後悔に気づいた時には手をすり抜けて
「プレシア……?そんな、プレシアッ!!」
「くっ!プレシアがやられた……アトーナ君!」
プレシアの亡骸を揺さぶりながらアトーナが叫ぶ、そんな中でグロブスタの相手を他に任せてアドマースが彼に駆け寄っていく。
「そんな……プレシア……」
「気をしっかり持って!この状況じゃ頼めるのはあなただけなの、お願いプレシアを蘇生院に連れて行って!」
顔をしわくちゃにしながら狼狽えるアトーナの肩を掴み、アドマースが彼にプレシアを頼む。その真剣な眼差しからパーティのリーダーとして、限界の人間にメンバーを委ねることへの苦心が感じられた。
「は、はい……わかりました……僕がプレシアを連れて行きます……よし」
アトーナは杖を握り自分の体に向ける。
(ショーンさんはこんな感じでやっていたはず……)「『展催舞』《ヴァミドバント》」
中級指導カリキュラムの際、ショーンが見本として見せた全身強化の魔法、それをアトーナは見よう見まねで自分に唱える。
すると、先ほどまでまともに立てなかった足がしっかりと地を踏み、全身が軽くなる感覚をアトーナが覚える。
「こ、これなら行ける……!」
アトーナはプレシアを優しく抱えて立ち上がり、そして出口を見据えるとすぐにその場を離れるように駆け出した。
(ごめんプレシア……!僕が、僕が勝手な事しなければ……!)
後悔の念に涙を浮かべながら、アトーナはダンジョンの出口まで駆け抜けていった。
………………
「す、すみません!この子、死んじゃってるんですがどうすれば……!」
「んあ?死亡した解明者か?……って、この子プレシアじゃないか!」
「なっ!プレシアまでやられたのか!?クソッ、早く援軍を送れ!」
アトーナがコロニーに戻った時、ポータル付近は既に解明者でごった返していた。あのグロブスタは相当危険な存在だと報告されたようで、このコロニーの解明者が討伐作戦の為に集められていた。
「君、ここまでまだ来て疲れてるかもしれないけど、手が足りてないから蘇生院まで連れて行って欲しいの」
そんな解明者の中の一人がアトーナに申し訳なさそうにそう伝える。彼女も傷を負いながら他の者の応急処置をしており、手の足りてない様子はアトーナにも伝っていた。
「大丈夫ですそのつもりでしたから、あの……その蘇生院ってどこにあるんですか?」
「えっ!?君、蘇生院の場所知らないの!?……えっとね、主要地区にある治療院から入れる別棟、それが蘇生院だよ」
「治療院の後ろ……あの不気味な城が蘇生院だったんだ……ありがとうございます!」
教えてくれた解明者にお礼を言うと、アトーナは全力で治療院まで駆け出す。
「あ、ちょ、すごい足の速い子ね……」
そんな彼の足の速さに置いてかれた女性は、ただアトーナの健脚に舌を巻くしかなかった。
………………
「すみません!この子を蘇生したいんです!」
蘇生院はアトーナがこの前入院していた治療を行う施設である治療院の後ろにあった。出入りや蘇生の申請は治療院の窓口で行い、そこから蘇生院に上がっていく仕組みとなっていた。
「ああ、この間のシュトラルの人ですか。蘇生ですねー、まずは身分証を出してください」
受付にいたのは、アトーナの身体検査をしたあの気だるげなナースだった。あの時と変わらずマイペースにアトーナに身分証の提示を求める。
「そんな悠長なことしてられないのに!はいっ!どうぞ!」
「随分と慌ててますけど、その人死んでるんですよね?なら慌てる必要ないじゃないですか」
「で、でも!」
「蘇生の申請をそんなに慌ててする人私初めて見ましたよ?はい、申請完了しましたよ。上へどーぞ」
申請が通ったことを確認すると、アトーナはまた強化された脚で素早く蘇生院へと走っていく、そんな様子を見たナースが首を傾げながらアトーナが消えた方を見る。
「あれって強化魔法?でもかける所見てないし……いつからかけてあったんだろ?」
………………
蘇生院、その建物は名前の異質さに違いない不気味な場所だった。
施設全体が黒い石を削り出した石造りとなっており、置かれている台や椅子も全体の雰囲気に合わせて黒で統一され、巨大な照明に照らされたそれらは、緊張感のある黒光りでアトーナを威嚇していた。
