より苦しめられる心
「あ……あ……あぁぁぁァアァァアァ!!!」
塵となって消えたプレシアを、茫然と眺めて悲しみに打ちひしがれるアトーナ。そして怒りのままにトドンネェスに掴みかかった。
「お前のせいだ!お前がプレシアを!この!元に戻せ!!戻せよォ!!お前が……!!」
そう、暴走するアトーナをバートレンが無言で引き離して拘束する、力強い彼の腕の中でそれでもアトーナは暴れ続けている。
「離せ!離せよ!こいつを殴らせろォ!」
「君の気持ちは分かる、だがこれは仕方ないことなんだ……ブドン=ジュナ族の蘇生は確実じゃない、あくまで死んだ後の補助でしたか無いんだ」
「いえバートレン……僕が未熟なばかりにこうなってしまったのです……その子の言う通り僕が……」
「あなたは!自分の技量にいい加減自信を持ってください!そんなことでは……あなたに生かされた者にも!あなたが失わせた者にも示しがつきません!」
アトーナを抑えるバートレンに苦々しく自分の責任だとトドンネェスが言う。すると、バートレンはその自分の能力を卑下する態度に怒りを露わにする。まるでそれは、尊敬する者を侮辱されたかのような怒りだった。
「う……くぅっ……!」
そんなバートレンの言葉にトドンネェスが何も言えずに俯き、その場の者達が何もできなくなっていたその時、蘇生院の入り口が開き誰かが入ってくる。
「アトーナ君!大丈夫なの!?生きてる!?怪我はどこ!?」
入ってきたのはセリナだった。どうやらアトーナが怪我をして、その後蘇生院に行ったという情報だけで飛んできたようで、すぐにアトーナを見つけると全身をくまなく確認し始める。
「セリナさん……僕……僕は……!」
アトーナはセリナの手を跳ね除け、逃げるように出口へと向かい、そのまま消えてしまった。
「アトーナ君……一体、どういうことか説明してもらいましょうか?」
「セリナさん、仮にもギルド職員のあなたなら冷静に聴いてくれると信じてますよ……」
涙を落としながら去っていくアトーナを見たセリナは、そのまま覇気をみなぎらせながら司祭と院徒の二人に向き直る。そんな彼女に深くため息をつきながら、バートレンが説明を始めた。
………………
アトーナ達の住むソレンスコロニーは、この世界に流れ着いた様々な技術が使われている。そんなコロニーの中央広場には、商業施設が立ち並び、各重要施設への交通インフラなども充実している。
そんな広場の中央にある噴水を囲むように置かれたベンチの一つにアトーナは座っていた。
「僕は、何やってたんだろう……」
視界に広がる無機質な石畳がなんとか彼の気持ちを落ち着かせていた。が、その白い石畳に少しずつプレシアの幻影が描かれていく。
……………….
“ちょっと大丈夫……?ここはどこって……もしかしてあなた流されモノ?”
“あはは!やっぱり驚いた!え?「分かってたなら教えろ」って?このセンサーは抜き打ちでやれって言われてるんだから仕方ないでしょ〜?”
“え?解明者になるって……あ、あんたみたいな雑魚がなれるわけないでしょ!大人しく喫茶店で働いてなさいよ!”
