路地裏の危険な工房
復興が続くソレンス区域、その商業地区にアトーナは来ていた。
力だけではどうにもならないこともある。だが今からやることには力が必要、そう考えたアトーナは“とある目的”の為に街の中を彷徨っていた。
「やっぱり壊されて開いていない店がおおいな……これ見つかるかな」
「なにやってるのコマンダー、あんまりうろうろすると怪しまれるよ?」
挙動不審に地区内を彷徨うアトーナに、端末からミビューが声をかける。
「ミ、ミビュー!?大人しくしてくれよ!バレるとヤバいんだから!」
アトーナが動揺して端末に向かって文句を言うと、ミビューの声よりもいきなり端末に話しかけるアトーナの奇行の方に注目が集まる。
「うぇ!?いや、その……ごめんなさい!」
少年の謎の行動に民衆の視線が集まり、それに居た堪れなくなったアトーナは、誰に謝っているのかわからない謝罪を口にして走り去っていった。
「ふぅ〜……なるべく一目につかないようがむしゃらに走ってたら、こんな所に来てしまった……」
人目を避けて裏路地にまで来たアトーナは、誰もいないまともに看板も出ていないようなテナントがポツポツと出ている寂れた場所に来ていた。
「ここにも店があるんだ……でもなんか変な店の名前ばっかりだ、看板もちょっと悪趣味だし」
アトーナは文化のあまり発達していない、封建制度による統治がなされた王国の住民だった。
その世界にはシュトラルなど様々な種族が住んでいたが、魔法というもの自体はアトーナが物心ついた頃に発見された新しい分技技術として認知されているほど、特別な技術のない世界であった。
そんな世界だからこそ、素朴な王国民だったアトーナにとって危険とは直接的な悪意のことしか馴染みがなく、姑息な悪意というものはイマイチ理解していない、そんな彼では治安がしっかりしている街の裏側で息を潜める危険など理解できるはずもなかった。
「どういう店かもよくわからない……ん?この店、「アルミル・テックアームズ」って書いてある、剣とか銃のイラストもあるし武器屋かな?」
悪趣味なネオンで作られた謎の看板が目に入って立ち止まるアトーナ、点検などしていないのか蛍光灯が点滅して目に悪い看板から武器屋であることを読み取ったアトーナは、しばらく考え込んでから決意したように入っていく。
建物の地下にあるらしきそれに、アトーナは階段を降りて向かい、妙に未来的な自動ドアを潜って店の中に入っていく。
「こんにちは〜誰かいますか〜?」
恐る恐る店内を見回しつつ奥へと進んでいくアトーナ、一応無機質な機械の壁にはショーケースのようなものに剣や両手武器や銃器などが飾られており、店としての体裁のようなものは保たれていた。
「誰もいない……?あ、奥から音が聞こえる」
カウンターには誰もおらず、その奥の部屋から駆動音と何かを削る音、そして閃光が瞬き誰かが作業していることがわかった。
「すみませーん!こんにち……」
挨拶しながら奥まで入り込むアトーナの目に飛び込んできたもの、それは焼け爛れた皮膚の下から黒光するの骨を剥き出しにした謎の死体だった。
解剖台に乗せられたそれは、苦悶に歪む顔が見開く赤い目がちょうどアトーナと視線が合う位置にあり、それと目があった事でアトーナの顔がみるみる青ざめていく。
「あ、あ……ああ……」
「んむぅ?お客人か〜?」
その時、台に乗せられたその死体の腹部当たりを弄っていた小さな物体が、モゾモゾと起き上がってアトーナを見た。
「ひ、ひいやぁぁぁぁぁ!!」
それは全身が青く、頭部は何か機械の塊のような形状した小人だった。その異様な姿を見たアトーナは、驚きのあまり悲鳴をあげて腰を抜かした。
「コマンダー大丈夫!?」
「なんだあ〜?いきなり叫ぶなんて何事だよ〜?」
小さな物体は椅子から降りてアトーナの方へと歩いてくる。それは腰を抜かしたアトーナを見下ろしながら右耳付近にあるスイッチを押すと、プシューという音と共にはめていたゴーグルが額の位置に上がり、その顔が露わになった。
よく見ると機械の頭部は装置が付けられたフルフェイスのヘルメットであり、青い体もボディスーツを着ているだけだった。
「え、女の子……?」
「何と思ったんだよ、おれっちはこの工房のオーナーだ」
その人物は三頭身くらいの身長の少女であり、大きな目に三白眼の瞳は猫のように縦長で、その無表情さも相まってなんとも言えない抜けた雰囲気を醸し出していた。
「コマンダー!こいつ敵なの!?」
工房のオーナーを自称する少女が近づいたことに反応して端末からミビューが叫ぶ、それを聞いて少女が不思議そうな顔をした。
「んぅ?この声どこから聞こえるんだ?」
「あ、えっと気のせ……」「コマンダー!早くわたしを出して!」
「おやおや?おまえの端末は喋るのか〜ちょっと見せてくれよ」
アトーナを心配するミビューの声が決め手となり端末に何かあると踏んだ店主は、素早くアトーナの胸に装着されている端末をとって画面を開く。
