援軍、そして……
「くぅ……!心配して来てみれば案の定ね……!」
その声にアトーナは聞き覚えがあった。彼を庇うようにして、両手に備えた剣でグロブスタの四本の剣を抑えていたのは、アトーナがこの世界で初めて出会った人物であるプレシアだった。
「あんたって本当にバカね……!雑魚のくせに調子乗りすぎ……!」
「プレシア!先行しすぎ……って、なにこの化け物!?」
プレシアがグロブスタと鍔迫り合いになる中、後からアドマースとそのパーティメンバーが駆けつけるが、そのプレシアが相手している杯ののグロブスタの存在感に圧倒されてしまう。
「アトーナがまずいの!とりあえずコイツの治療をして!」
剣を弾き、なんとかアトーナから距離をおいて再び鍔迫り合いをしながら、プレシアはアドマース達に向かって叫ぶ。
「分かったわ!アトーナ君大丈夫!?」
「く、くうっ!大丈夫です、さっきの歌を聞いたら痛みが和らいだので……」
「本当に止血が済んでるわ……これなら足を繋いで歩けるようになるはず、デガン!」
「あいよ姐さん!既に回収してある!その子につけてやってくだせぇ!」
デガンと呼ばれたガンナーの男は、すぐに手に持っていたアトーナの足首をアドマースに投げ渡す。
「さっすが!よしアトーナ君ちょっと我慢して、『サントフゥーナ』」
要領よくキャッチしたアドマースはその足首を迷いなくアトーナの切られた足に押し付ける、痛みに少し顔を歪ませるアトーナだったが、すぐに痛みが消えてなんのこともなく足が元通りになっていた。
「終わったわ!待ってて、すぐに加勢するわ!」
治療が終わるとアドマース達は、戦いについてこれずたじろぐ黄色の少女の横を駆けてプレシアを加勢する。
「ちょ、ちょっと!私も戦うわ!」
それでも見ているのは嫌なのか、黄色の少女は怖じけながらも戦意を表す。
「そんな逃げ腰じゃ足手まとい!それならそこのバードの子のお守りでもしててよ!」
プレシアが歯に衣着せぬ物言いをしながら後ろを向く、その方向では体を震わせながらも、まだ何かをしようと杯の怪物を睨む濯の姿があった。先ほどの行動も合わせて考えると、今にも身の丈に合わないことをしそうな危うさを孕んでいる。
「あのバカ……!」
すぐに黄色の少女は濯の方へと駆け出す。それを確認したプレシアはグロブスタの剣を弾くと、自身の得物の持ち方を変えた。
「コイツはありえないスピードで剣を振るうヤバい化け物だけど、剣聖の私なら反応できる。私が攻撃を捌くからアドマース達は動きを封じて!」
「分かったわ!『グォーム・トレ』!」
プレシアの指示に対応してアドマースが呪文を唱える。すると、彼女の周囲から白い粘性のある液体が吹き出してグロブスタにへばりついた。
「この呪文は骨折の治療の際に固定に使うギプスや昆虫、甲殻類の殻から着想を得た補助呪文よ!時間で硬質化する液体を対象に巻きつける……そして、術者の調整次第で叩いて壊せるレベルにも鉄筋コンクリートレベルにもできる!」
グロブスタを包む液体がすぐに硬化して、剣の動きが少しずつ緩慢になる。そこにアドマースのパーティメンバーがボウガンでロープを撃ち込み、それを鉄杭で地面に固定して動きを封じていく。
「みんなありがと!これで終わりよ!」
完全に動きを封じて勝機を感じたプレシアは、オブジェと化した剣を潜り抜けて、本体へと突進した。
「無駄に手間かけさせて!もう終わりよ!」
その言葉と共にプレシアが杯を両断する。……が、両断された杯は液体の波となってすぐさま形を取り戻してしまった。
「……ッ!?そんな、コイツ……!」
この杯のグロブスタには顔が存在しない、しないはずなのだがプレシアにはこのグロブスタの"表情"を読み取れた。いや、その場の全員がグロブスタの『出し抜いた』という不敵な表情を読み取っていた。
