16話 幼馴染2人は講習に向かう
防具屋を出た3人が向かったのは近くにある小さなカフェテリア。
外観・内装共に可愛らしく客層は若い女性が多い。
どう見てもタクワは浮いているが店員の女性は慣れた様子で「いらっしゃいませ~いつものですか~?」とタクワに聞いた。
「いや、今日はここで食べていく。この嬢ちゃんらも一緒だ」
「えっ!やだ!まさかの不倫!?」
「んなわけねーだろうが!バカなこと言うんじゃねぇ!!」
「もう~冗談ですよ~義妹の店に不倫相手連れてくるようなバカがいてたまるかって話よね~」
ケラケラと笑う女性はタクワの妻の妹スルスだと名乗った。
タクワはコーヒーを、2人は朝食を抜いていたので軽食を注文してカウンターの直ぐ側にあるテーブル席に着く。
「今日、嬢ちゃんたちを受け持つ教官はスルスの旦那だ」
「そうなんですか!?」
「あら、そうなの?うちの人、色々と大きいからビックリさせちゃうかもしれないわね」
「そんなにですか」
「特に声が大きいのよ~ほんと嫌になっちゃうくらいなの!でも心も広いし素敵な人なのよ」
語尾にハートマークが乱立しそうな雰囲気の会話に割って入れるのはタクワだけで、彼は「その話しは長くなるか?」と義妹の続きかけた言葉を止めた。
「あら、ごめんなさい。じゃあ、ゆっくりしていってね」
義妹が仕事に戻ったことを確認して、ふぅと浅く息を吐いたタクワが改めて2人に向かい合う。
「最初以降ギルドに来てなかったよな?」
「はい」
「じゃあ、クエストとダンジョンについて説明するぞ」
「お願いします」
「まず、ギルドにクエストボードってのがあるのは見たか?」
「はい、見ました」
「あそこに貼ってあるのはBランクまでのクエストだ。依頼品の入手難易度だったり達成難易度によってランク分けされていて、現状Fランクの嬢ちゃんたちは推奨ランクがDランクまでのクエストしか受けられない。受け方は、クエストボードに貼ってあるクエストが書かれた紙を受付に持っていけば受注完了で、依頼品が揃ったらギルドに届ければクエスト達成だ。この達成報告をするギルドは受付したギルドじゃなくても構わない。今どのクエストを受けているかっていうのはギルドカードに登録されてるし、各ギルドに転送魔法具があるから依頼品と報酬は問題なくやり取りができる」
「転送魔法具なんてあるんですね……便利な世の中だぁ」
「はははっ!確かにな。それでだ、クエストの達成でポイントってもんが貰える。それを集めることでランクが上がっていくんだが、パーティーを組んでギルドに登録しているとマシュ嬢ちゃんが1人でクエストを達成してもトリー嬢ちゃんにもポイントが入るようなシステムになってる」
「なるほど。パーティーって人数の規定とかないんですか?」
「2人以上であればいい」
「登録し得ですね」
「登録自体はパーティーの名前さえ決まっていればすぐに終わるから講習前に受付に行って登録しておくといい」
「わかりました」
パーティーの名前は一度決めると変更不可能だという説明もあり、ネーミングセンスに不安のあるマシュの顔色がやや曇る。
それに気付いたトリーがマシュの背中を軽く叩いて「一緒に決めよ」と小さく言った。
続く説明はダンジョンについてだ。
ダンジョンには自然ダンジョンと人工ダンジョンという2種類がある。
自然ダンジョンというのは魔力溜まりが出来た場所に自然発生するダンジョンのことを言い、人工ダンジョンとは自然ダンジョンに似せて人が造ったダンジョンのことを言う。
どちらのダンジョンも冒険者ギルドが管理しており、入るにはギルドの許可が必要だと説明があった。
「人工ダンジョンは大都市の近郊に造られていることが多く、初心者講習や憲兵・騎士の訓練に使われることが主になってるな。冒険者が素材を集めたりするのは自然ダンジョンになる」
「なるほど……キャロメルの近くには自然ダンジョンってあるんですか?」
「あるぞ。そこまで強い魔獣はいないダンジョンだから講習が終わってから行ってみるといい。薬草採取のクエストであれば深部に行かなくてもクリアできるだろうしな」
「ダンジョンって入ってすぐに戻ることもできるんですか?」
「そこらへんの説明は教官がするから聞いておくといいぞ」
「はい!」
「今回の講習では旅に必要な物や魔法具の使い方から魔獣との戦い方、素材の剥ぎ取り方なんかも教えることになってる。気を引き締めて講習に臨めよ?」
「わかりました!」
説明中に届いたコーヒーを飲み干したタクワは、どこか眩しいものを見るような視線を2人に向けたあとで仕事に戻ると言って席を立った。
その視線にダインの抱いている想いに近しいものを感じたマシュは自分が冒険者である限り同じような感情をぶつけられることがあるのだろうと察している一方で隣にいるトリーの意識は目の前にある軽食に向いていた。
「とりあえず食べながらパーティー名決めるかぁ」
「うぃ~。いただきま~す」
「トリーは何か案ある?」
「昔自分たちが好きだったものとかでもいいんじゃない?」
「あ~昔ね」
トリーの言う昔というのが前世を指していることを察し、蓮と青葉として過ごしてきた時間を思い出す。
「音楽、ゲーム、創作、あとは……」
「昔さ、めっちゃ宇宙について色々語らんかった?」
「あ~、あったあった。星座とか星とかなんかそういうの語り合うの好きだったわ」
「お互いしかその話する人いなかったけどね」
「別の友だちにその話ししたら絶対引かれるからね」
「そりゃもう変なやつ扱いされること間違いなしだったからね。そういえば、この世界に星座って無いよね?」
「天文学者とかいないし、星座になるような神話が創られてないからじゃない?」
「なるほど。星に興味を示す人間がいないからか」
「空に星はあるけど、それぞれに名前もついてないしね」
「一番明るい恒星ってシリウスだっけ?」
「太陽系外ならそう」
「何座だったか覚えてる?」
「おおいぬ座だったかな」
「大犬!マシュに似合うじゃん!」
「じゃあ、トリーはこぐま座のポラリスかな~」
「ふたつ合わせてポラリウスとかは?」
「え、かわいいじゃん!それにしよ!」
「決まるの早ッ」
「いやぁ、私ポター村出身の2人組だからポターズか~とか思ってたわ~あぶね~」
「それは、あぶね~。まじ思い浮かんで良かった~」
「んじゃ、名前も決まったことだしパパッと食べて防具屋行くか~」
「そうね」
葉野菜でモーモの挽き肉を包んで甘味と酸味のあるスープで煮込んだ料理を頬張るトリーはどんな時よりも幸せそうな表情をしている。
マシュもまたモーモの肉を包んだパイを口に運び、講習前の腹拵えを満足行くまで味わってから防具屋に寄り冒険者ギルドへと戻った。