12話 幼馴染2人は本を漁る
キャロメル到着初日から数えて8日目。毎日開館時間に図書館へ向かい、閉館時間になって帰る日々が続いた。
図書館には、館内にある本を検索できる魔法具が無料で貸し出されており、2人はその球状の無色透明な魔力石が装着された魔法具を使って目的の本を探していた。
最初は医学系のジャンルに絞って検索し、次は薬学や白魔法のジャンルに手を伸ばす。
それでも膨大な蔵書数に目星すら付かず焦りからギルドに行く余裕すら持てなくなっていた。
「毎日お疲れさまです。どのような本をお探しですか?」
そうトリーに声を掛けてきたのはモノクルを掛けた30代と思われる朗らかそうな女性だ。
制服を着ていることから図書館の司書を務めているのだろうと思う。
図書館を利用する者がそう多くない中、連日朝から晩まで来館している者がいれば気になるのも当然かもしれないと思いながら素直に医学関係の本を探しているのだと答えた。
「医学関連は読まれることが少ないので地下書庫に多く置いてあるんです」
「あ~……それって見せていただくことは可能ですか?」
「実はお二人にお願いがございまして、地下書庫に溜まった廃棄予定の本の整理を頼みたいんです。本の整理は開館前と閉館後にしておりまして、報酬はお一人日当2シルになります。書庫内から持ち出さなければ置いてある本を読むことも可能ですよ」
「ぜひ!やらせてください!……あ、それって冒険者ギルドに届け出をだしたほうがいいんでしょうか?」
「えっ、あ、冒険者だったんですね。それではギルドの方に指名でご依頼しますので先に依頼書にお二人の名前をご署名いただけますか?」
「わかりました」
「では、書類をお持ちしますので席でお待ち下さい」
速歩きで女性が去るのと同時に本探しを中断して席に戻るとシロを顔面に乗せたまま動かないマシュがいた。
「マシュ、何やってんの」
「いやぁ、冷えていい感じなんだよね」
「なるほどね?あ、今さ司書のお姉さんから依頼を受けたんだけど指名制の依頼にするから書類に署名だけしてほしいんだってさ」
「うぃ~、りょ~」
「報酬は1人日当2シルで、仕事内容は開館前と閉館後に地下書庫にある廃棄本の整理だって」
「うぇ~い」
「あと、書庫から持ち出さなければ置いてある本も読んでいいみたい。医学系の本ってあまり読まれないらしくて書庫のほうが多いんだってさ」
「まじ?めっちゃいいじゃん」
シロを顔面から下ろしてトリーの方を見たマシュの目には濃い隈ができている。
幼い頃から本に慣れ親しみ、勉強が好きだったトリーと違ってマシュはそこまで机に向かう勉強が得意ではなかった。
そんなマシュからしてみれば苦行とも言えるのかもしれない。
グッと体を伸ばして座り直すとタイミング良く司書の女性が現れ、二人の前に一枚の書類が置かれる。
改めて業務内容や報酬の説明などがあり、話し合いの末に任意のタイミングで契約を終了できる日雇いならばということで落ち着いた。
「既にギルド員の方に連絡してありますので、ご署名頂いた書類を提出すれば依頼を受理された形となります。指名制の依頼ですので報酬はギルドを介さず契約終了時にお渡しすることになります。また、夕食は閉館後に買ってきていただくか、どこかで食事を済ませてきて頂いてから業務というかたちになります」
「提出はこちらでしたほうがいいですか?」
「いいえ、館長からギルド員に渡すのでお二人はこのまま過ごしていただいて構いませんよ」
「わかりました。では、宜しくおねがいします」
「こちらこそ、宜しくおねがいします」
立ち去る司書を見送って2人は小声で話し始める。
「廃棄本の中に目的の本があったりしたら貰えるのかな?もしくは安く買えるとか」
「てゆか、日当2シルってそこそこ良い額だよね」
「割引されてるとはいえ宿が一泊7シルってことを考えるとかなりね」
そう話しながら2人は今一度気合を入れ直して手掛かり探しに勤しみ、なんの手掛かりも得られないまま3日が経った。
閉館後の地下書庫でトリーが魔法具を使いながら目的の本を探し、マシュとシロがひたすら廃棄する予定の本リストを見ては本を振り分けていた。
ふとマシュが手に取った一冊の本の表紙に目を落とし、ポツリとこぼす。
「ねえトリー、呪いってあると思う?」
「……え?急にどした?」
「いや、ゲームとか漫画とかでさ病気だと思ってたら呪いでしたパターンとかあったりしなかった?」
「あー……あったね。そんな感じのやつ」
「魔獣からだったり魔法で石化とか毒とか麻痺とか色んな状態異常の効果を受けたりすることが普通にある世界だってことを考えるとさ、病気ってだけじゃなくて呪いとかの方がしっくり来そうなんだよなぁ」
「あ~たしかにね」
「硬化って石化だと思って探してたけどさ。もしかして石化じゃないパターンある?」
「地味に石化効果持ってる魔獣多いよね。しかも、治癒方法が確立されてるやつ」
「硬くなるのって他になんかあるかな」
うーんと唸りながら頭を悩ませているとトリーが小さく「あ」と声を上げる。
「氷のように冷たくなるって言ってたし氷は?氷化っていうのかな?」
「そもそも氷効果ってあるんかな?魔法に氷属性ってないじゃん?」
「あ~……そうよなぁ……」
「まぁ、物は試しだし氷化で探してみる?本の検索って本書く時に特殊なインクが使われてて魔法具で文字を検知することで検索してるんでしょ?魔法具でジャンル指定できるの便利だな~って思ってたけどさ、いっそジャンル指定せずに氷化って文字のみで検知してみたらいいんじゃね?」
「全ジャンルからってなると、めちゃくちゃ出てきそうな気が……」
「私さ、神官がわからないっていうんだから病気じゃないと思うんよな。んで、神官が治せなかったこと考えると魔法攻撃の類も外していいと思う」
「とすると?」
「可能性としてあるのは歴史学とか伝記とか神話とか、もしくは現代では消え去ってる呪術的なやつとか?」
「そこでジャンル指定してみるのもありかな」
「ありだと思う」
「いっそジャンル指定して『氷』と『呪い』で検索するのもありかもしれないよね」
「あーね」
トリーが魔法具を起動し、浮かび上がったジャンル欄から伝記や神話などを選んで石板部分に『氷』『呪い』と記入する。
すると書庫内にある該当する本が青く光った。
冊数は多くなく、まずは廃棄に振り分けていた本の中から読んでいくことになり、速読という特殊な技能を持つトリーがその一冊の本を見つけたのはそれから2日後のことだった。