最奥に鎮座する祭壇はは唯一色を感じる場所であるが、かけられた紋章の描かれた幕が元いた世界の邪教のようだとアトーナに思わせ、その手前には陣のようなものが彫られた大きめの平らな岩が不気味に鎮座しており、どうしようもない恐怖をアトーナに与えていた。
「あ、あの……ごめんなさーい!」
アトーナが声を振り絞って叫ぶが何も返ってこず、ここに来て良かったのかという不安がアトーナに襲いかかる。
「……なんだ?」
「ひうっ!?」
そんな風にアトーナが怯えていると、部屋の奥から異様に低い呼びかける声が響き、アトーナがすくみ上がる。
「ん?初めてのものか?すまない、驚かせるつもりはなかった」
姿を見せたのは、浅黒い肌に真っ黒な髪で怪しく光る黄色い瞳を持つ大柄な青年だった。短髪は雄々しく逆立ち、顔ある刀疵が非常に攻撃的な印象を与え、アトーナを更に縮こませる。
「そんなに怯えないでくれ、俺はこの蘇生院を担当している院徒のバートレンだ」
そう言って、バートレンは礼儀正しく礼をする。それにならってアトーナも礼を返すが、すぐにハッと気を取り直しでプレシアを抱えたまま前に出る。
「お、お願いです!プレシア……この子を生き返らせてください!」
「待つんだ、俺はあくまで院徒、蘇生は司祭様が行うんだ。ほら、司祭様がいらっしゃったぞ」
祭壇の脇にある小さな階段、そこからバートレンよりも服飾の豪華な服を纏った男が出てきた。
「ど、どうも……新入りさんですね、まだ大地の気が混じりきっていないので分かります……」
その喋り方から気弱な雰囲気が伝わってくる男にアトーナが息を呑む。というのも、その男の見た目は青い体色をしており、顔には頭の頂点部分から双眼を通って喉元へと下りている二本の白い線のような模様があり、その線が通っている目も青白い光りを放っており焦点がどこにあるかアトーナからは分からなかった。
「えっとその……あなたが司祭ですか……?」
「彼はこのコロニーの司祭をしているブドン=ジュナ族のトドンネェス様だ、彼らブドン=ジュナ族は大地から気を取り込んで暮らしているので、それを読んで個人を判別しているんだ」
「いつも説明ありがとうバートレン、そしてその子が蘇生したい人なんですね……?」
気弱な声でトドンネェスがアトーナに問いかける。それを聞いて司祭の異様な姿に意識を持っていかれていた彼が気を取り直し前に出る。
「そ、蘇生してくれるんですよね!?お願いします!この子はこんな死に方しちゃいけない子なんです!」
「落ち着くんだ、まずはこの台に彼女を乗せてくれ、そしたら司祭様が生き返らせてくれる」
バートレンが率先してアトーナを誘導し、プレシアを石の台に乗せる。
そして祭壇を背にトドンネェスが台座の前に立つと、両手を重ねるように前に出す。
「では参ります、成功するように祈っていてください」
「そんなに緊張しないでください、あなたの技量には問題ないんですから」
「え、今なんて……」
アトーナの言葉を遮るように、トドンネェスは緊張しながら解読不明な呪文を唱える。すると、台座に刻まれた陣が青白く光り始め、それはやがて部屋全体を包み込み、アトーナは思わず顔を覆ってしまう。
やがて光りが収まろうとした時、急に鼓動するように光が不安定になり、急に光りが消灯するように消えてしまった。
「なっ!?失敗したのか!?」
バートレンが驚き動揺する。そんな姿にアトーナが不安を覚えてプレシアを見ると、驚くことにプレシアの身体が少しずつ塵となって崩壊していく。
「え……なんで……?プレシア!プレシア!」
思わずプレシアを抱き抱えようとアトーナが触れると、その部位が霧散して触れることができない。
「あ、あ、あぁ……!……くっ……すみません、失敗してしまいました……」
悲痛に顔をしかめ、目を閉じてうつむきながら申し訳なさそうにトドンネェスが謝罪を口にする。
「プレシア!!プレシアァァァァ!!」
アトーナはなんとか塵を手繰り寄せようとするが、その手をすり抜けてプレシアは霧散してしまった……