18話 幼馴染2人はダンジョンに挑む 1
武器を選び終えた2人は、ついにダンジョンの入口に足を踏み入れる。
お上りさん宜しく辺りをキョロキョロと見回しながら入った塔の中は石造りの迷宮といった感じだ。
すっげ~と感心しがちな2人の前を誘導する教官が歩き、少しだけ奥に入るとテーブルや棚、宝箱型のアイテムボックスが設置された広間に辿り着いた。
誘導されるままテーブルの脇に立つとアイテムボックスから取り出された道具が並べられる。
「ダンジョンについての説明を始めるぞ」
「はい!」
「まず、ダンジョンというのは魔力濃度の高い場所に入口だけが出現する。内部はところどころ次元の歪みが発生しており、その歪みを通り抜けることで、ダンジョン内の別のエリアに移動できるんだ。ダンジョン内の構造は魔力濃度などによって様々だが、この魔力探知ルーペや従魔による魔力探知で魔力の強まる方向を目指しながら進むのが基本になる。では、このルーペであそこにあるアーチを見てみよう」
「はい!」
ゼンが指差した場所は変哲もない壁にアーチ型の装飾が施された場所だ。
トリーは、その方向にレンズを向けてルーペを覗くと色とりどりの薄い靄の中に一際濃く赤い靄が渦巻いているのがわかる。
「魔力が濃ければ濃いほど濃い色の靄が見えるはずだ」
「あ~、サーモグラフィーっぽいですね。確かにアーチの真ん中が凄い赤いです」
「さーも……なんだ?」
「へあっ、いやっ、なんでもないです!」
「そうか……まあ、いいだろう。赤は火属性の強い魔力を持つ何かがその先にあるということを示している。ボス魔獣や巨大な魔力石であることが多いな。では、周囲を見回してみろ」
ルーペを覗いたままぐるりと体ごと周れば色とりどりの薄い靄が見え、何箇所かにアーチの下の赤よりは薄いが濃い色の靄が浮き、ルーペでマシュを捉えると体の周囲がモヤモヤとしており輪郭が分かり難くはなっているもののマシュ自体は鮮明に見える。
「人間を見ると普通に相手のことが見えるんですね?」
「ん?あ、あぁそうか。従魔士というのは魔力に色を持たない者が多いらしい。無属性とも呼ばれてるな。マシュの輪郭以外はハッキリと見えてるか?」
「はい。輪郭はボヤ~っとしてますね」
「だとするとマシュは無属性の魔力を大量に保持しているんだろう。マシュ、逆にトリーを見てみるんだ」
トリーからルーペを受け取り覗くとトリーの体を型どる鮮やかな水色の魔力がそこにある。
「めっちゃ水色だ。水色って水属性とかですか?」
「水色?青じゃないのか?」
「いや、水色ですね」
「ん~……弱めの水属性か……もしくは光属性の白と水属性の青が均等に混ざっているのかもしれないな」
「鮮やかで濃い水色になってるってことは、2つとも同じくらい強いってことですかね?」
「あぁ、そうだろうな」
「トリー、すごいじゃん!よくわからんけど!」
「他の場所みたくマーブルになるんじゃなくて完全に混ざることもあるんだ?面白いね!」
「俺も初めて聞いたが大体合ってるだろう。では、続きを話すぞ」
持っていたルーペをテーブルに戻して説明に耳を傾ける。
「現在居る階では最も濃い赤の歪みを追っていくとこの階の1番魔力の高い場所に辿り着き、上の階に進む移動装置がある。一般的には、その場所にボスがいてボスを撃破すると出口へ繋がる次元の歪みが発生し、徐々にエリア全域に広がりやがてボスエリアが消失するようになっている。そのときボスエリアにいた人達はダンジョン内の最も魔力の低い場所、すなわち出口に転移させられるんだ」
「強制なんですね」
「そうだ。ボスエリアが消失するとダンジョン内の別の場所に新たなボスエリアが発生する。このとき、ダンジョンの出入口も別の場所に変わるんだ。その他、特定の魔獣やギミックを解除することで魔力バランスが崩れるとダンジョン内の構造が変わることもある。今回、君たちが受講するコースは、それらを体験するためにあるんだよ」
「ありがたい講習内容だね」
「だね~」
「今回の受講コースでは、1階から5階、7階から10階にはボス魔獣が設定されていない。6階のボスを倒すと7階の入口に転移するよう設定されていて引き続きダンジョン攻略をすることになるからな。気を抜くんじゃないぞ?それと低ランクダンジョンの場合は、ボスエリアなど特定の場所以外ダンジョン内構造がほとんど固定のため、冒険者ギルド側でダンジョンマップを作成して配布しているケースが多い。高ランクダンジョンになると、ダンジョン内構造が大きく変化するのでマップが存在しないケースもある。測量士などがパーティー内にいれば地図を自作しているなんてケースもあるな」