「あっ!ちょっと!」
「なにするの!コマンダー以外が勝手に触らないで!」
「ふむふむ、『summon pieses』と『piece collection』ねぇ〜……それに自立思考を持つデータ、こんなの見たことも聞いたこともないけどレアもんの匂いがするなぁ、どこで手に入れた?」
例のアプリと怒るミビューのアイコンを見て興味深そうに店主が尋ねる。その問いかけに答えることもなく、アトーナは黙って店主から端末を取り返す。
「んお?つれないな〜この店に来たってことはそのアプリをいじるのか、それとも同じくらいやべえもの求めてるのかと思ったのに」
「わけわからないこと言わないでください!僕はただこの店が武器屋だから武器の改造をしてもらおうと思ったんです!」
それを聞いて店主は心底驚いたようで、目を見開いて驚愕した後、腹を抱えて笑い始めた。
「お、おまっ……ここがどんな所か知らずに入って……プフッ……わざわざここまで来たのかよ……アハハッ!」
「な、何がおかしいんですか!ここは武器屋なんでしょう!?ちょっと立地はおかしいはと思いましたけど、道に迷ってしまったんですから仕方ないでしょう!?」
そこまで聞いて察したのか涙を拭いながら店主が起き上がる。
「ひはは……あーそうか、ひとつ尋ねるけどおまえそのアプリについてなんか知ってるのか?」
「それは……僕にも分かりません、というかギルドもよくわかってないらしくて、秘密にしろって言われてるんです」
「つまり……くふっ……トップシークレットの超ヤベエやつってことか……ヒヒヒッ……そんなのをおれっちみたいなのに簡単に話してる上に自分じゃ何もわかってないって……イヒヒヒッ!おまえ傑作だよ!」
小馬鹿にしたように笑う店主に、アトーナとミビューの不快感が溜まっていき、険しい表情で彼女を睨む。
「あー、久しぶりに笑ったよ〜、すまねえって機嫌なおせよ〜」
「僕は魔法ができたばかりの文明のあまり発達していない世界から来たんです、そんな僕にもわかるように説明してください」
「ふーんそうか、ソレンス区域じゃ珍しいタイプだなおまえ〜まず言うと、ここはあまり表に出せない……分かりやすく言うとギルドやコロニーガードが見たらブチ切れるようなもんを扱ってるギルドの許可を得てない非正規店だ」
「ひせいきてん?ギルドが怒るようなことをしてる店って事ですか?なんでそんなことを……?」
「おまえみたいな純朴なガキには分からねえかもしれねえけど、人は文明が発達するともっと便利でもっと欲望を満たせるものを求めるようになるんだ。そんなわけでおれっちみたいなのが出てくる」
それを聞いて、アトーナは何かを思い出したのか、少し俯き顔に影がかかる。
「心当たりあるみたいだな、つーわけで危険な橋を渡ってこういうことしてるわけだが、その中でもおれっちはソフトウェアを得意としてるんだ」
「そふと……うえあ?」
聞いたこともない謎の単語に、アトーナが間抜けな発音をする。
「わかりやすく言うと、お前のその端末に入ってるアプリとかのことだよ、おれっちは違法なアプリなんかを手に入れてたり、欲しいやつの端末に入れてやるとかやってるぞ。だから端末のアプリに関しては結構自信あったんだがな〜それはしらねえから興味あるんだよ」
そう言ってアトーナの端末をしげしげと見る店主、未だ不信感MAXのアトーナは体で端末を隠そうとする。
「はっきり言って、そのアプリはかなり危険な匂いがするぞ〜?どうだ、おれっちに任せてみないか?」
「フシャー!コマンダーに近づくな!」
「僕はあなたのこと信用できません、なんなら死体に何かしてるような人には銃の改造すら頼みたくないです」
ミビューが威嚇をし、それに合わせるように後退りしながらアトーナが店主の後ろにある例のただれた死体を見る。すると、店主は首を傾げながら振り向いた。
「ん?ああこれか、これは死体じゃねえって、どこかの世界から流れ着いたアンドロイド……つまり人型の機械だ。なんかデータ入ってないかって事で解析を頼まれたんだよ」
そう言って、アンドロイドに近づき丸坊主の頭を撫でる店主、あんぐりとあけた口から見える歯は人間のそれであり、機械だという印象をアトーナに与えていなかった。
「ビビるだろ〜?正直おれっちから見てもかなり人間に近い造形だしなぁ、多分人間の代わりをしていたアンドロイドだろうな」
「人間の代わり?」
「そ、何かしらの理由で人と同じ姿の人間の代理をしていたアンドロイドっているんだよ、おれっちが聞いた世界には、人間とそれを使役するアンドロイドがいたけど、実際には人間も自分たちを人間と思い込んでいるアンドロイドだったっていうがあったな」
(なんだろう……よくわからないけどなんか恐ろしいな……)
文明の違いでうまく理解できなかったアトーナだったが、本能的に不気味な世界であることを理解して身震いする。