硬質化したグォーム・トレだけが崩れ落ち、杯は無傷で拘束を抜け出してしまい、本体から再び光の粒子を噴き出して、それが新たな剣を形作る。
「そんな……!こいつには実態が無い!?」
アドマースが狼狽してなんとか敵の正体を探ろうとした時、グロブスタが再び剣を俊速で振って攻撃を仕掛けた。その対象はアトーナだった。
「はっ!?にっ、逃げないと……!」
「そんななぜ!?アトーナ君!!」
アドマースや仲間達がフォローをしようとするが間に合わない、まだ恐怖で腰が抜けてしまっていたアトーナがなんとか体を起こそうとしたが、それよりも早く剣が彼の胸を貫かんと強烈な刺突を繰り出す。そして……
「くはっ!?ハァッ……!ハァッ……!」
アトーナの全身が赤に染まる、だがそれは彼の血ではなかった。彼を庇うようにプレシアが盾となったのだ。
「あぐっ……がはっ!?」
胸を貫かれ、そのまま横振りで脇腹を切り裂かれた彼女は、口からおびただしい血を噴き出しながら力無くアトーナに倒れ込む。
「プレシアッ!?」
「プレシア!アトーナ君!危ない!」
そんな状況でも、杯のグロブスタは無情にも剣をアトーナへと突き落とそうとした。が……
「新しい メロディステージが私彩る♪ 」
突然、華やかなメロディと歌声が響き、グロブスタの動きが止まる。すると、そのチャンスを見逃さぬように何者かが光の粒子の剣を吹き飛ばした。
「大丈夫か?坊主」
それは、巨大な槍を持った勇ましい女戦士だった。褐色の肌に銀髪が眩しく見える。
そんな彼女の長槍によって吹き飛ばされた剣は、当たり前のように粒子が集まって再構築される。
「チッ、こいつは厄介そうだ……コイヒメ!最高の一曲期待してるぞ!」
「そうここが新しいwonderland♪」
プレリュードが終わり、ダンジョン全体が煌めくステージになったかのように輝く。そしてその中心には、アイドルのステージ衣装らしき装備の女性がソロで立っていた。
『みんなー!お待たせー!バードのマスターでトップアイドルのコイヒメが、みんなに元気を届けに来たよー!』
明るいメロディをバックに、アイドルの女性は元気いっぱいに自己紹介をする。一見すると異様で空気の読めない行動に見えるが、周囲の人間はむしろ安心したような表情を浮かべ、杯のグロブスタに至っては全身を震わせ緩やかな動きしかしていなかった。
「まさか……!ランサーのマスターとバードのマスターが来てくれたの……!?」
「ありがてぇ!こいつを倒すにはマスターの力が必要になるはずだアドマース姐さん!彼女達の援護をしましょう!」
ビキニアーマーの槍使いとマイク越しに大音量で自己紹介をするアイドル、それはこの世界で解明者達が使う『専門職』の技術を最初に確立して広めた『マスター』の二人組だった。
マスターというだけあり、冷静に状況を判断するランサーと、酷い惨状にも動揺せず自分のアイドルソングを歌い上げるバードの二人に、アドマースのパーティも士気が上がり、なんとか足止めをしようと奮い立つ。
「プレシアッ!プレシアしっかりしてくれ!」
戦いの最中、アトーナはグロブスタに目もくれず自らを庇って重傷を負ったプレシアを介抱していた。
「あはは……バカだね、私もあんたも……」
「喋らないでくれ!もうすぐにアドマースさんが来てくれる!」
「なに言ってんの……流石にこれはもう無理よ……それよりも……こんな無茶、もうやめてよね……」
「わかった……!分かったもうしない……だからもう喋らないで……!」
「ふふ……なに心配してんの……どうせ、蘇生できるのに……ねえ、アトーナ」
「なに……?」
「これが終わったらさ……今度こそ、私とパーティ組んでくれる……?」
「うん……!約束するよ……!」
「そう……よかっ……たぁ………………」
アトーナの腕の中で、プレシアは弱々しくも優しく彼の頬を撫でると、約束を聞いて力無く目を閉じた。