“なにやってんのよ、この程度のグロブスタにビビってるくせに「絶対プレシアより稼げる解明者になってやる」なんて言ってたの〜?軽い怪我で済んでよかったわね〜”
“まだやってんの〜?……はぁ〜全く、そこまで解明者やりたいなら私が手伝ってあげようか〜?……いらない?あっそ、あとから泣きついてきたら笑ってあげるから、死ぬ前にはちゃんと言いなさいよ〜”
“なによ、この程度の傷大したことないって、それよりあんたの傷の方が酷いじゃない、そんなに傷の心配したいなら私についてくれば〜?……なによ、素直じゃないわね……”
………………
(プレシア……)
アトーナの中でプレシアとの思い出が蘇る、思えばアトーナがこの世界に来てからの思い出は、ずっと彼女とのものだけで溢れかっていたのだ。
「アトーナくん、ここにいたのか」
ふと、聞き馴染みのある声にアトーナが顔を上げる。
アトーナの目の前に立っていたのは、セリナの次にアトーナが世話になっていたギルド職員のショーン・マクガフィンだった。
「事情は聞いた、辛い気持ちは分かる。だが……解明者にとって消滅のリスクは常にあるんだ、死んでも蘇生のチャンスがあるだけでも奇跡的なんだ」
「はい……僕、蘇生って初めてで、それであんなことになったから取り乱して、どうすればいいのかわからなくなって、だから……蘇生院の方々には酷いことしちゃったなって、考えてたんです」
「そうか……一つ言っておく、あまり自分を追い詰めるな」
「…………」
「おそらく君は今責任を感じてるんだろう?だが、こうなったのは君のせいじゃない、あのグロブスタは規格外だったんだ」
「あの……杯の怪物がですか……?」
「あいつはマスター含めた増援で追い詰めようとした時、急に体が透けていってそのまま消えてしまったんだ、ダメージも碌に与えてない状態でな。あいつはイレギュラーな存在だ、君がいなくてもあいつは甚大な被害を出していた」
「…………」
「それに、蘇生には失敗したが、まだ彼女が蘇る可能性がないわけじゃない」
「えっ!?どういうことですか!?」
静かに話を聞いていたアトーナだったが、急に予想外のことをショーンが言い出した為、動揺して顔を上げる。
「この世界は呪われている、どれほど風化しても『再生の洞窟』というストレンジダンジョンで友好生物は確実に蘇るんだ。最も、蘇るタイミングはランダムだがな、数分後に蘇ることもあれば、数十年前に消滅して未だに蘇らない者もいる」
「そう……ですか……」
「だから待て、そして強くなれ、もっと強く、彼女を守れるほどに」
ショーンの言葉がアトーナの胸に突き刺さる。強くならなければならない、それは彼自身が一番よく理解していた。
その言葉で反射的に胸の前で拳を握るアトーナ、そんな彼のホールドに収納された端末が、急に振動と音で自己を主張し始める。
「ぷはー、一体何が起きたのー?」
そしてその端末の中から、頭を砕かれて死亡したはずのミビューの声が、電子音混じりに聞えてくる。そんな驚き状況にアトーナが思わず反射的に端末を握った?
「なんかいきなり真っ暗になっちゃって、目が覚めたら死んでたよーってアプリに言われたんだけど、コマンダーは無事だった?」
「ミビュー……良かった、なんでかわからないけど良かった……」
「コマンダー?なんで泣いてるの……?」
見れば端末の中でミビューのアイコンが表情豊かに喋っている、そんな奇妙ながら元気な彼女の姿にアトーナの目から自然と涙が溢れる。
「アトーナ君!ここにいたのね!」
そんな中、アトーナを探していたと思われるアドマースのパーティが、彼の姿を見つけて駆け寄ってくる。
「アドマースさん……その、僕……ご、ごめんなさい……プレシアは……」
「話は聞いてるわ、その……辛かったわね、でもこれは仕方ないことだったの……蘇生は完璧じゃない、あなたには辛い役回りをさせてしまったわね……」
「そうだ、ボウズは悪くねえ」
「俺たちがフォローしきれなかったのもあるんだ」
アドマースのパーティはなんとかアトーナをフォローするが、その優しさがさらにアトーナの胸を締め付ける。
「違うんです……僕がみんなの忠告を聞いていたら、プレシアは死なずにすんだんだ……」
「何度も言わせるな、この世界ではいつどこでだれが死んで消滅してもおかしくない世界なんだ、この世界はお前が思っているほど甘くない」
「あのグロブスタは、どっちにしてもわたしたちが対応しなければならなかった。そしてアレが消えるまでに、多くの犠牲が出てしまうという運命は変わらなかったの、プレシアがこうなったのはあなただけの責任じゃない」
「コマンダー……落ち込んでるの?わたしが役に立てなかったから……?」
「違うよミビュー、僕が……調子乗っていたのが悪いんだ……」
そういうと、アトーナはミビューの入っている端末をベンチに置いた。
「え、アトーナくん?」
「ちょっと、一人にさせてください」
「コマンダー!」
引き止める周囲の声も届かず、アトーナはトボトボとあてもなく歩いて行った。
「…………おそらく、彼の中でのプレシアは俺たちが想像するより遥かに大きい存在だったんだろうな……そして、それを彼自身も理解していなかった。今はそっとしておこう」
「そうね、わたし達もメンバーの補充をしないといけないし、あのグロブスタに関して色々とギルドとお話しないといけないから、今日は引き上げましょう」
そう言って、重い足取りで去って行くアドマースのパーティメンバー、後にはショーンと端末だけが残された。
「コマンダー……」
「とりあえず今日のところは俺がお前を預かる、行こう」
そうして、後には静かに水の流れを生み出す噴水だけが残されていった。