「んでまあ〜、なんかギルドを騙くらかす技術やデータでもあるかなって解析してたんだが、ほとんど焼けてしまっててよく分かんなかったんだ。もう用済みだし、こいつにクオリアがあれは蘇生院に持って行って蘇生するか、クオリアがないなら『トゥノーム・メタル・アームズ』あたりに持ってって修復してもらうとかしないとな」
そう言って、店主がアンドロイドの死体に取り付けていた器具類を外していく。
「まあ〜こんな事やってるやつ信用できないのは当然だと思うけど、おれっち腕は良いからさ、銃の改造したいならご要望にあったのにできるぞ」
「……じゃあ、この銃を僕の力でも片手で撃てるようにできますか?利き手で魔法を使いながら補助で銃を使いたいんです」
そう言いながら、アトーナは自分の銃を店主に見せる。
「これからちょっと危険なことをしないといけないんです。だから、少しでも手数が欲しい」
「ん〜、どれどれ……なんだ、ノーマルのα12かよ〜これがカスタムできない武器屋はこのストレンジフィールドにはいないって〜」
店主はアトーナの銃を受け取ると、スライドをバラしながら軽く状態を見る。
「うん、問題ないな、きみは銃についてはからっきしだろうし、おれっちの裁量でカスタムしてもいいか〜?ちなみにその端末見せてくれたら割引してやるぞ〜?」
「結構です、勝手に変なことされても困りますし」
「いやいや、ほんとに見るだけでだから、先っちょだけだから、そのアプリがどういうものかきみが操作するのを見れば満足だから、というか見せてくれないと銃のカスタムしないよ〜?」
どうしても気になるのか、店主が食い下がる。アトーナとしては別に他の店に行っても良かったのだが、よく考えてみると最近端末を見てなかったことを思い出して店主に見えないように画面を開く。
「え……130万……?」
そんなアトーナの目に最初に飛び込んできたのは、1300000という所持金の残高であった。思えば霹靂の天空域でグロブスタを見つけ次第狩っていたその報酬を見ておらず、自身の所持金を今の今まで確かめていなかったのだ。
アトーナは無意識にガチャアプリを開く、そこには変わらず1000000SFcで一回という表示がされていた。
「なるほど、それは一回100万というぼったくり価格のガチャなんだな〜」
「ッ!?見ないでよ!!」
気配を殺して背後から画面を見ていた店主が、その画面だけでどういうものが把握する。咄嗟に画面を隠すアトーナだったが、店主はそんな彼に意地悪な笑みを向けた。
「高性能アバターを一回100万で手に入れられるアプリか、はっきり言ってアマムラ商会の連中が配信してるゲームアプリのガチャの方がよっぽど良心的だぞ〜?」
「ゲームアプリ?違います!これは人を呼び出すアプリなんです!」
しなくていい勘違いの訂正をしてしまうアトーナに、店主は少し理解できないと言ったら表情を向けながらアトーナの端末の画面を見る。
「何を言ってるんだ〜?端末から人が出てくるなんて、このストレンジフィールドじゃどうやっても再現不可能だった技術のはずだけど」
「そうは言っても、実際に出てくるんです!この『ガチャ』というのを押すと!」
そう言って、今度は自分から画面を見せるアトーナ。しかし店主は首を傾げるだけだった。
「いや、ピックアップだのセレクトガチャだの色々あったのが見えたぞ、そんなふざけた普通のガチャと同じシステムを採用してるのに人間が出てくるなんて流石にふざけすぎちゃいないかぁ〜?」
アトーナの言葉を信じていないのか、店主は少し小馬鹿にするような態度をとる。
「仮に出てくるにしても、そいつらに100万の値打ちをつけてしまうってことだし、論理感終わってるストレンジフィールドでもそれは中々だぞ」
「それはそうですけど……でも本当に出てくるんです!」
「そうか、なら試しに目の前で引いてみてくれ、ちょうどピックアップが機械特化型とかいうものだったし、おれっちがどの程度か見てやるよ」
「いやです」
「なんでだよ!証明したいんだろ!?」
信じてもらうのに必死なのにガチャは即答で拒否するアトーナに、思わず声が荒くなる店主。
「この力は強力なんです、この力に甘えてしまったから僕は大切な人を失った。このガチャを引いてしまうとまた同じ過ちをしてしまいそうで怖いんです、だから……」
「……ふむぅ、そんな真剣な顔されたらおれっちも困るよ、そんなにいうなら信じてや……」
「代わりに今いるミビューを出します」
そう言ってアトーナはすぐに管理アプリを開きミビューを出力する。すると端末から光の粒子が飛び出して小柄な少女を形作った。
「ふぃー、コマンダーこいつすっごい失礼だね!」
「おわっ!?ほんとに出てきた!?」
「だから言ったんですよ、これは危険なものなんです」
「……確かにそのようだ、まあいいさ、約束通り見せてもらったし、お安く依頼を受け……」
その時、店の入り口と思しき方から金属を強引に吹き飛ばす音と共に何かが入ってくる気配があった。