17話 幼馴染2人は教官に気圧される
冒険者ギルドに戻るとタクワと教官らしき大男が何やら会話しているのが目に入った。
想像の倍大きな声で「任せろよ義兄さん!」とタクワの背中をバシンッと力強く叩き、タクワがよろける。
「あれくらったら骨折しそうなんだが?」
「おいおい、やべぇって……性格が優しいとかの問題じゃないって」
爽やかな容姿でありながらいつぞや見たポーンラビットに匹敵する背丈、分厚い胸筋に太い二の腕や首。
短い青髪を揺らしながら快活に笑う男を見てマシュは本能的に察していた。
あれは力加減のできないタイプの脳筋バカだ、と。
トリーが特に苦手とする熱血漢タイプだ。
そっとトリーに視線を向けると若干引き気味のトリーが「まじか」と呟いている。
別にマシュだって得意なタイプではない。
どちらかというと見ているのは面白いが関わりたくはないタイプだ。
しかし、教官を長く務める熱血漢ならば教育という部分に手を抜くことはないだろうと謎の信頼感もある。
そうこうしているとタクワと教官の顔がマシュたちの方に向いた。
「お!君たちが今回の教え子か!よく来た!」
「おい、声量を下げろ」
「何言ってんだ義兄さん!初対面なんだから明るく元気よく挨拶するのは当然だろう!」
「あーあー、わかったよ。とりあえずお前は幌車の準備してろ。パーティー登録終わったら連れてってやるから」
「そうか……では、教え子たち!またあとでな!」
「あっ、は、はいぃ……」
上機嫌に走り去っていく教官は間違いなく善人だろう。
爽快な笑顔の裏に別の顔があるだなんて信じたくないし、もしあったなら人間不信が加速しそうだとマシュは密かに思いながらタクワに連れられてパーティー登録をしに受付に向かった。
受付の男性が2人の姿を見るなり出してきた書類にトリーが記入していく。
「パーティー名はポラリウス……パーティーメンバーはマシュとトリー……あ、パーティーリーダーってどっち?マシュでいい?いいか。マシュね」
「おい、お前答えさせる気無かったろ今の」
「え?嫌なん?」
「いや、別にいいけど……どうせ2人だし」
「マシュは従魔士で、私は白魔法士でしょ……」
サラサラとペンを滑らせて行く先でトリーの手が止まり、眉間にシワが寄る。
「どしたん?」
「既に受領印が押されてる」
「あー……その、だなぁ……マシュ嬢ちゃんの親父さんの件が祖父さんにバレてな」
「……なるほど」
「無駄に期待された、と」
「すまんな」
「まぁ、待ち時間が省けたので良しとしましょう」
書き終えた書類とカードを受付に預け、それを持って男性が裏に行ったかと思うと数分で戻ってきてカードを返してくれた。
「登録を完了しましたのでカードを返却しますね。登録作業は以上で終了になります。お疲れさまでした」
「ありがとうございました」
男性に向けて軽く会釈をしてタクワと共に向かったのは冒険者ギルドの裏にある幌車の発着場だ。
ガナッシュに比べて広く、特にポルコネ方面に向かう幌車は人で溢れている。
タクワが目的とする場所は発着場の端も端で、冒険者ギルドが専用に借りている場所だった。
他の受講生と同乗するらしく教官も複数人いると説明があり、2人はギルドで声を掛けてきたスルスの夫に改めて挨拶と自己紹介をすると教官も嬉しそうに2人に笑顔を向ける。
「2人の講習を担当する教官のゼンだ。よろしくな」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
深々と頭を下げた2人の肩をポンと叩き、受講生たちに乗車するよう指示を出す。
自分たちも乗車しようかというところでトリーが「あっ」と声に出した。
「どした?」
「宿の女将さんに初心者講習で一日居ないこと言わなくていいのかな?」
「今週分の支払いは済ませてるけど、どうなんだろう」
「毎日挨拶とかしてくれるし心配しないかな?」
「タクワさん、こういうときって宿の主人に言っておくべきなんですかね?」
「そうだな。連泊してるなら言っておくほうがいいだろうな。泊まってる宿はプクレか?」
「そうです」
「わかった。女将さんには俺が伝えておくから心配せず頑張ってこい」