「測量士がいない場合は地図って作れないんですか?」
「作ることはできる。まず、ここに並ぶ道具について説明していこう」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ゼンは2人の前に置いてあるルーペを指差し、それについて話し出す。
「まず、このルーペが魔力探知機として機能することは分かったな?」
「はい。誘導の役割も理解しました」
「このルーペには、もうひとつ役割がある。それが記録だ」
「記録?」
「そうだ。ルーペの一番下に付いているチャームを引っ張ると持ち主がどうダンジョンを歩き回ったかが記録されるんだ」
「あ~、その記録を見返せば歩いた部分のマップは作れそう……かも?」
「慣れるまでは時間かかりそうだけどね」
「いや、その必要はない。ダンジョンから出たあとで冒険者ギルドに提出すれば自分たちの足跡マップを作ってもらえる。多少、金はかかるけどな」
「なるほど」
「注意点は、マップにしないまま次のダンジョンに入って記録を開始すると上書きされ、前の記録が消えることだ」
「連続でダンジョン踏破はしないほうがいいね」
「2人ともルーペ持ったら2回は大丈夫なんじゃない?」
「このルーペは、それなりに値が張る。講習終了後に今回使ったルーペであれば安く売ることもできるぞ」
「なるほど?ありがちなやつね?」
「まあ、買わない選択肢はないね」
「ちなみに記録機能が付いてるのは冒険者ギルドで売ってるもののみで、雑貨屋に売ってるのは魔力探知機能しかないものだから、そこも注意するように」
「わかりました」
次に2人の前に置かれたのは5冊の分厚い本。
表紙には魔獣の姿、植物、薬瓶と道具、門、地図が描かれている。
「魔獣の表紙の本は魔獣図鑑だ。すでに存在が確認されている魔獣は登録されていて採れる素材や特徴・特性なんかも載っている。その魔獣と出会った回数なんかは自動更新されていくし、新たに発見した魔獣や特徴も自動更新されるな。最初に魔獣を発見した人の名前も載るから新魔獣の発見を目指す冒険者も多いぞ。これは講習終了後の報酬になってるからな」
「あ、はい!」
「次に植物図鑑だ。これは主に薬草採取や薬の調合、毒の有無や食用になるかなどに重点を置かれている。薬の調合方法もこっちに載ってるからな」
「了解です!」
「こっちはアイテム図鑑だ。武器や防具などの装備品から薬品、その他に魔法具などの効果だったり使い方なんかが載ってるな。次に門の表紙の本はダンジョンマップだ。今は白紙だが、さっき話した通りルーペの記録は冒険者ギルドに持ち込むことで、この本に記録を反映させることができる」
「はい」
「最後の本は世界地図だ。今はキャベッシュの地図しか載っていないが、他国にある最初に訪れた冒険者ギルドで更新するとその国の地図が載るようになっているから地図の更新を忘れずにするように」
「はい!」
「魔獣図鑑、植物図鑑、世界地図は講習終了報酬になっていてアイテム図鑑とダンジョンマップは割引での販売だな」
「了解です」
「さて、次だ」
5冊の本を除けて置かれたのは小さめの鞄が2つとやや大きめの鞄が1つだ。
「この2つの鞄はアイテムボックスだ。図鑑程度の大きさのアイテムであれば20種類のアイテムが入る。服やなんかは別の鞄が必要になるな。こっちの鞄は野営アイテムが入っている。テントや寝袋だけでなくカンテラや調理器具もいくつか入っているぞ」
「……買取ですか?」
「アイテムボックスは買取だが、野営セットは報酬だ。ただ、この野営セットは長持ちするものじゃないから相応のタイミングで買い直すことをオススメする。使い方は野営地に到達してから教えよう。では、全ての荷物を持つんだ!」
「シロ、ルーペ以外の荷物全部持てる?」
『任せてくださいッス!』
シロがテーブルの上でびよーんと体を伸ばし、アイテムを包むとルーペ以外のアイテムがその場から消えゼンの呆けた表情が目に入った。
「マシュの獣魔はアイテムボックスの役割ができるのか……珍しいスライムだな」
「そうなんですか?」
「あぁ……いや、とりあえず進もうか!トラップや戦闘については都度指導しよう。さあ、行くぞ若人よ!」
頭に響く大きな掛け声を放って歩き出した大きな背中を追うように2人も初めてのダンジョン踏破に向けて足を踏み出した。