記憶を思い出したのには意味があります!国を救ってください!とか言われたところで困るけども」
「ムリムリムリムリ!荷が重いわ!」
「あ、なんか成り上がりたいとかある?」
「いや、全然ない。めっちゃお嬢様のメイドとして働く気満々」
「それな。一応、従魔士の素質はあるらしいから役に立ちそうなの1匹くらい仲間にしてみたいけど……メイドの仕事に役立つ魔獣って何」
「……わからん。私も白魔法士とか言われても、そもそも魔法がない世界だったからゲームの知識と今まで習った知識以外ないわ。医学とか薬学とか言われても前世で草に興味もったことないし、シスターピクルに習ったことしかわからん」
「まぁ、平穏無事に生きるのがベターってことで」
意外なほどに2人の順応性は高く、あまりに冷静だった。
前世の記憶を思い出したとはいえポター村で育ってきた記憶が消えた訳でもなければ、同時に思い出した自らの命が絶たれたのであろう20代後半の某日に何があったかまでは覚えていないし、特段後悔もない。
ただスマホがけたたましい警告アラームを響かせていたことくらいしか覚えていないのだ。
死に際を覚えていないのは存外幸運かもしれない。
痛みや苦しみも覚えていないし、1人ではないからか寂しさもない。
それに互いにとって互いが特別なことは理解していても、今生きるこの世界にとって自分たちが特別にはならないことをよく理解している。
大それたことを成し遂げられる才能を持ってもいるとも思わないし性格もしていないし、そんな気概もない。
普通、平凡、凡庸という言葉が自分たちには似合うと思っている。
口調が前世に引きずられていても身体は16歳のままだし、性格も前世と似たりよったりだし、前世も現世も平凡を地で行く一般女性だ。
「あれだね。一旦、ここが何処なのか知りたいよね」
「確かに。なんか……病院ってより保健室っぽい?」
「あー確かに保健室だわ。てゆか、マシュはここに来る前のこと覚えてる?」
「んぁ~うぅん~そうねぇ……なんかデケェのいたのは覚えてる。トリーはどうなん?」
「ベトベトした液が降ってきたのまでは覚えてるわ」
「それは何が起きたかわからんのと同じだわ」
「とりあえずシャワー浴びたいのとお腹空いたのだけは確実」
「それはそう」
2人が話し終えて誰か人が居ないか探すべきかと悩み始めたとき、扉の開く音がした。