「ありがとうございます!」
元気に返事した2人は飛び乗るように幌の中に入っていった。
間もなく幌車が出発し、同乗している少年少女に紛れてトリーは大人しく膝に居座るシロを揉んでは緊張を解す。
その隣にいるマシュはそれほど緊張していないのか程よい速さで動く景色を眺めいた。
幌車が出発してから一時間が経とうという頃に目的の場所に到着し、各々が担当教官のもとに向かう。
「マシュ、トリー。君たちはジョブが決まっているからそれぞれのジョブに合わせた武器を用意してある。今持っているものは使わないからこの中から選んでくれ」
大きな塔の入口前で並べられた武器の数々を眺めながら2人は「えっと……」と戸惑いを見せる。
トリーの前にある白魔法士用の杖は全て木製タクトか整形された木の棒にしか見えないし、マシュの前に並ぶ鞭は騎手が持つようなものから特殊な癖をお持ちの方々が喜びそうなものまで形は様々だ。
マシュがひとつひとつ手にとっては鞭を振ってグリップ加減を確かめながら簡単に操ることができるのか疑問が浮かべている横でトリーが「なんか……妙に上手くないか?」と訝しげに呟いている。
「最初は使ってみたいものでいいぞ?全部アイテムボックスに入れて持っていくから扱いにくいようであれば途中で変更することも可能だ」
「なるほど」
「一番一般的なのはどれですか?」
「初心者の魔法士はトレントの素材から作られた小さめのを持つことが多いな。大きな杖は魔法の威力は上がるが操作が安定しなくて初心者には使いづらいらしい。ここにあるのは全部トレント素材から作られた杖だぞ」
「へぇ~。大きさで変わるんですね」
「大きさで扱いやすさが変わるのは魔法士だけだな。あとは装飾の多さかな。複雑な魔法を使うには杖自体だけじゃなく飾りに特殊な素材を使ったり魔力石なんかが必要になる」
「なるほど……中くらいのやつにしてみようかなぁ」
「あの、鞭は……」
「慣れだ」
「え?」
「慣れだぞ」
杖のように詳しい説明があることを想定していたマシュが間の抜けた声で聞き返すが答えは変わらない。
せめて選び方の基準くらいは無いのかとマシュが詰め寄ると思考を巡らせたゼンが思い出したように答えてくれる。
「戦闘を目的としている従魔士は後々に蛇腹剣を使うことになるだろうから一本鞭を選ぶことが多いな。魔力を流して扱えば自在に動かせる。こっちの乗馬鞭は調教師や馭者として働く者が持つことを想定して作られてる。短鞭と長鞭があるが戦闘には向かないな。こっちのナインテールは……特殊な界隈で絶大な人気を誇る」
「あっ、はい」
ナインテールについて色々と察したマシュは心の中で「じゃあ、ここに要らんかったじゃん!」と思い切りツッコミを入れていたが、ゼンが説明を続けているため再び耳を傾ける。
「マシュは一本鞭がいいだろうな。グリップが手に合うかも重要だが振る部分も重要だ」
「なるほど」
「糸を編んで作った紐を束ねて一本にしたものは柔らかく靭やかで魔力も流しやすく扱いやすいが攻撃力は低い。その道でも重宝されているらしい。鎖状の金属を使った一本鞭は攻撃力が高いものの扱いにくい。その道では不人気らしいぞ。棘のあるローズウィップは攻撃力は高いが耐久性が低い。買い替え頻度が高くなるせいで新人が持つには向かないが、その道では人気だ。革製のものは全てそこそこだが、良い音が鳴ると評判だ」
「音!?音って重要でしたっけ?!」
「界隈では重要らしいぞ!」
「ちょいちょい挟んでくる界隈の情報要ります!?」
「友人が才能のある奴を求めててな」
「才能があったとしてもなりませんからね!?」
「まあ、冗談だ。はっはっはっ!将来、蛇腹剣を使いたいなら金属製のものか、せめて革製のものから始めたほうがいいだろうな!」
「……じゃあ、革製から始めます」
「さっきの振ってる感じなら、すぐにマスターしそうじゃない?」
「ほんとぉ?」
「わからんけど……似合ってはいた」
「おい、それ褒め言葉か?……なぁ……おい」
詰め寄るマシュを無視して自分の手に馴染む杖を選んだトリーは満足そうに「これにします」と言ってゼンに杖を見せた。